シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

僕たちの、終わりなき魔女狩りと免罪符ごっこ

 
 情報の海に溺れ、「魔女狩りの如き決め付け」を繰り返す僕ら - シロクマの屑籠
 
 情報の海に押し流され、いっこうに判断力の向上しない、不安で臆病な僕達。『博学は、まだ判断ではないbyゲーテ』とはよく言ったもので、古代・中世の人達よりもずっと沢山の知識を学んでいながら、僕達の判断は憶見と決め付けに満ちていて、そういった判断のショートカットをせずには臆病な心を守ることが出来ない。エポケーの重みに耐えられる人なんて、極少数に限られている。
 
 だから僕らは続けるのだろう、愚劣な副作用に満ちた、「魔女狩り」やら「免罪符ごっこ」を。新しい知見を身につけるチャンスを狭め、資源を浪費し、相互不理解をますます酷くするような愚行を、21世紀になっても未だ繰り返すのだ。ほら、みてごらん?謂われなき犯人探しと、今の気分を慰める効果しか無い「免罪符ごっこ」が、あっちでもこっちでも繰り広げられているでしょう?情報が幾ら氾濫していても、ちょっと情動の色が混じっただけで脊髄反射してしまう愚かな僕達。結局、今も昔も「よく考える」のは一握りで、残りの大半、つまり暗愚な僕らは、「考えないで決め付ける」。決め付けあった結果として、相互不理解しあって、いがみあって、殴りあう。これまでも、これからも。
 
 試しに、身近な「魔女狩り」と「免罪符」の例を挙げてみよっか。
 
・魔女狩り1:性犯罪はオタクのせい
 「オタク」というなんだかよく分からない人達がいて、二次元美少女の絵をみて自慰に耽っているらしい、という断片的な情報を、性犯罪の増加の魔女狩りに使うという愚行。二次元美少女愛好家の多くは犯罪の「は」の字も無理な、善良というよりも臆病な人達だが、性犯罪報道に苛立つ人達の不安を防衛するにはスケープゴートが必要で、「ボソボソしゃべって、なんだかキモくて、えっちなアニメをみているっぽい」イメージが先行したオタクに薪がくべられている。もう何年も変わっていない構図。
 

・魔女狩り2:悪いことは全部大陸人のせい
 韓国や北朝鮮、中国に対してのイメージを膨らませて、悪いことは全部大陸人のせいにすれば良いと決め付ける短絡。外国人犯罪者の報道などにもある通り、実際にろくでなしの大陸人が日本に入ってきているのは間違いないにせよ、何でもかんでも大陸大陸を連呼して、日常の不安や葛藤を紛らわせている人達もまた、魔女狩りな人達と言えるだろう。彼らはこの決め付けによって、仮に「付き合い甲斐のある大陸人」や「取り込み甲斐のある文化」に出会ったとしてもチャンスを棒に振ってしまう可能性が高い。
 

・魔女狩り3:田舎の医師不足は倫理観の欠如のせい
 田舎の医師不足を倫理観の欠如によって一元的に説明づけてしまおうとする人達の蒙昧。曰く、かつての赤ひげ先生はいなくなった、どいつもこいつも医者は保身とカネの事しか考えない我利我利亡者だ、と。確かに倫理観の変化と我利我利化はあるだろうけれども、倫理観とやらを昭和時代にまき戻せば問題が解決するわけでもないし、倫理観以外の複合的な問題を考えなければ建設的な提案にはならないこと疑いない。だが、彼らの目的は問題の解決ではなく自分達の不安と不満を解消する事なので、さしあたり、「医師の倫理観」という藁人形に釘を打てばそれで満足なのだろう。
 

・免罪符ごっこ1:環境対策に、エコ商品を
 エコと銘打ってある商品を購入しさえすれば絶望的な環境破壊に自分が何かを為したような気分になって、環境破壊の不安から距離をとることが出来る。実際に、その商品がどこまでエコなのか、またはどんな仕組みでエコに貢献するのか、費用対効果の面でまっとうなのか、等等を評価しなければ分からないけれど、人々が欲しているのは「実際に地球環境を守ること」ではなく「地球環境を私が守っている気分」なので、リサイクルがむしろ非効率なエコ商品すら、考えないで嬉々として消費する。
 
・免罪符ごっこ2:健康にはやっぱり○○←好きな健康食品の名前を入れてください
 同様に、健康と銘打ってある食品はどれも、不健康で栄養過剰な身体が何とかなるような気分にさせてくれるので、実際にどれぐらい健康食品なのか&どれぐらい自分自身のコンディションに合致しているのかを棚にあげて消費される事が少なくない。本当に健康を維持しようと思ったら、その健康食品が怪しいものなのかどうかとか、自分自身のコンディションに適用できるのか等をきっちり調べるとってもんだろうが、そんな事をしないで健康食品を買い漁る人が少なくない。なかには、特定の栄養食品を摂りすぎてかえって太ってしまったりとか、笑うに笑えない話が巷にはゴロゴロしている。
 
・免罪符ごっこ3:ご機嫌ボランティア、ご機嫌ホワイトバンド
 ボランティアの類も、「どれだけ実際に貧しい人達を救うのか」や「どれだけ効果的なボランティアなのか」を考えずに、不安な気分や後ろめたさを防衛する為に選択されやすい*1。ホワイトバンドや「愛は地球を救う」などが好例だが、とにかく気持ちよく格好よくボランティアを為し、それを通して人々は何かをやった気分を購入・消費するという図式。ボランティアやチャリティーが、しばしば現代の免罪符ごっことしての陥穽に陥りやすい点に注目。彼らの多くは、自分がボランティアやチャリティをやったという心象を大切にしているのであって、自分の為したものが適切に運用されているのかどうかまでは気が回らないことが多い。
 

 ...挙げているうちに嫌になってきた。他にも、「少子化になったのは○○のせい」に類するような発言&それに飛びつく人達は後を絶たないし、実際の効能を考えずに購入してしまいたくなる免罪符的商品は常に人気商品である(ダイエット関係や、学力関係にも免罪符ごっこは多いですよね)。テクノロジーがこんなに進歩し、情報通信もこんなに進化した21世紀だけれど、そこに住まう愚かな僕たちは、今も「魔女狩り」「免罪符ごっこ」に明け暮れている。不安や葛藤の防衛という個人的ニーズが存在する限り、そして僕らが十分に賢くない限り、こうした愚行は際限なく繰り返されるのかなぁ。文明が進歩したとて(そして十分に賢い人達は進歩しているにしても)、猿な僕たちはというと、あんまり進歩していない、ということか。
 

*1:またもっと酷いことに、「ボランティアをやっている自分の表明」を通して政治的立ち位置を確保する為や、優越感を堪能する為に用いられることも多い!他人にまなざされている自分の姿を鏡で確認してニヤニヤしながら行われるボランティアとチャリティ!