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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

『ラブプラス』って“肉食系男子”“リア充”向けじゃね?

オタク趣味

 
 「萌え属性」の次の時代を予感させる『ラブプラス』 - シロクマの屑籠
 
 ところで、この『ラブプラス』というゲーム、ギャルゲーとしては“草食系男子”“非モテ”向きではなく、どちらかといえば“肉食系男子”“リア充”向きだと感じる。
 
 なぜなら、主人公の言動も、ヒロインの態度も、脇役の台詞も、ゲームシステムまで含めたすべてが「男性側が積極的に努力や試行錯誤を積み重ねて、女の子を喜ばせることで自分も楽しむ」という価値観に貫かれているからだ。
 
 具体的には、

 「女の子に好かれるために毎日努力しましょう」
 「女の子に好かれるようコミュニケーションをしましょう」
 「恋人になってからも甲斐性を発揮して女の子を悦ばせましょう」

 こういうノリが作品の隅々*1にまで浸透していて、「女の子のために男ががんばるのは当然。がんばって女の子を悦ばせて、それでもって自分もハッピーな気持ちになろう!!」という価値観が曇りなく提示されている。こういうノリは、どう考えても“肉食系男子”“リア充”的な何かであって、“草食系男子”“非モテ”が欠いている性向と言わざるを得ない。
 
 『ラブプラス』の世界では、運動するのも勉強するのも女の子に喜んでもらうという究極目的のための手段なのであって、デートの際も、自分本位に振舞わず、空気やムードを読みながら女の子を喜ばせるように尽くす姿勢が求められる。スキンシップやキスシーンも、ヒロインが喜んでくれるようアクションしなければならないし、プレイヤーにはそのための試行錯誤が求められる。けれども、そうした甲斐性や試行錯誤の結果としてヒロインが次第に喜んでくれるさまをみていると、なんだか自分まで幸せな気分になってくる、というわけだ。
 
 この、「自分本位を捨てて、甲斐性を発揮して女の子を喜ばせる過程を楽しむ」という趣向は「恋愛シミュレーションゲーム」としては極めてまっとうで王道なものだと僕は思う。けれども、こういう価値観の浸透したギャルゲーやエロゲーというのは、思うほど発売されていなかった。
 
 『ときメモ』以後のギャルゲー界隈を席巻したのは、甲斐性無しの男性主人公達と、女の子への果敢なアプローチが無くてもフラグが立ってしまうような作品群、あるいは女の子との対等な交際よりも所有願望を充たすような作品群だった。セカイの命運だの奇跡だのにかこつけて無理矢理男女をくっつけるような言い訳がましいギャルゲーや、女性とのコミュニケーションそっちのけに所有願望を充たすようなギャルゲーが流行することこそあれ、『ラブプラス』のような、男性側が能動的に女の子を楽しませるようなコンセプトのギャルゲーというのは流行っていなかったと記憶している。つまり、受動的なメンタリティの男性でも楽しみやすいよう収斂進化していったのが近年のギャルゲー史であり、“非モテ”や“草食系男子”に親和性の高い作品が市場を席巻していたと言ってしまって差し支えない。
 
 このように、ゲームを貫く価値観やコンセプトの面からみても、『ラブプラス』は従来のポピュラーな作品群からはかなり遠い作品であると言わざるを得ない。「まずは男性が女性に与えよ。されば報われん」というコンセプトは“肉食系男子”“リア充”に親和性の高いノリであり、既存の“上げ膳据え膳”なギャルゲーに慣らされすぎていたプレイヤーの口に合わない可能性も高い。ゲーム内の世界ですら女の子に対する能動的なアプローチを忌避せずにはいられないような人には、『ラブプラス』を楽しむことは難しいだろう
 
 しかし案ずることはない。そろそろギャルゲーも“非モテ”“草食系男子”だけのものではないんだから、こういう王道な「恋愛シミュレーションゲーム」にも相応の需要があるだろうし、今後は勢力を取り戻しやすかろう。少なくとも僕は、「積極的に努力と試行錯誤を積み重ねて、女の子を喜ばせて自分も楽しくなるような」“肉食系男子”“リア充”向けのギャルゲーが、もっと沢山あったっていいと思っている。

*1:台詞のひとつひとつやゲームシステム全体にまで