「僕の蘊蓄聞いてくれませんかー」
「僕の蘊蓄要りませんかー」
眠れない午前二時、一人の蘊蓄売りの少年が、blog上でご自慢の蘊蓄を売ろうと頑張っていました。だけどインターネットの人達は皆がスルーし、彼の話を聞こうともしなければ、褒め言葉のひとつもよこしません。少年は、大きなフォントを使って、アクセスを呼ぼうと頑張ります。
「ガジェット買ってくださいー」
「ちょっとオタクなガジェット要りませんかー」
孤独な冬の夜が身にしみます。お炬燵はこんなにホカホカしてるのに、ディスプレイと向き合う彼の心は今にも凍えそうでした。
彼のブログには、さまざまの蘊蓄----SOS団の秘密・デトロイトメタルシティの魅力・アスランザラ名言集・ラグナロクオンラインのキャラクターデータ など----が収まっていましたが、誰もブックマークしないのです。
「蘊蓄ならもう、間に合ってますよ」
「うちにもあるわ」
「今時アスランってどうなのよ?」
「wikipediaがあればいいじゃない」
凝ったアクセスカウンタも、いっこうに回る気配がありませんでした。ブックマークされたり、大手ニュースサイトに引っかかったりする様子もありません。いつもハイテンションな文章を心がけて、一生懸命がんばっていましたが、少年の心はどんどん寒くなるばかりでした。けれど、blogを畳むなんてとても出来ません。蘊蓄は誰にも聞いて貰えないし、たったの一円もアフェリエイトは稼げてないからです。このまま畳んだら、お母さんに“働きなさい”と言われてしまいます。それにリアルはもっと寒いのです。自分の部屋は誰も入ってこない聖域にしてありますが、コンビニに買い物に行くのだってちょっと怖いんですから。
少年のblogライフは、人恋しさにすさんでいました。ああ、誰か一人でも蘊蓄を聞いてくれて褒めてくれれば一息つけるでしょうに!暖かくなりたくて、少年はblogに蘊蓄エントリを書き連ねました。
…なんという蘊蓄でしょう!なんと面白い文章でしょう!読めば読むほど、素晴らしいエントリです。まるで、『切込隊長』か『小飼弾』が書いた文章のようでした。ブログのコメント欄には熱烈な賛辞が書き連ねられ、書き手の才能を証明しているかのようでした。少年は、誇りに満ちた気持ちでお返事を書こうとキーボードに手を伸ばします。しかし----それは思い過ごしで、残ったのは恥じ入りたくなるような、サブアカウントで自作自演した感想文だけでした。
少年はもう一本蘊蓄エントリを書きました。そのエントリはたちまちブックマーカー達に補足され、何十人何百人のはてなユーザーから肯定されました。はてなのトップページに自分のblogが表示されます。さらに驚いたことには、あちこちの大手ニュースサイトからもリンクされ、アフェリエイトもどんどん入ってくるのです。信じられない気持ちでアクセスカウンタを覗き込んだ時、しかし夢は醒めてしまいました。
さらに一本蘊蓄エントリを書きました。すると、今度は少年にオフ会のお誘いです!たくさんのブロガーから、新宿で呑まないかというお誘いが届きました。オフ会会場は喧噪に満ち、少年はいつも輪の中心にいました。女性ブロガーが少年に声をかけます----「きみのblogって、アンテナ感度高いよね」----少年は、生まれてこんなに褒められたことは一度だってありませんでした。「オフ会、楽しかったです」というタイトルのエントリを書こうとした瞬間、彼は思い過ごしだということに気づきました。
…いてもたってもいられなくなった少年は、ありったけの蘊蓄をエントリに書き連ねました。たくさんの人に自分の蘊蓄をみてもらって、ほめてもらいたかったからです。エントリはどれもまばゆく輝いて、wikipediaより読み応えがあるようにみえました。そして今度こそ、本当に今度こそ、ブックマークやコメント欄は賑わって、御自慢のアクセスカウンタがぐるぐる回りました。遂に2ちゃんねるにもまとめサイトができあがり、少年のblogにリンクを飛ばしてくれました。少年のblogの蘊蓄は沢山の視聴者の手に渡り、あちこちでテンプレートにもなった程です。少年とそのblogは、ブックマークやコメントやアクセス数に包まれて、高く、とても高く飛び、やがて、もはや寒くもなく、疎外感もなく、アクセス数も気にしなくて良いところに----blog閉鎖に至ったのです。
夜明け間際の冷え込む頃、炬燵ディスプレイの前には可哀想な少年が座っていました。徹夜で目を真っ赤にし、口もとには引きつった笑みを浮かべ、座椅子にもたれて----自作自演の果てにblogを炎上させてしまったのです。少年は、売り物の蘊蓄をびっしり書いたnotepadを凝視したまま、かたまってしまっていました。blogの跡地はもう、404 not foundになっていました。ブックマークやまとめサイト経由でそれをみた人々は、「あったかくしようと思ったんだなぁ」と言いあいました。少年がどんなに美しい夢を見たのかを考える人は、誰一人いませんでした。少年の、蘊蓄披露の輝きに満ち、みんなにほめてもらえた体験を想像した人は、誰ひとりいなかったのです。閉鎖されたblogの跡地には、沢山のカラスの糞とネットイナゴの足跡だけが残されました。
[インスパイア元]マッチ売りの少女(このエントリと違い、リンク先の翻訳はとても素晴らしかったです。←Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki)