シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「若作りうつ病」

 
 若さに執着して、うつ病になる。
 
 メンタルヘルスをこじらせて精神科を受診するまでの道筋には様々なパターンがありますが、ネット上で話題になりやすいのは、就労環境の厳しさや過剰なストレスが原因という筋書きの、外的環境の厳しさがメインのパターンかと思います。
 
 でも、そういう外的環境や外的ストレスによって発病したというより、当人自身のライフスタイルや目標設定に無茶があったとしか言いようが無い経路でメンタルヘルスのこじらせる人も結構多かったりします。
 
 今回紹介する、「若作りうつ病」*1といいたくなるパターンなども、その最たるもののひとつです。
 
 



 【事例1】Cさん、41歳女性
 
 Cさんは大手印刷会社に勤務している二児の母親。仕事も家庭もそつなくこなし、社交的で、スポーツジム通いも積極的だった彼女は、「自己実現している女性の雛型」として、社内では尊敬を集めてもいました。
 
 しかし200X年の年末、多忙の合間にコンサートに出かけた頃から、不眠や集中力の低下を自覚するようになり、子どもに対してイライラしやすくなりました。それでもCさんは仕事や社交に手を抜こうとはせず、むしろ、集中力の低下を補うよう頑張り続けていましたが、半年後にはすっかり参ってしまい、知人の勧めで心療内科を受診。「うつ病」の診断基準に該当すると判断され、3ヶ月間の療養生活に入りました。
 
 
 【事例2】Eさん、36歳男性
  
 Eさんは大学時代から同人誌づくりを続けているオタク。大学を卒業した後も暇を見つけては同人活動に精を出し、深夜アニメなども欠かさず見ていました。31歳時に結婚した後も、仕事と家庭と同人活動をうまくやりくりしていましたが、睡眠時間を削りがちな生活リズムが続いていたようです。
 
 200X年の7月、同人誌を徹夜で完成させた翌日、“めまい”のために立っていられなくなり、脳外科を受診しました。けれども脳梗塞などの異常はみつからず、脳外科医からは過労ではないかと言われました。しかしその後、意欲の低下や頭重感などが次第にひどくなり、9月になるとPCのディスプレイを見るのも苦痛になったため、近くの精神科を受診したところ、「うつ病」と診断され、仕事と同人活動の休止を精神科医にアドバイスされました。
 
 
 ※注:これらの事例は、よくある幾つかの事例を記事用にモンタージュしたものです。


 
 【「若い頃のライフスタイル」に身体が絶えられなくなる時】
 
 どちらのケースの場合も、嫌なことを強要されてストレスが蓄積していたわけでも、職場環境で働きすぎていたわけでもありません。むしろ本人が望むとおりの生活を維持しようとしていたなかで体調を崩すに至っています。
 
 こういう「若作りうつ病」っぽい一群は、むしろ仕事もプライベートもこなしてきた人にこそ見受けられるようにみえます。若い頃から趣味も仕事も頑張っていて、一見すると社会適応も良さそうな人が、なにかの負荷をきっかけとしてうつ病になる、という感じです。三十代〜六十代ぐらいの人に多く見かけるようにも思えます。
 
 ですが、この手の人達は病前適応は、一見華やかにみえて、今にも破綻しかねないきわどさを伴っています。30代になっても20代の体力を前提としたライフスタイルを維持していたり、思春期からやっていたことを家庭を持った後も全部捨てまいと努力したり。本当は心身に莫大な負担をかけているのに、当人にはそういう意識が希薄で、危なっかしいほどエネルギッシュに行動している自分自身の生活に疑問を感じることもありません。
 
 歳をとれば、だんだん体力も気力も衰えてくるのが自然の道理なのに、それを無視して若い頃のライフスタイルを貫徹すれば、どこかにガタが来るのは致し方のないことです。たいていの人は(良くも悪くも)そうした加齢現象にあわせてライフスタイルもそれなりに路線変更していくので、こうした「若作りうつ病」には至りません。ですが、若い頃の生活に異様に執着する人がたまにいて、そういう人は、この「若作りうつ病」に至ってしまうリスクがかなり高いように見受けられます。
 
 
 【「若作りうつ病」になれただけ、実は運が良いほうなのかも。】
 
 尤も、「若作りうつ病」を発症するというのは、まだ幸運なほうかもしれません。
 
 「若作りうつ病」とは言っても要はうつ病ですから、きちんと治療を受け、若いライフスタイルへの執着に気付いて生活を改めることが出来れば、けっこうな確率で治る可能性が見込めます。感情や自律神経が機能障害に陥って苦しい思いはするでしょうけど、後日、機能が回復する見込みは決して低くないのです。
 
 ですが、心身への負担が「うつ病」というかたちで破綻するとは限りません。これがもし、心臓だったら?脳の血流障害だったら?無理が祟って心筋梗塞や脳梗塞のような形で発症したら、ときには後遺症が残ったり、下手をすれば命取りになってしまうことさえあります*2。食習慣に問題のある人や飲酒・喫煙の習慣を併せ持っている人の場合、とりわけそうでしょう。
 
 考えようによっては、「若作りうつ病」は身体からの警告・身体のストライキと捉えることも出来るかもしれません。自律神経系がシステムダウンすることで「これ以上頑張っちゃうと、おれはたぶん過労死しちゃうゾ」と自己主張しているかのように見えることがあります。突然死の原因になりそうな身体疾患と比べるなら、「若作りうつ病」はまだしも治る見込みの高そうな病気ですし、発病を契機に、自分のライフスタイルを見直す機会を得やすい病気のような気がします。もちろん、発症しないのが一番ですが。
 
 
 【若さに執着しすぎて、どこか無理してませんか?】
 
 年齢にあわせてライフスタイルを随時変更していくこと。
 若さに拘り過ぎず、歳とった心身を労わりながら生きていくこと。
 
 本当は、とても大切な生活の智慧のはずです。
 
 けれども、若さを良いこととして老いを悪いこととする風潮や、モラトリアムな万能感を捨てたくないメンタリティを背景として、歳をとった自分を直視せずに若いライフスタイルにしがみついてしまう人は、けっこう多いのではないかと思います。ほら、若さに執着しすぎる心に、あなたの身体も抗議したがっていませんか?
 
 ※2014年3月6日補足:この文章は、「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)を出版する3年以上前に書かれたものなので、色々とこなれていなかったりします。そこのところは差し引いてお読み頂ければ幸いです。
 

*1:ちなみに、精神科で実際に使われる表現をするなら、「若作りうつ病」は“執着うつ病”というカテゴリに当てはまるとおもいます。

*2:もちろん、うつ病にも命取りになるかもしれないリスクはありますが