シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

『「若者」をやめて、「大人」を始める──成熟困難時代をどう生きるか?』を出版します

 
 このたび私は、「若者」から「大人」に変わっていく、境目の時期についての本を出版します。
 

 


「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?

「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?

 
定価:1500円(+税)
単行本(ソフトカバー): 240ページ
出版社: イースト・プレス  ※表表紙はこんな感じ
発売予定日:2月11日
 

はじめに

 
 人間は、子どもとして生まれ、やがて「若者」になり、いつか「大人」の仲間入りをして、最後には年老いて死んでいきます。
 
 最近は健康なお年寄りが増え、アンチエイジングも盛んになりましたが、それらをもってしてもこの順番は覆せません。生まれが早い人から歳を取り、年老いた者から順番に死んでいくのが生物としての人間の宿命です。だからこそ人は命を大切にすると言えますし、自分が生きていられる残り時間の少なさに気付いた人はその時間を大切にしようとします。
 
 ところが、社会的存在としての人間は、それほどシンプルに「若者」から「大人」にはなりません。
 
 世の中には、いつまでも「若者」のように年を取っていく人がいます。
 
 自分が20代だった頃に流行っていたものを年下世代にも押し付けて、それが当たり前だと思っている40代。経験不足な年少者を蹴散らし、搾取すらして、自分のポジションにしがみつき続ける50代。あるいは、長年かけて手に入れた財産やノウハウを自分自身のためだけに使い続ける60代……などなど。
 
 他方で、生物として若いうちから「大人」になっていく人もいます。
 
 たとえば20代から家庭を切り盛りし、子どもの世話や地域の活動に力を注いでいる人は、若いうちから社会的存在としての「大人」の役割を引き受けていると言えそうです。また、後輩の面倒を見たり組織の発展やマネジメントに尽くしたりしている人も、自分自身の成長や自立に無我夢中になっている人に比べて「大人」という言葉が似つかわしいでしょう。そうやって次第に「大人」らしさを身にまとっていく同世代を見て、焦りのような感情が心をよぎったことのある人もいらっしゃるのではないかと思います。
 
 そもそも、「大人」とは一体どういう存在でしょうか?
 
 数年前に私は、「歳の取り方がわからなくなった現代社会」について一冊の本を書きました(「若作りうつ」社会 (講談社現代新書))。
 
 現代社会には、「子ども」と「若者」、「若者」と「大人」、「大人」と「高齢者」をはっきり区別する境界線がありません。世間には40代になっても「女子」を名乗っている人や、還暦を迎えても「若者」のつもりで暮らしている人もたくさんいます。20代や30代の人などは、ときには「大人」という括りで扱われる場面もあれば、「若者」という括りで扱われることもありますし、ときには「子ども」扱いされることさえあります
 
 歳の取り方が不明瞭になったことで、年齢に縛られず自由に暮らせるようになった反面、年齢を節目としてライフスタイルをシフトチェンジすることも難しくもなりました。そういう現代社会のなかでうまく歳を取っていくことの難しさについてまとめたわけです。
 
 ただ、歳を取ることの難しさについては十分書けたものの、「歳を取ることの面白さ」や「歳の取り甲斐」についてはあまり触れられませんでした。そして私自身が年齢を重ね、「大人」としての役割に慣れてくるにつれて、「大人」の面白さや魅力について多くのことに気付くようになり、そうした気付きを年下の人に伝えたいと願うようになりました。「若者」から「大人」へのシフトチェンジの時期に的を絞り、人生論として内容をアップデートすれば、いま「大人」の階段にさしかかっている人に届けるべきメッセージになるのではないか――この本は、そういう意図のもとで書き起こしたものです。
 
 この本を通して私は、さまざまでかけがえのない「大人」とはなんなのか、「若者」をやめて「大人」が始まると何が起こるのかを紹介していきます。「若者」から「大人」へと変わるうちに、仕事や趣味との付き合い方、恋愛や結婚に対する考え方も大きく変わっていきます。これらの「最適なかたち」も変わっていくことで、「若者」だった頃には悲観的に思えた要素が、安定感や充実感の源に変わっていくことさえあります。
  
 「大人」になりきれていないと感じる人、いままさに「若者」と「大人」の境界線を渡ろうとしている人の行く先を、ほんの少しだけ照らせるような本を書いたつもりです。人生の少し先の風景を、ちょっと覗いてみませんか。
 
(本書「はじめに」より一部抜粋)
 



 
 この本は、想定読者の顔を思い浮かべながら書き進めました。
  
 想定読者とは、インターネット上にたくさんいる、「若者」から「大人」への跳躍に戸惑い、なるべく「若者」側のライフスタイルや価値観で生きていこうとしている人達です。あるいは、加齢によってなし崩し的に「大人」をやらざるを得ない境遇となり、そのことを持て余している人達です。
 
 そういった人達は、「若者」としてのライフスタイルや価値観を理想化するあまり、「大人」の良さに気付かないまま、いたずらにシフトチェンジを遅らせているのかもしれません。あるいは、「大人」へのシフトチェンジから逃げ続けてきたがために、「大人」と呼ばれる年齢になった自分自身を受け止めきれていないのかもしれません。
 
 しかし、「若者」としてのアドバンテージと「大人」としてのアドバンテージには、「若者」の側からは気づきにくい相違点があることを、私はこの数年間で実感しました。おじさん、おばさんというのも決して悪いものじゃない。
 
 どうせ誰もが必ず歳を取るのです。だったら“「若者」を終えて「大人」になるのもそんなに悪いものじゃないし、これもこれで面白い境地ですよ”、ということを伝えてみたいと思い、40代の私が、40代のうちにしか書けない一冊を作ってみようと思い立った次第です。
 
 ひとことで「大人」と言ってもそのありかたは多様で、年少者の世話をするばかりが「大人」とは限りません。4年前に書いた『「若作りうつ」社会』は心理発達のテンプレートにかなり縛られていましたが、今回は、もっと幅の広い「大人」のありようを想定したうえで、「どうせ歳を取るなら肯定的におじさん/おばさん」やっていこうぜ!」って基調でまとめました。
 
 以下に、第8章までの一覧と、小見出しを紹介します。
 

各章紹介

 
【第1章】「若さ志向」から「成熟志向」へ

・40歳を過ぎた自分のことを想像できますか
・「若者」であり続けることの限界
・ゲームが教えてくれた転機
・変わるべきときに変わらなければ危ない
・「大人」が「若者」と同じように振る舞うと破滅が待っている
・かくあるべき「大人」の定義とは
・心の成熟には順序がある
・「大人」になることは「喜びの目線」が変わること
・人生の「損得」や「コスパ」の計算式

【第2章】「大人」になった実感を持ちづらい時代背景

・「大人」に抵抗感があるのが当たり前の時代
・昭和の人々は「若者」の魅力に夢中になり続けてきた
・社会から「大人強制装置」が失われた
・「なんにでもなれる」感覚が「大人」を遠ざける
・「大人」と「子ども」、年長者と年少者の接点が少ない
・世代間でいがみ合う社会はみんなが望んでできたもの
・「大人」を引き受ける立場が争奪戦になっている
・それはあなたの選択なのか、社会構造による必然なのか

【第3章】「大人のアイデンティティ」への軟着陸
 
・「大人になる=アイデンティティが確立する」という考え方
・何者かになった気にならないと地に足がつかない
・キャリアが定まることでアイデンティティも定まる?
・趣味や課外活動もアイデンティティの構成要素になる
・アイデンティティがフラフラしている男女の仲は長続きしない
・揺るがない自分が生まれると足下が固まるがおじさんおばさんにもなる
・「CLANNADは人生」
・田舎のマイルドヤンキーのほうが「大人」を始めやすい理由
・空に浮かんだ夢から、地に足のついた夢へ

【第4章】上司や先輩を見つめるポイント

・年上の人たちは未来情報の宝庫
・「若いうちに勉強しろ」「遊んでおけ」と言う年長者は結局何が言いたいのか?
・「こんな風に歳を取りたい」と思える人は大事なロールモデル
・反面教師の利用方法
・アイデンティティが確立した中年のモノの見え方
・40歳、夢から醒めて、逃げ場なし
・長く人生を抱えてきた人は、それだけで結構すごい

【第5章】後輩や部下に接するとき、どう振る舞うか

・あなたが「大人」になったとき、「若者」をどう見るか
・情報がネットで手に入る時代に年上であるということ
・接点を持ってみなければわからない
・若者はまだ未来が定まっていないから侮れない
・後進を成長させるほうが得るものが大きくなる瞬間
・「生き続ける理由」を与えてくれるもの
・「世話をすること」が始まったあとの世界の見え方
・「俺の黒歴史に免じて許す」

【第6章】「若者」の恋愛、「大人」の結婚

・「大人」の恋愛、「大人」の結婚は本当にある?
・金しか見ていない女性、胸しか見ていない男性はなんにも見ていない
・目を向けるべきは「ソーシャル・スキル」
・早く気付いた人から素晴らしい「戦友」を得る
・「結婚=恋愛」は本当に幸福な価値観なのか
・「結婚は人生の墓場」は愚か者の結婚観
・だからといって、若い頃の恋愛も無駄にはならない

【第7章】趣味とともに生きていくということ

・「終わらない青春」なんてなかった
・立派に大人をやっているサブカルチャーの先輩方はいる
・オタクやサブカルを続けきれなくなったとき
・いざとなったら、やめてしまったっていい
・クリエイターに回った人たちは本当に大変
・新しい時代に合う形で誰かが引き継いでくれる
・趣味は自分の世代だけのものではない

【第8章】「歳を取るほど虚無」を克服するには

・変更不能の人生を生きるということ
・良いことも悪いこともすべて自分の歴史になる
・あなたの歴史はあなたと繋がっているみんなの歴史でもある
・人生のバランス配分は人それぞれだが
・異なる世代との接点が他人への敬意を磨く
・生きて歴史を重ねることは難しくも素晴らしい


人生の少しだけ先のことについて、考えてみませんか

 
 以上のような構成になっています。「若者」と「大人」の端境期の人を対象読者に想定していますが、すでに「大人」の側に回った人、まだまだ「若者」真っ盛りな人が読んでも気付きがあるかもしれません。全国書店にて好評発売中です。