シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

オタクじゃない奴が入ってきた vs オタクが増えた

 
 先日、秋葉原の某同人ショップで買い物をしている時、レジに並んでいる前の人達がこんな会話をしていた。
 
 

 「ここの客層、変わったよね」
 
 「なんか、オタクじゃない人も同人誌を買うようになって、だいぶ雰囲気が変わった。」
 
 「場違いっていうか」
 
 
 ああ、こういう感覚の人ってまだまだいるなぁ、と改めて思った。
 
 「オタクじゃない人も同人誌を買うようになった」と認識しているということは、この人達にとって、「同人誌を買うやつ=オタク」ではなく、たぶんオタク認定するための基準は他のところにあるのだろう。
 
 一方で、最近では以下のような意見をよく見かけるようになった。
 いわゆるライトオタク増加論、だ。

今や、オタクとは程遠かったガチでオサレな人達がオタク(?)になっているっぽい。オサレな人達や無遠だった人達がニコ動によってオタク文化と接触して、ハマっていっているのかな。僕の実感としては、本格的にオタクがライト化というか、オタクじゃなかったオサレな人達がいっぱいオタク文化に参入して来ているんだなと本当に思うようになってきた。
(※超ライトオタクの誕生 - あしもとに水色宇宙)より抜粋

http://d.hatena.ne.jp/tokigawa/20081215/p3

 しかし同人ショップのなかで出会った彼らのオタク認定基準からすれば、引用内のライトなオタクなんて到底オタク認定できそうにないし、彼らの認識からすれば、ライトなオタクが増えたというより、オタクじゃないやつがオタク文化圏に入ってきて同人ショップやコミケに出没している、という捉え方になってくるのだろう。
 
 

「オタクじゃない奴が入ってきた」のか「オタクが増えた」のか。

 
 こうした認識の違いは、オンラインでもオフラインでも、意外とあちこちで遭遇する。同じ“オタク”という言葉を使っているにも関わらず、「オタクじゃない奴が入ってきた」という人と、「オタクが増えた」という人では、オタク認定の基準にかなりの差があるようにみえる。そして両者の間には、微妙な対立意識すら潜んでいるようにも感じられる。
 
 昔から、“オタク”“おたく”という言葉は、世代や当事者/非当事者によってニュアンスがかなり異なる言葉だった。尖った趣味人としてのニュアンスを強調する人もいれば、ある種のコミュニケーション不能性を強調する人もいたりと、バラバラの状態が続いてきた歴史がある。そういう意味では、現在のニュアンスの乖離もまた、従来の延長線上にあると捉えられないこともない。実際、「オタクじゃない奴が入ってきた」という言葉を、1990年代末、例えばエヴァブームの頃などもさかんに耳にしたように私は記憶している。
 
 けれども最近の同人・アニメ・ボーカロイド周辺の流れは、「オタクじゃない奴が入ってきた」という価値観と「オタクが増えた」という価値観のギャップを、今まで以上に含んでいるように感じられる。「オタクじゃない奴が入ってきた」という人と、「オタクが増えた」という人では、同じ界隈の同じ流れを目の当たりにしていても、全然違った風景をみているのだろう。そのなかで「オタクは死んだ」という人もいるかもしれないし、「このジャンルはこれからもっと面白くなる」という人もいるかもしれない。
 
 では、「オタクじゃない奴が入ってきた」と「オタクが増えた」は、どちらが正しい見方なのか?
 
 もちろん、“正しい見方”なんてあるわけがない。どちらの見方も、見る側の立場・出自・価値観を反映した、それなりに説得力のある意見だと私は思う。けれども“正しい”云々を抜きにして、未来予想を語るなら、おそらく「オタクが増えた」と言っている人達の価値観が、次世代のオタクのスタンダード像になる可能性が高い、と予想できそうだ。なぜなら、今までのオタク界隈の流れを振り返る限り、「オタクじゃない奴が入ってきた」と眉をしかめた人達が次世代のオタクのスタンダードになった試しなど一度もないからである。新しい流れは、いつも外からやってくる。
 
 ただし、次世代のスタンダードになりそうにないからといって、「オタクじゃない奴が入ってきた」とみるような価値観をすべて斬って捨てるのも、どうかと思う。界隈の流れについていけなくなったオッサンのサンチマンタリズムと言われればそれまでかもしれないが、オタク界隈のひとつの時代を代表していた精神が、昨今の「オタクじゃない奴が入ってきた」という言葉には含まれているような気がする。あえて復古主義に走る必要はないにせよ、過去〜現在の流れを知っておくことは、現在〜未来を展望するうえでも決して無意味ではないように思える。
 
 「オタクじゃない奴が入ってきた」と「オタクが増えた」という二つの見方を比べるだけでも、色んなことがみえてくるし、色んな人の歴史や想いが浮かんでくるんじゃないだろうか;両者の違いや温度差は、普段は水面下に隠れがちだけど、まだまだあちこちに潜んでいるようにもみえる。あなたの周りに両方のタイプの人がいるなら、ぜひ意見を聞き比べてみて欲しい。どちらか一方だけでは気付かない、新しい識見に出会えると思う。
 
 
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