若年世代におけるサバイブ感覚の強さとコミュニケーション志向に関連して、脱オタについても少し。
そういえば、コミュニケーションスキル/スペック改善という意味の脱オタが現れつつあったのも(現実を生き延びろという気分と、コミュニケーションの重要性が脚光を浴びつつあった)90年代後半だった。昔は秋葉原を行きかうオタクの服装は“なるほどオタクだ”と思わせるものが多かったけれど、最近はそういう人も大分少なくなってきた。2006年頃には、秋葉原もコミケもすっかり「キモオタの相対的減少」を呈し、とりわけ若年コミケ参加者においては審美性を疎かにしている参加者がいよいよ少数派になってきている。2000年頃のコミケでは考えられなかったことだが、ここ数年の間に若年オタク層の処世術はかなり変化してきており、若年オタクを中心にコミュニケーションにリソースを振り分けた人間が着実に増えていると思う。二十代後半〜三十代前半のオタクの服装に関してはまだ古典的なnerd styleを見かけないこともないにせよ、審美性への配慮がかなり行き届いている。
思うに、若い世代においては、もはや脱オタ*1は既に普及し尽くしたのではないだろうか。あるいは、服飾などのコミュニケーションにリソースを振り分けないことが致命傷になるということが前提として理解されているのではないだろうか。もっと上の世代、二十代後半〜三十代前半の世代においては、家庭や学校教育とコミュニケーション重視の時代とのギャップに挟まれたまま、勉強とオタク趣味だけ詰め込んだ帰結として服飾などのコミュニケーションにリソースを振り切れないまま現在に至っている人が少なくない。けれど二十代前半より若い世代においては、「勉強だけ出来ても適応出来ない」「オタク趣味にのめりこんでるだけでは快適にオタクすらやってられない」ということが相当早くから常識になっていて、故に服飾をはじめとするコミュニケーション資源獲得に(上世代よりは)積極的なのではないだろうか。
一方、二十代後半〜三十代の層に対しても、「脱オタ」は『脱オタクファッションガイド』の販売などを通して知識としては2005年頃に十分流通したんじゃないかと思う。この年代の男性オタクで、(好悪の念は別にして)脱オタという語彙を知らない人は何%ぐらい残っているだろうか?もう、殆どのオタクさんが知識としては知っていることと思う。そのうえで「少しは審美性に気を配ろうか」と思う層と、「俺には関係ないもんね」と思う層に既に分離してしまっていて、啓蒙(?)範囲を広げる余地は殆ど残っていないのではないだろうか。
まとめ
最近脱オタに関する話題が出てこなくなったのも、高齢オタク達に試行されるか棄却されるかの時期が既に終わっていて、若年者においては「適応リソースを用意しなければオタといえど生きるのは容易ではない」という発想が前もって浸透しているからだと私は推定する*2。1.最初から服飾に気を配っている若いオタク2.脱オタをした高齢オタク3.脱オタを知識としては知ってはいても採用しなかった高齢オタク、という傾向というか棲み分けというかが既に出来上がっているのならば、脱オタに関する話題があんまり出てこないのも頷ける話だ。
四十代の壁(medtoolzさんからのツッコミ!)
id:medtoolz シロクマさんは、それでもまだ40代という絶望的な壁を見たことがないんだと思う…。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20070611/p1
ブックマークに怖い怖い書き込みが!見たことがあるようなないような…。しかしその「40代という絶望的な壁」というものが、未婚率の上昇などと相まってやがて大きく目の前に現れてくるのではないか、という予感はあります。