シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

ネトフリガンダム、しっかりガンダムしていて良かった

 
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ネットフリックスでフルCGオリジナルガンダムが公開されたと聞いたので、急遽、課金をした。ベーシックプランの月額加入料は980円で、この作品は全6話だから、それだけ観てもおつりが来るぐらいだろう。SNSでの評判も良さそうなので、週末に観てしまった。
 
はたして、視聴する価値のある『ガンダム』だった。ガンダムにもいろいろあるけれども、いわゆる「宇宙世紀モノ」と呼ばれる『初代ガンダム』~『Vガンダム』(やクロスボーンガンダム等)に連なる作品群が好きなら、見る値打ちはある。払ってしまえば、ネットフリックスの他の作品も視聴できるわけだし。
 
以下、ネタバレなしの感想を7割を書いて、最後にネタバレありの感想を3割書いてみる。
 
 

(ネタバレなし)ガンダム愛好家のためのフルCGガンダム

 
はじめに、言い切ってよさそうなことがあるので言い切ってみる。
この作品は、第一にガンダム愛好家、2ちゃんねる時代の言い方でいう「ガノタ(ガンダムオタク)」のほうをしっかり向いている作品、ということだ。
 
作品の舞台は、宇宙世紀ガンダムシリーズでいえば一番はじめの時代にあたる『機動戦士ガンダム』の時代のヨーロッパ戦線で、ジオン軍士官が主人公となっている。登場する軍隊や兵器はまさに初代『機動戦士ガンダム』時代そのままだが、登場人物は基本的にこの作品のオリジナルだ。これまでの作品からの引用もたくさんあり、それらはガンダム愛好家をニヤリとさせるが、ガンダム愛好家ではない人には意味のない情報でしかない。
 
ガンダム愛好家のほうを向いている感じは、作品世界についての説明の乏しさからも推察される。本作品も含め、宇宙世紀ガンダムシリーズでは、モビルスーツと呼ばれる人型の大型機動兵器同士が近接戦闘を繰り広げ、戦闘機や戦車といった在来型の兵器も、ロケット弾や機関砲といった第二次世界大戦ばりの兵装を用いている。
 
ガンダム愛好家なら、これが「ミノフスキー粒子」という物質が広く戦場で用いられるようになったせい、索敵・精密誘導・通信などが困難になってしまっているせいと、説明されなくてもわかるだろう。しかし本作品は、このミノフスキー粒子について、はじめのほうに、ほんの少し触れるに留めている。ほんの少し触れただけでわかるのはガンダム愛好家だけで、そうでない人にどこまで伝わるのかちょっと心もとなかった。
 
しかし、「だからいけない」と言いたいわけでもない。ガンダム愛好家ではない人への説明を最小化し、ミノフスキー粒子などの説明を折りたたんだほうが展開はスピーディーになる。そして本作はスピーディーさを選んだ。それはひとつの選択なのであって、良しあしをいえるものとは思えない。
 
描かれる兵器たちも、ガンダム愛好家のほうを向いている。本作品に登場する兵器はどれも、ガンダム愛好家にはなじみ深いもので、それがフルCGで動いていること、活躍しているのを見るのは楽しい。「2020年代のフルCG作品だととこんな風に描かれるのか!」という喜びが待っているだろう。
 
作品物語としては描かれる必要はないのだけど、ファンサービスとして描かれているらしき兵器描写もあった。これはネタバレっぽくないと思うのでここに書いてしまうけれども、マゼラアタック戦車の砲頭部(マゼラトップ)が自力飛行するカットや、歩兵用のホバーバイク(ワッパ)が動いているカットは、物語のために必須のものではない。ガンダム愛好家ではない人には無意味というより「今の描写の意味はいったいなんだったんだ?」という性質のものだったと思う。しかしガンダム愛好家には嬉しいカットなわけで、私はそれらの雄姿に手をたたき、(おさるのように)喜んだ。
 
こうしたことを踏まえると、少なくともガンダム愛好家なら一見してみる値打ちが十分にあると思う。SNSでは「『ガンダム08小隊』や『ガンダムIGLOO』の好きな人向け」といったレビューを見かけたし、確かにそれらに通じるところもあるかもしれない。しかし、『ガンダムIGLOO』の作風が苦手な私も、本作は嫌がらずに視聴することができた。本作品にも血や涙や硝煙のにおいはあるが、くどいほど押し付けてくるわけではない。
 
そして肝心のガンダム。
本作品のガンダムは実にガンダムしているので安心して観ていられる。
本作品はジオン軍の兵士から見た「連邦の白い悪魔」としてのガンダムにフォーカスした作品で、その圧倒的恐怖がこれでもかと描かれる。登場するガンダムは『ガンダムORIGIN』風の、肩にガトリング砲を装備したガンダムで、TV版とは少し趣が違っている(Exガンダムという声も聞こえてきた)。しかし、本作品は原作に隅から隅まで忠実でもないので、少し趣の異なるガンダムのほうがかえってしっくり来る一面もある。そして、この作品のガンダムはちゃんとガンダムしているので、ジオン軍が束でかかっても倒せないほど強い。
 
ジオン軍兵士から見た「連邦の白い悪魔」を描いた作品は過去にもあったが、本作品のガンダムは本当に恐怖そのもので、そこが強調されているし、ザクをはじめとするジオン軍側の兵器は、ただ格好良いだけでなく、ガンダムの引き立て役としての役割もきっちり引き受けている。ストーリーも戦場のバックグラウンドも、この「連邦の白い悪魔」の恐ろしさを強調することに多くのことが費やされていて、実際、ガンダムのばらまく恐怖は本作品の見どころだと思う。ジオン軍の兵士の目線に立って、恐怖したらいいんじゃないかなと思う。
 
 

フルCG作品、というポイント

なお、本作品はフルCGなので、ひょっとしたらそこで人を選ぶかもしれない。今ではフルCG作品の品質が高くなり、私は本作品を違和感なく楽しめた。が、フルCGを見慣れていない人に、これがどう見えるのかはわからない。
 
私の家族は声を揃えて「デスストみたいなガンダム」「FallOut4みたいなガンダム」と言っていたが、私もそう思う。逆に言えば、最近のフルCG描写のあるゲームに慣れている人なら、本作品をより楽しみやすいかもしれない。
 
なので、私はガンダム愛好家の人と、フルCG作品に親和性のある人に、特にこの作品をお勧めします。それから、初代ガンダムが「連邦の白い悪魔」と呼ばれた頃、それが一般兵にどう映ったのかを想像してみたい人にも。特にガンダム愛好家なら、見て損をする可能性は非常に低いんじゃないだろうか。
 
 

以下、ネタバレあり!ご注意を。(ストーリーに関連した話)

 
 
作品のストーリーに関連することもしゃべりたいので、以下はネタバレありとしてご注意ください。
ネタバレを避けたい人は、ここで引き返すよう、お願いします。
では、以下、ネタバレなことを。
 
 
   *     *     *
 
 
本作品のストーリーにはガバガバなところもあり、なぜヨーロッパ戦線のルーマニアあたりにガンダムが出没しているのか、なんだかよくわからない。とりわけ、主人公たちがトラックで逃走している道中にガンダムが出没したこと、それをグフ二機が迎撃したこと、これらもよくわからない。遭遇戦だとでもいうのか? 「なぜ、ガンダムがこの戦場に現れてこのように暴れているのか」に関しては、本作品は真剣に考えてはいけない感じだ。誰かがガンダムのことをゴジラのような怪獣に喩えていたのも、わかる気がする。
 
しかし、そうした作品ではあっても、主人公とその周辺を軸とした、一応の物語、人間模様が展開される。私は、ここもちゃんとガンダムしていたと感じたので、言及しておきたい。
 
主人公はヴァイオリニストであり、母であり、ザクのパイロットでもある。そして、物語が進むにつれニュータイプらしき才能の片鱗を示し始める。そう、本作品はミリタリー路線一本槍のガンダムではない。本作品は宇宙世紀ガンダムシリーズで描かれていた「ニュータイプ」についても、ひとつの忌憚ない描写をみせていて、これがなかなか旨くてびっくりした。
 
主人公のニュータイプ適性は、はじめは戦況を先読みする直観のようなかたちで示されるが、物語後半では、人と人との意識の交感も含めた、歴代のニュータイプの体験に近い描写になっていく。幸か不幸か、ガンダムのパイロットも同じような適性を持っていた。物語の終盤、主人公はまだ少年であるガンダムパイロットと通じ合い、ひととき、武器を下ろして交感する。
 
だが、本作の制作陣は宇宙世紀ガンダムのことをどこまでもわかっていた!
確かにニュータイプは人と人を繋げ、わかりあう素養としての可能性を持っている。しかし戦場において、その素養がかえって悲しみを生むことだってある──初代『ガンダム』のアムロ・レイとララァも、『Zガンダム』のカミーユとハマーン・カーンも、ガンダムUCのバナージとロニも、そのように描かれたが、本作も例外ではない。主人公とガンダムのパイロットの間に起こる出来事については、ご覧になってくださいとしか言えない。本作なりに、こうしたニュータイプ同士の交感とその結果が記されているのだけど、私は、とてもいい塩梅だと思った。ドイツ人の監督さんの選択に敬意を表したい。
 
いやはや、このドイツの監督さん、ガンダムのことを本当にわかっていて、ガンダム愛好家が好きなこと、押さえていて欲しいことを本当によくわかっていて、それでいて、この監督さんなりのオリジナリティも感じられて、素晴らしかったです。ネタバレ部分も含めて評価すると、ガンダム愛好家向け作品としてこれ以上のものはないんじゃないでしょうか。こんな秀逸な外伝的作品が国外でつくられたことも、こんなバリエーションのガンダムが生まれたことも、眼福としかいいようがない。ガンダムの、ニュータイプ論が好きな人も、きっと何か感じ入るものがあるんじゃないかと思う。