シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

精神科医という立場を離れてハックルベリー(id:aureliano)さんの質問に答えてみる。

 
 ※これは、こちらのおまけです。この部分は10/24ごろには削除する予定です。
 
 「言及するということは、その言及対象に執着がある」という私の考え方からすれば、今回の岩崎夏海さんへの言及は、自分が岩崎さんに執着があったということの証明であり、このことは私にとって意外な発見だった。思った以上に、私はハックルベリーこと岩崎さんに執心していたらしい。
 
 今回、岩崎さんから“はてなブックマーカー達”に質問が提示されたので、せっかくの機会、これに答えてみようと思う。精神科的な見立てではなく、一人の興味深い人物についての個人的人物評として。
 
 
 ただし私は岩崎さんの、その巨大な自己イメージと執着に愛着を覚えているのであって、ストーカー的に岩崎さんのすべてのアウトプットを蒐集しているわけではないので、ところどころ、そっけないお返事になっていますがご容赦ください。
 
 
 ・何でぼくのことを承認欲求の強い人間だと思うの?
 
 まず、はてなの社長およびはてなユーザーに対して繰り返し言及しているからです。しかも、「私は彼らを愛します」という与える方向ではなく「どうして彼等は○○をやってくれないんだ」という要求の方向で言及していますから、(株)はてな およびそのユーザーに対して執着があるのだと推定しました。私の考えるところでは、執着が無いなら、言及するなんてことはありません*1 。あなたは、はてなという、小さなフィールドの、はてなブックマークユーザーという、玉石混交有象無象の輩にまで語りかけているのです。ベストセラー作家としてお忙しいことを推察すれば、こうした、マーケティングともあまり関係の無さそうなネットの辺境地に向かって不器用なラブコールを繰り返されるのは、ちょっと人目を惹く現象ではなかったかと思います。
 
 また、ベストセラーを売り出した後になっても、ハングリー精神を失わないというあたりも、凡人にはなせることではありません。こちらにも書きましたが、スティーブ・ジョブズと自分とを比較検討して、それぐらい認められたっていいんじゃない?という疑問文を思いつくこと自体、巨星クラスの承認欲求があるということの証左ではないかと考えています。

 最後に誤解なきよう付け加えておきますが、承認欲求が大きいことは、それ単体では別にいけないことでもないと思います。ある種の才能ですし。ただ、大成功しなければ人一倍精神的に苦しむ可能性があるかもしれないとか、周囲の人との人間関係で苦労する可能性があるかもしれない、といった部分はあるかもしれません。
 
 
 ・何でぼくがブックマークのためにブログを書いてると思うの?
 
 私はそのようには考えていません。そんな瑣末なことに囚われているとは思えないふしがあります。
 
 
 ・なぜぼくの悪いところだけを取りあげて良いところを見ようとしないの?
 
 この質問を翻訳すると「どうして皆はぼくを悪く言うの?ぼくを良く言わないの?」ではないかと想像しました。例えば私は、あなたが承認欲求の強い人間だと思っています。そしてそれは、際どい生き方を強いる性質だとも思っています。ですが、それが悪だとは思っていません。一個人のある性質がgoodかbadかというのは、割とややこしい別個の命題ですし、どっちにも取れるんじゃないでしょうか。
 
 どちらにせよ、その承認欲求の強さを背景として(あるいはその他諸々の性質を背景として)、岩崎さんは成功するなり、破滅するなりするでしょう。その行く末を、ただ見届けたいと思っています。良いか悪いかを、今考えてもしようがない。
 
 
 ・カエサルは「人間は自分が見たいと思う現実しか見ない」と言ったけどそれについてどう思うの?
 
 私もこの名言が大好きです。みんなそうなんじゃないんですか?あなたも、私も、他の人も。このカエサルの名言が指し示すような視野の狭窄は、通常、逃れることは困難です。ただし、特に執着や不安の強い時には、そういった傾向がひどくなるように私は感じています。不安や執着を多く持つほど、見たいものしか見えなくなるのではと警戒しています。
 
 
 ・なぜぼくのことを偉そうと批判する人ほど偉そうなの?
 
 ひとつには、はてなブックマークという「場」の問題があるのかなと思います。批判されるリスクを迂回しながら、一方的に言葉を投げつけるには適した環境ですから。しかも、過激な意見にも、他の人からのはてなスターがたまってシンパ的な一体感まで味わえるシステムなので、そういった行動が加速しやすいとも思えます。
 
 ちなみに、はてなブックマークはブログのコメント欄のようなものとは違うので、発言者の発言を、ブログ管理者側がどうこうするのは私個人は好きではありません。ブックマークコメントの是非は、ブログ管理者ではなく、第三者の閲覧者がそれぞれ決めればいいことではないかと思っています。
 
  
・ブーメランって言葉を知っているの?
 
 ネットスラングでいうブーメランのことですよね?知ってはいます。でもその言葉を書くと、とたんに自分自身も同じ穴の狢になるような気がするので、使ったことはありません。
 
 
 ・なぜぼくのことを『ソーシャルネットワーク』に出ていたマーク・ザッカーバーグみたいだと思うの?
 
 私はそのようには思っていません。第一、ザッカーバーグさんって、岩崎さんよりずっと若くて、ずっとIT寄りでしょ?全然別人のように思えますが。
 
 
 ・なぜ ぼくのことをスティーブ・ジョブズのような人間だと思わないの?
 
 私はジョブズのことにあまり興味がありませんが、アップルをあのような手法で成長させたカリスマということで、岩崎さんとは功績や名声に大きな違いがあるとは思いました。もちろん岩崎さんも、「もしドラ」で出版社の経営状況に大きく貢献したと思うので、似ている境遇と思えるところもあります。でも、どこがどうなのか分からないですが、テレビで見かけた岩崎さんからは、ジョブズのような怪しい輝きは感じられませんでしたし、いくらなんでもスケールが違いすぎると私は思いました。
 
 
 ・ぼくのような人間こそ「Stay hungry, Stay foolish」の体現者だと思わないの?
 
 はい。そのような体現者だと思っています。愚直なまでの猪突、そして満ち足りることを知らない心理。クリエイターとしては、重要な才能のひとつをお持ちだと思います。個人的には、そんなあなたに関して、「いつになったらこの人の気持ちは充たりるのだろうか」という、一個人の心理適応上の興味を抱いています。
 
 
 ・なぜぼくのことを語る時に「ベストセラー作家」とか「もしドラ」とかの枕詞をつけるの?
 
 だって、そのほうが色んな人に「ああ、あの人かー」と分かってもらえるじゃないですか。「はてなのハックルベリー」って紹介だと、はてなユーザー以外には誰のことか分かって貰えないと思っています。
 
 
 ・ぼくは本を出す前も出した後も変わってないのになぜ「ベストセラー作家になると偉くなって」というふうにイメージをねじ曲げようとするの?
 
 もともと自己イメージの大きそうな人に見えたので、そんなに変わっていないと私は思っています。「ベストセラー作家になって偉くなって」って、間違いですよね。もともとですから。
 
 
 ・なぜ「終わってる」という言葉で全てを説明できている気になれるの?
 
 そんな人のブックマークコメントは、あんまり滋養が無いんじゃないでしょうか。
 
 
 ・ぼくはもう三年も前からここで「終わっている」と言われ続けていることについてはどう思うの?
 
 彼等の「終わっている」は、予測ではなく願望だったのかもしれません。気にしてもしようがないんじゃないですか。気に入らない人は、あまり深く考えずに「終わっている」「あいつはダメだ」をレッテルを貼って満足するものなので、意に介する必要は無いと思います。
 
 
 ・あるいは子供の時から「お前は絶対成功しない」と言われ続けていることについてはどう思うの?
 
 へぇ、そうだったんだ、と思いました。その飢餓感が、今の圧倒的な執着と巨大な自己イメージに関連しているんでしょうか?でも、そこらへんはネットを介してだけじゃ分からないと思うので、留保しておきます。
 
 
 ・「終わり」って三年も(あるいは四十三年も)「続く」ものなの?
 
 さぁ...。
 
 
 ・ぼくのことをすごいとは思わないの?
 
 すごい。間違いなくすごい。特にその自己イメージの、ベテルギウス級の巨星っぷりは普通じゃないです。私には真似できません。
 
 
 ・ぼくを本物だとは思わないの?
 
 本物!間違いなく本物ですとも!自己イメージの巨大っぷりと、それに誘導された作家性は、普通の人には真似できません。ただ、そういう作家性は、私の好みではないですが。また、そういう作家性だけで誰もが成功者になれるわけでもない(まして、成功者であり続けることができるわけでもない)ことは気にしています。そういう人が最終的に挫折した顛末にも出会ったことがあるので、尚更気になります。
 
 
 ・ぼくの本を読みもしないで批判するのは卑怯だと思わないの?
 
 「もしドラ」多少読みました。自己イメージの巨大さという作家的素養以外の面白みは、あまり私には感得できませんでした。
 
 
 ・卑怯者だと罵倒されて悔しくないの?
 
 罵倒は、はてなブックマーカーや匿名の2ch的な書き込み者の役割で、あなたの役割じゃないと思うんですが。ところで、卑怯者だと罵倒されて悔しいと思うのは、自分が罵倒していると自覚があって、且つそこに良心の呵責を感じることが出来る人だけだと思います。多くの罵倒者は、罵倒しているという自覚と、良心の呵責のどちらかまたは双方を欠いているので、その問いかけは「かえるの面に水」だと思います。
 
 
 以上、一人の執着者として質問に答えてみました。ご清聴ありがとうございました。
 

*1:ただし、言及していないから執着が無いという逆の命題は必ずしも真ではありませんが