シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

常軌を逸していれば、とりあえずネットアイドルになれてしまう

 
 はてな村奇譚16 - orangestarの日記
 
 リンク先の漫画は、ネットのローカルコミュニティで“アイドル”になるための要件に触れている。
 
 “ネットアイドルは皆の羨望と嫉妬を集める大変なお仕事”と前振りしたうえで、作中、ネットアイドルになるための資格は「歌って踊れることだけです」とされている。もちろん、ここでいう「歌って踊る」はニコニコ生放送だけを指すのではなく、恥ずかしがらず芸を披露できること、パフォーマンスできること全般を指すんだろう*1
 
 「歌って踊れる(=パフォーマンスできる)なら、誰でも簡単にネットアイドルになれる」と書くと明るい話のように見えるし、実際、ネット上でアイドル的にうまく立ち回った人もいるだろう。それでも現実を顧みれば、皮肉の利いた、ブラックなフレーズと思わざるを得ない。
 
 芸やパフォーマンスが確固たるストラテジーに基づいて積み上げられ、技術的にも鍛えられているならまだいい―――例えば、ちきりんさんのブログ蝉丸Pさんの活動などには、地力と戦略性とリスク対策が垣間見えて、危なっかしいとは感じない。
 
 しかし、ネットのお立ち台に這い上がってくる人のなかには、地力もなければ戦略性もない、リスクヘッジにも無頓着な人物がたくさんいる。「豚もおだてりゃ木に登る」というけれど、ネットアイドルの場合は、さしずめ「ネットアイドルも煽ればパンツを脱ぐ」といったところで。おかしな事をやらかしてしまう人が後を絶たない。
 
 実は、ネットアイドルになるにあたって、歌唱力や文芸力、教養のたぐいは要らなかったりする。長期的・戦略的に考えるなら、そうした地力に関わる領域は絶対におろそかにしてはならないが、今、この瞬間にネットアイドルになりたいだけなら、そういった技芸はあっても無くても構わない。
 
 じゃあ、何がネットアイドルに必要なのか?
 
 簡単だ。どんな事でもいいから「普通の人がやらない事をやれば」ネットアイドルのパフォーマンスとして成立する。わけのわからない主張をしてみたり、普通は公開しないプライベート話を開陳したり、ポリティカルコレクトネスを公然と嘲笑してみたり……まあ、なんでも構わないが、常軌を逸した振る舞いを繰り返すだけでも、ネットコミュニティのちょっとした偶像になれてしまう。
 
 そういえば、ネットで異彩を放っている人物を思い出してみると、きわめてアクの強い人物・自己主張が尋常ではない人物が脳裏に浮かぶ。ああいう、尋常ならざる気配を漂わせた人物は、ただそれだけでネットアイドル的だ。
 
 あるいは、衝動コントロールが悪くて発作的に行動してしまう人物がネットで祀り上げられるのも、そうした逸脱性のゆえかもしれない。
 
 逆に言うと、「普通じゃないことをやっていれば、勝手にネットアイドル化してしまう」とも言えるのかもしれない。
 
 

ネットアイドルは、やめるのも続けるのも難しい

 
 厄介なことに、一度ネットアイドルとして調子に乗ってしまうと、やめるのが難しい。
 
 非日常的な、何千、何万からのアクセスで有頂天になってしまった快感は、そう簡単には忘れられない。オフラインの世界で承認欲求が全く充たされていない人の場合、数人〜数十人程度の見物人がついただけで虜になってしまいかねない。オフラインの領域で同等以上の水準で充たされない限り、やめようと思ってやめられるものではない。
 
 かといって、ネットアイドルを続けるのも、これまた難しい。
 
 高度な技芸を披露しているネットアイドルならともかく、お道化キャラクターや炎上芸人としてネットのお立ち台に登った人は、人気を維持しにくい。1〜2ヶ月程度なら、ちょっと過激に振る舞えば簡単に野次馬を集められるけれど、それを二年、三年と続けて、それでも飽きられない人は稀だ。野次馬を惹きつけるために一層過激なパフォーマンスに挑む人もいるけれども、そのぶんリスクが増すのは言うまでもない。
 
 そのうえ、繰り返しているパフォーマンスは自分自身の精神や価値観にも染み込んでくる。「私はネットのパフォーマンスを芸と割り切っています」と反論する人もいるかもしれないが、私はそうは思わない。ネットで繰り返している言動やキャラは、かならず“なかのひと”の精神に影響する。狂犬のパフォーマンスを繰り返していれば狂犬じみてくるし、道化役者のパフォーマンスを繰り返していれば道化が板についてくる。小さなコミュニティで教祖のように振舞っている人が、いつしか自分を本気で教祖だと思い始めることもある。そういう被影響性は、侮ってはいけない。
 
 そんなわけで、私は「歌って踊れるだけで」ネットアイドルになれる現状は、危なっかしいなと思う。壇上で歌って踊るための敷居が高かった時代とは別種の危険が、ここには潜んでいる。心の強い人・技芸に長けた人・戦略性のある人はともかく、そうでない青少年は、安易に“赤い靴”を履くべきではない。ちょっとした出来心が、人生を破壊してしまうかもしれない。
 
 ところが世のネットサービスは……「あなたも有名になれますよ」「あなたもビッグになれますよ」と囁きかけてやまないので、迂闊に“赤い靴”を履いてしまい、歌い狂って踊り狂ってクタクタになってしまう人はこれからも絶えないと思われる。やんぬるかな。
 

*1:作中で挙げられているはてなのローカルコミュニティでは文章による芸やパフォーマンスが中心なので、特にそのように思われる