シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

人生はシビライゼーションに似ている

 
 人生はRPGよりもシューティング
 
 人生をゲームに喩える遊びは面白い。ゲーム好きなら、いろんなゲームのフィーチャーが連想されると思う。私の場合は、『ガンパレードマーチ』の発言力システムや『ザナック』『バトルガレッガ』の可変難易度が、人生のある部分にとても似ていると感じる。
 
 思うに、一番人生っぽいゲームは『シビライゼーション』だと思う。それも調整の行き届いた『シビライゼーション5』じゃなくて、どんどん技術格差ができてしまう『シビライゼーション3』や『4』のほうが人生っぽい。他のゲームもそうだけど、どうせ人生をゲームになぞらえるなら、どこか理不尽で、どこか調整が狂っていて、それでいて人生の長さや局面の変化が実感できるようなものがいいと思う*1。その点、シビライゼーションは、運が絡む理不尽さも、調整のバランスも、プレイ時間の長さも申し分ない。人生をゲームに喩えるにあたって、五指に入る候補だと思う。
 
 
 以下、シビライゼーションの人生っぽいところを挙げてみる。
 
 ・初期条件によって難易度が違いすぎる
 シビライゼーションも、人生も、スタート環境はすごく重要。シビライゼーションは、スタート地点の資源の種類や多寡、近くのライバル、地形などによって難易度が恐ろしく変化する。しかも、そうしたスタート地点の情報がプレイ開始時には殆ど分からない。ゲームがある程度進行してようやく、自分の生れ出た環境がどれほどのものなのか見通しがつくし、資源の種類によってはゲーム修了近くになってやっと資源が発見される(そして手遅れな)こともある。人生もそれに似ていて、自分が生まれ持っている素養や、生まれた環境の特色は物心つくまでは見えにくい。にも関わらず、初期条件によって理不尽なほど難易度や最適戦略が変わってしまう。
 
 
 ・最適戦略のバリエーションが多彩
 シビライゼーションは、どの文明を選ぶのか、どんな地形を引くのかによって、最適な戦略が大きく異なる。好戦的な文明で初期条件が良ければ、序盤に戦争しまくったほうが良い場合もあるし、逆に平和重視で内政に力を注いだほうが良い場合もある。だから、戦争が得意な人が勝ちやすい場面もあれば、内政が得意な人が勝ちやすい場面もある。人生も同じで、自分自身の特性や地形によって最適戦略は全く違う。「すべての人が高学歴高収入を目指せばいい」とか、そういう発想は人生には通用しない。勝ち方は、千差万別だ。
 
 
 ・ある時期に特化し過ぎると、後で敗者になりやすい
 小学校や中学校の覇者が成人後の覇者とは限らないのと同じで、シビライゼーションもまた、古代や中世の覇者が工業化時代や現代の覇者とは限らない。古代に大帝国をつくるために無理をし過ぎたプレイヤーは、技術の停滞に苦労するかもしれないし、森林資源を伐採しすぎた事を悔やむかもしれない。人生も似ていて、小学生や中学生の美徳やライフスタイルに特化し過ぎても、それが後々になって役に立つとは限らない。もちろん学生時代も大切だし、きっちりサバイブしていかなければならないのだけど、未来を全く無視して一時代に特化していると、あとになって進退窮まってしまうことがある。ある時期を黄金時代にしたはいいけれども、そのために自分自身の潜在力や発展可能性をふいにしてしまうような事態は、シビライゼーションにも人生にも珍しくない。
 
 
 ・技術は先取りしてナンボ
 シビライゼーションも人生も、技術がすごく大切だ。学校では習わない処世術も含めて、幼児期からこのかた、人間は新しい技能を身に付け続け、その発展はいつまでも続く。そして発展し続ける限りにおいて、色々な可能性や選択肢が芽生えてくる。もし発展をやめてしまったら、その人の可能性や選択肢はそこまで……ということになる。
 シビライゼーションの技術と人生の技術で似ていると感じるのは、それが「先行者利益が大きい」という点だ。シビライゼーションの技術の神様は、最初に導入した者には満面の笑顔を与えてくれるけれども、二番目に導入した者にはウインクしかしてくれない。遅れて導入した者には恩恵が乏しいように感じられるが、遅れを取り戻すためには導入しないわけにはいかない。人生の処世術、世渡りのテクニックもそれに似ているところがあって、平均的な中学生が身に付けているような処世術やテクニックを大学生が新たに身に付けても、あまり恩恵は感じられない。人に先んじた処世術・あまり出回っていないテクニックにこそ旨味が宿る。
 
 
 ・序盤に躓くと難易度が高くなる
 シビライゼーションで古代のうちに躓くと、そこから逆転するのは非常に難しい。特に、古代にアステカ文明あたりに襲われると立て直しにくく、技術レースでも遅れを来してしまう恐れが大きい*2。人生もこれに似ていて、どんなに素養を秘めていても若いうちにダメージを受け過ぎてしまえば、そこからの逆転には相当な工夫と、運が必要になる。
 
 
 ・ライバルが間近にいたほうが進歩する
 シビライゼーションでは、孤島でゲームがスタートしてライバルがいない時には、技術の交換や競争が起こらないので意外と停滞しやすい。むしろ、大きな大陸でライバル達に囲まれ、技術を交換しあいながら切磋琢磨したほうが速いスピードで進歩する。人生もこれに似ていて、孤立しているとストレスはかからないかもしれない反面、処世術や世渡り術が停滞して世間知らずに陥ることがある。
 
 
 他にもありそうだけど、飽きてきたのでこのへんで。
 
 もちろん、シビライゼーションには現実と似ていない部分もあって、例えば現実世界では勝者はたった一人ではないし、一番でなければならないわけでもない。それでも、シビライゼーションには人生に喩えたくなるエッセンスが色々含まれているし、シビライゼーションで人生を比喩することで気づけるヒントも多いんじゃないかと思う。
 
 やった事が無い人は、つべこべ言わずに触ってみたら分かるんじゃないかなー。ただし来年受験を迎える学生さんはやめてください、今から始めたらきっと落ちると思うから。
 

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*1:もちろん、人生のある局面だけを絞り込んだゲームなら、短いゲームがぴったり当てはまることもあるけれど

*2:もちろん、古代のうちにアステカ文明に襲われないような「世渡り」が生存戦略として必要なわけで、そのあたりも人生によく似ている