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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

なんでも手当たり次第に言及しているアカウントは、ワイドショーの劣化コピーになってしまう

コミュニケーション

 
 
 ブログやtwitterを眺めていると、ワイドショーを劣化させたようなアカウントをしばしば見かける。ありとあらゆる話題に言及しているけれども、どれもこれも底が浅く、皮相的で、読者におもねるところ甚だしいようなアカウントだ。時事の話題、ネットの話題には手当たり次第言及しているのに、ユニークな思念も、一貫性も香り立って来ないアカウント。それとも、あらゆるジャンルの表面 1cm を撫で回し続け、まったく深まっていかないこと自体がそのアカウントの特徴かもしれない。まさにワイドショーの劣化コピーだ。
 
 いや、こう書くとワイドショーに失礼というものだ。ワイドショーには計算があって、短時間に最大限のアウトプットを行うための工夫がある。全国の視聴者に訴えかけるべく、ワイドショーはメディアとしてぎりぎり一杯の仕事に取り組んでいる。話題の表層にしか触れられない条件に特化した技術と洗練と蓄積――こうした“わざ”は、ネットで見かけるワイドショー人間には望むべくもない。そのうえネットの場合、よほど有名なアカウントでもない限り、マスメディアのようなかたちで道義的責任や発言責任が問われることも無いわけで、発言に対する責任意識やリテラシーの判断基準を欠いている者さえ少なくない。
 
 どうしてワイドショーを劣化コピーしたようなアカウントが発生するのか?
 
 その理由は、まさにワイドショーを劣化コピーしたとしか言いようのないネット処世術に由来していると思われる。
 

  • 時事の話題にキャッチアップすること。
  • 面白い話題を知り合いのアカウントに提供すること。
  • そうやって耳目を集めて楽しい時間を共有すること。
  • アフィブログなら、小遣い稼ぎも目的かもしれない。

 
 こうしたネット処世術を続けていれば、ワイドショーからプロフェッショナル性と道義的責任を取っ払ったようなアカウントが出来上がるのも当然だろう。話題と話題の間をゴソゴソ這い回り、いつもSNSやブログに張り付いて、ブームが去ったら二度と言及しないであろう話題にいっちょ噛みしていれば、あなたも立派なワイドショー人間だ。それどころか、ワイドショーの悪いところを煎じて煮詰めたような、超絶ワイドショー人間のようなアカウントができあがるだろう。
 
 

ネットの発言は自由だが、どんな風に観られるかは自由ではない

  
 もちろん、どういう話題にどうやって言及するかはネットユーザーそれぞれの自由なので、滝のように流れるネットの話題に手当たり次第いっちょ噛みしたい人はすれば良い。そのかわり、皮相的ないっちょ噛みを繰り返している人は、皮相的ないっちょ噛みを繰り返す人間として観られることを避けられない――発言の蓄積には、結果が伴う。
 
 だからもし、皮相的な発言を繰り返す人物とみられたくないなら、みだりに言及するべきでも、締まりなく言及するべきでもない*1。逆に、ワイドショー的な皮相さをこそ愛してやまない人は――存分に時事の皮相を撫で回せば良いと思う。
 
 
 ※明日、後編として『ネットでは給湯室談義が権力を帯びて、ワイドショー人間が権力者になる』をアップロードする予定です。→しました
 

*1:関連:『「何を書かないようにするか」が問われている』 http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20111117/p1