シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

 
 1/27〜1/29にかけて、オタク仲間達と遊び回っていた。やはり空気が違う。いくらコミュニケーションスキルがどうこう言ったところで、あるいは女の子がどうと言ったところで、どう考えたって私の故郷はここなのだ。私はオタクで、オタク界隈という名の腐海のなかでオタク仲間と一緒にいる時が一番落ち着くということだ。話題も空気も人間の性質も、故郷のそれが一番馴染む。非オタクならマスク無しでは数秒で脳が腐って倒れてしまうピンク色の腐海…だが、私には馴染む。よく馴染む。

 この腐海のなかでは、私は「諸々のコミュニケーションに関するアプリケーション」を起動させる必要が無い。付き合いはじめてそれほど経たない人が混じっていたとて、精神力の消費無く話が出来るのはありがたい。オタクが集まるとみんな友達。コミケの会場でもみんな友達*1。オタク界隈だけに住み続ける覚悟があるなら、私はプライベートで精神力消費を大幅に押さえることが出来そうだ。オタク界隈という名の腐海の空気だけ吸って日々を暮らせば、神経の損傷を最小限に出来るに違いない。

 …と思ったが、私は「器用貧乏志向」が強いので、どうせ一カ所のスペシャリストにはなろうと思ってもなりきれまい。この腐海は故郷には違いないが、オタク世界だけに限定されてしまうとそれでもやっぱり窒息するのが私だ。それこそ「ファッション」「コミュニケーションスキル」といった重い宇宙服を装備してでも、私はオタク重力圏の外を闊歩しなければ気が済まない。というのも、オタク世界に全額投資して服飾・スキル・非オタク文化技術などにリソースを分配しないような生き方は、自分の生存圏を著しく狭めるばかりか、異性との接触・異文化の吸収・職場における円滑なコミュニケーション(!)などの活動に大なり小なりの影響を与えると予想されるからだ*2。そこまでの覚悟は私には無いし、そういった障害に目を瞑る忍耐強さ(orそういった障害に気付かない鈍感さ)も持ち合わせていない。だとすれば、私はオタク界隈を故郷にしながらも、非オタク界隈における汎用性をキープし続けるしかあるまい。生粋の求道者型オタクに比べるとオタクとしてぬるくならざるを得ないし、精神力をすり減らす機会の多そうな適応スタイルだが、特化を諦め汎用性を求めた人間には不可避の代償だと思って諦めるしかないのだろう。私は特化と精神力のすり減らしを捧げて、対価として汎用を取った。ただそれだけの事だ、と思うようにしよう。
 

*1:モラルその他の面で人間としての基準値を下回る人はもちろん例外だ。オタク界隈にもそうでない場所にも、そういう人間は必ずいますよね

*2:逆に言えば、コミュニケーション関連の投資によって、現在それらの活動がサポートされているとも言える。