シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

モノが管理できない人にとっての「ミニマリスト」を考える

 
 ミニマリストという処世術について、原理的にはともかく、実際上、どんな人がどんなメリットを享受できるライフスタイルなのか考えあぐねていたけれども、それらしいものが空から降ってきたので書き殴ってみる。
 
 ミニマリストという処世術は、当初、「余計なものを捨てて何かに注力するための処世術」として誕生したのかもしれない。だが実際上は、モノが管理できない人のための処世術として浸透しているのではないか。
 
 モノが管理できない――あれこれモノを買おうとしてもただ散らかってしまったり、要らないものまで買ってしまったりするような人にとって、ミニマリストという処世術は、モノを買って散らかすリスクや要らないモノで金銭的に消耗するリスクを減らしてくれる。ミニマリストは「要らないものを捨て」「必要なもの」を突き詰めていて、しかも、メソッドがある程度マニュアル化されているため、モノが管理できない人でも、とりあえずミニマリストになってしまえばモノの管理に困らなくなる。苦手なモノの管理もお金の管理も、ミニマリストになってしまえば解決だ。
 
 現代のライフスタイルとの相性も良い。いつ引っ越すかわからない生活をしている人がたくさんモノを溜め込めば、引っ越すたびに苦労を余儀なくされるだろう。そういう人にとって、ミニマリスト的な暮らし方は有効だろう。しかも、音楽や書籍の電子データ化・クラウド化が進んでいる昨今は、そうしたとしても趣味生活の大部分は失われずに済む。
 
 「ミニマリストになったら楽になった」という物言いも、このロジックでなら了解できる。モノを抱える負担に苦しんでいた人が、負担を免れるようになれば、楽になったという感想を持つだろう。
 
 しかも、ミニマリストという行き方には自己効力感がつきまとう。ダイエットなどもそうだが、「自分自身を思い通りに変えられる!」という体験も、精神的報酬としてミニマリストをさらにミニマリストに駆り立てるモチベーションになる。ダイエット同様、このような自己効力感に溺れると、処世術としての効能よりもやり過ぎに伴う悪影響が上回ってしまうが。
 
 ミニマリストという処世術の効能や有効性に首をかしげる人は少なくないと思う。とりわけ、モノをきちんと管理できる人・買い物やモノの取捨選択に長けている人がわざわざミニマリストになる必要性は無い。そのような“きちんとした人々”が手厳しいことを言いたくなるのも、わかるはわかる。
 
 だが、モノを管理できない人にとって、ミニマリストという処世術はそれなり効果的で魅力的だろう。モノを買っていつも失敗している人が、いっそ、モノにかかずらう度合いを最小化してしまうのは理にかなっている。引っ越しの可能性が高いなら尚更だ。
 
 ミニマリストというライフスタイルは、NHKの番組でとりあげられる程度には世間で認知されるようになった。だから、モノが管理できない人・モノ選びが苦手な人にとって、これが救いになるのは理解できることだし、自己効力感の気持ち良さに惹かれる人がいるのもわかる。モノが溢れている世の中だからこそ、そのモノとの付き合いに苦労している人にはミニマリスト的なライフスタイルが良いのかもしれない。