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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“はてな村”から、村長・年寄の社会機能に思いを馳せてみる

コミュニケーション

 
 足掛け十数年に渡ってネットウォッチャーをしている人のなかには、ネット上で起こった揉め事や出来事を概ね記憶し、ネット上の生き字引のような役割を果たしている人がいる。
 
 例えば、(株)はてなのネットサービス上で“村長”と呼び親しまれていた人物――ここでは、仮にkさんとしておこう――。このkさんが「はてな村の村長」と呼ばれていた背景には、彼が、はてな村内外のネットコミュニティやネットユーザーの「人間模様の歴史」を把握しているようにみえ、その歴史把握をバックボーンとして発言・仲裁・攻撃が可能だったことにあると思う。
 
 

「はてな村の村長たるもの、昔の揉め事をよく知っていなければならない」

 
 コミュニティの現在だけを知っている人間は、どれほど現在に詳しかろうとも、村長や長老とは呼ばれ得ない。村の長老が村の長老として一定の存在感を獲得するためには、コミュニティの祭事や慣習に詳しいだけではなく、【村内の誰と誰が、いつごろ、どんな風に揉め事を起こしてどういう転帰を辿ったのか】【利害や感情を巡って誰と誰が争い、どのような恨みを残したか】【村外勢力とどのような争いがあったのか】……そういうのを把握していなければならない。そういう過去の人間模様の歴史を知っているからこそ、裁定なり仲裁なりが可能になる。
 
 で、“はてな村の村長”のkさん、である。kさんの場合も、地域の祭事(=はてな内で流行った話題やイベント)、慣習(複数のネットコミュニティそれぞれのローカルルール)、ネットユーザー同士の揉め事、これらに通暁していて、ときには裁定や仲裁のような事もやっていた。少なくとも、外部からはそううつった。
 
 これって、案外正しく村長をやっているんじゃないか?だからkさんが“はてな村の村長”と呼ばれ、あのあたりの人々は“長老”のように呼ばれていたんじゃないか?
 
 

「コミュニティの歴史を知る人=人間関係のアーカイブを知る人」

 
 ここから逆転して、地域社会において長老やお年寄りが担っていた機能に思いを馳せる。村の歴史、村人同士のしがらみの歴史、隣村の有力者との揉め事などに詳しい人材は、村社会ではかなり重要だったんじゃないか。若い衆には出来ない判断や仲裁が、歴史や文脈を心得た年寄衆になら可能だったとしたら、その意見に誰もが耳を傾けるようになるだろうし、必然的に権力を帯びることにもなろう――どれほど有能な若者でも、そういったコミュニティ内のアーカイブは持っておらず、アーカイブを知らなければ判断できない事が沢山あるのだから。
 
 ごく短いインターネットの歴史、ひいては(株)はてなのコミュニティの歴史でさえ、kさんのような人物が村長的立場に祀り上げられ、ひそかに特有の役割を期待されていたのだから、数十年単位の村社会の歴史に通じたお年寄りは、非常に重要な社会機能を担っていたと推定せずにいられない。まして、昔は今とは違って還暦を過ぎるまで生き延びる人はレアだったのだから。
 
 そう、コミュニティにおいて「歴史を把握する」「権力を保有する」ってのは、コミュニティ内の人同士の繋がりや軋轢のアーカイブに通じ、そのアーカイブを踏まえたリアクションが取れるって事なんだと思う。これをやっている人は、昔なら村の年寄りだったし、(株)はてなのコミュニティであればkさんのような人物だったのだろう。
 
 村長(むらおさ)という呼び名は、ひとびとの歴史を知る者にこそふさわしい。そういう村長的前提が揃っている人に村長的アイコンが期待されていくプロセス自体は、オンライン/オフラインを問わず普遍的な現象なんじゃないか、とか色々思うけれども、飽きてきたのでこのへんで。