シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

現代インターネットにおける「呪い」の増幅について

 
 呪術の話がしたくなる季節ですね。
 
 去年も今年も、インターネット上では炎上のともしびが絶えることはない。
 
 「誰かの炎上に加担する」と、自分が正義を行ったような気分が味わえて、それに伴って、優越感や自己効力感や所属欲求が充たされる。個人の心理的欲求を充たし、フラストレーションを緩和するという点でみれば、炎上という現象は、世の中の役に立っているとも言える。
 
 いけにえの羊を供物としてみんなで気持ちを充たし合う儀式は、現実世界ではほとんど禁じられている。ところがインターネットにおいては、正義の大義名分さえあれば、みんなで羊を、否、“悪い奴”を、燃やして構わないということになっているらしいのだ。なぜなら、そいつぁ悪い奴だからだ。「悪い奴に石を投げて心理的欲求を充たして、何がいけないというのか。みんなやっているじゃないか。」
 
 [関連]:"叩いて構わない奴はとことん叩く"空気と、いじめの共通点 - シロクマの屑籠
 
 

ネットワークがとりもつ現代の呪術

 
 さて、今日はスケープゴートを燃やす大義名分の話をしたいわけではない。
 
 呪術の話だ。
 
 ネット炎上が典型的だが、インターネットに人が集まると、誰かを呪う言葉や、誰かの不幸を願う言葉が、どこからともなく、大量に集まってくる。こうした呪いの言葉の集積は、なんというか、呪術の道に通じているようにも思えるのだ。
 
 今日のインターネットは、たくさんの「いいね」による祝福だけでなく、たくさんの非難や呪詛による「呪い」をも流通させている。
 
 そうした「呪い」は、1人の小さな発言ではほとんど威力を持つことはない。だが、百人の発言、千人の発言ともなれば話は違う。まして、国を揺るがすほどの大炎上に発展して、みんなが非難や呪詛を重ね合わせて、それが居酒屋談話のような話し言葉として消えてしまうのでなく、いつまでもアーカイブとして残るインターネット上に滞留して、シェアやリツイートによって拡散していくとなれば、「呪い」の破壊力はどこまでもあがる。
 
 インターネットにおける非難や呪詛のアーカイブ性と拡散性は、人が人を「呪う」にあたって、呪われた側を痛めつけるには最適な環境ではないだろうか。
 
 このようなインターネットにおける「呪いのグレードアップ」は、アーキテクチャに裏打ちされた確固としたものだ。twitterやFacebookを作った人間は、もっと肯定的な言葉の集積を期待してインターネットのインフラを設計したのかもしれないが、その同じ回路を使って、呪わしい言霊を集めてアーカイブ化し、一人の人間・一つの対象に注ぎ込めば、たいへん攻撃的で、陰惨な効果をもたらすこともできてしまう。
 
 そして『よくわかる現代魔法』において、コピー機によって呪符が大量生産されて効果を増幅していったのと同様に、シェアやリツイートのたぐいは、喜ばしい言霊だけでなく、呪わしい言霊をも増殖させ、増幅させていく。やる側としては便利な仕組みだが、やられる側としてはたまったものではない。
 
よくわかる現代魔法 1 new edition (集英社スーパーダッシュ文庫)
 
 言霊を集めて誰かを呪おうとしている側も、そうした呪いを一身に集めて心身や魂を汚染されてしまう側も、言霊を使った現代インターネット呪術について熟知して、攻撃や防御の理をわきまえなければならないのだと思う。
 
 その際には、一見、呪う側が一方的に有利のようにみえるインターネットでさえ、「人を呪わば穴二つ」という言い回しは間違ってはおらず、非難や呪詛を吐き続けている人間は、やがて自分自身の心身や魂にも負債を負うことも、考えに入れておくべきだとも思う。