シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

『草食系男子』という名の万華鏡

 
 2009年に入ってから、『草食系男子』という単語を頻繁にみかけるようになった。注目度はうなぎのぼりで、遂に日経ビジネスオンラインや読売新聞といった大きなメディアにも登場するようになってきている。つまり、この『草食系男子』という言葉には、人々の耳目を集めるような、タイムリーな何かが含まれているのだろう。
 
 ところが、『草食系男子』の定義が意外と定まっておらず、論者やメディアごとに、定義にばらつきがみられる。また、たとえ定義が同じ場合でも、ポジティブに捉える文脈で語られることもあれば、苦り切った語り口で紹介されることもある。
 
 
 

『草食系男子』が語られる際の、三つのニュアンス

 
 では、具体的にどういったイメージや願望が『草食系男子』というバズワード*1に託され、どういった文脈で語られているのか?私がみるに、少なくとも以下の三つのニュアンスで語られていることが多いようにみえる。
 
 【1.“男らしく引っ張ってくれる男”に合致しない男性として】
 
 従来からの男性像にマッチしない、従来からの男女交際のテンプレートに乗ってくれない男性を指す用語としての『草食系男子』。女性ファッション雑誌系で語られる『草食系男子』のイメージはこれだろう。従来の駆け引きが通用せず、恋愛に消極的で、女性側をグイグイ恋愛に引っ張りこんでくれない男性に対する苛立ちや当惑の込められたニュアンスで語られる『草食系男子』だ。
 
 とはいえ、元気の良い女性ファッション雑誌系だけあって、苛立ちや当惑の文脈で語られて終了とはいかず、「じゃあ、こっちから食っちまえ」という風に話を繋いでいくところがさすがである。最近では、“『草食系男子』を食う『肉食系女子』”という言葉さえ出てくるほどで、“男らしく引っ張ってくれる男”という従来のイメージに合わないのなら、こっちが強引に引っ張っていこう、という姿勢が逞しい。
 
 なんにしても、この文脈で語られる『草食系男子』のニュアンスは必ずしもポジティブなものではなく、どちらかというと「最近の男はこうだから、仕方が無いから女の側でどうにかするっきゃない」というニュアンスが先行しているようにみえる。
 
 
 【2.女性を傷つけない、安心感を提供してくれる安定志向男性として】
 
 いっぽう、上の1.に似ているようでかなり異なったニュアンスで語られる『草食系男子』もある。この場合の『草食系男子』は、男女交際の不能性や消極性よりも、「安心感」「優しさ」「安定志向」といったポジティブなニュアンスが強調され、むしろ理想的な交際相手・結婚相手として評価するような意味合いで語られている。
 
 ただ見過ごしてはならないのは、このようなポジティブなニュアンスの前提には、単に大人しい男性であるというだけでなく、「空気が読める男性」「コミュニケーション能力に難の無い男性」「判断力や決断力が求められる場面では、それを用意出来る男性」といった期待が暗黙のうちに含意されている、ということだ。この2.の文脈で語られる『草食系男子』というのは、女性にとって理想の男性*2のイメージと殆ど矛盾しない。
 
 例えば、森岡正博さんの著書『草食系男子の恋愛学』のなかで語られ、理想の境地として描かれている『草食系男子』のイメージなどは、この2.に近い。実際、森岡さんの指摘する『草食系男子』のニュアンスには、以下のようなフレーズさえ含まれている。
 

 彼女たちが男性に求めているのは、何か思いがけない出来事が起きたり、危険な状況が迫ってきたりしたときに、「男性がおろおろそないこと」「男性が毅然とした態度を示すこと」「決断すべきときにはきちんと決断すること」「女性が危ない目にあいそうなときには女性を全力で守ろうとすること」である。
 森岡正博『草食系男子の恋愛学』P185より抜粋

 女性誌に登場するような、「もう女の側がリードするしかないよね」というナヨナヨしたイメージとは対照的な、いざと言う時には決断し女性をリード出来るような力強さがニュアンスとして含まれているわけだ。こういう男性だったら、女性諸氏は諸手を挙げて大歓迎だろう。書籍『草食系男子の恋愛学』が指向する『草食系男子』は、なんだかモテモテになりそうな男性イメージだし、私が実地でみる限り、本に書かれている条件をみたしているような男性には、殆どの場合、女性がくっついている。女性側からみれば理想に近い、希少価値の高い男性像と言えるだろう。
 
 このように、『草食系男子』というバズワードが、非常にポジティブで希少価値の高そうな男性像を指し示していることもある。
 
 
 【3.恋愛に奥手な男性が、自分達を安心させる言葉として】
 
 ところが『草食系男子』という単語を消費しているのは女性だけではないようだ。
 
 どういうことかというと、内実的には1.のニュアンスに近い男性が、自分自身のイメージを2.に仮託することで、自分自身を正当化し、自分自身を安心させる為の単語としても、このバズワードが使用されているふしがあるように見受けられるわけだ。
 
 実際に『草食系男子の恋愛学』を購入して読み、そのうえで女性ファッション誌上のニュアンスときちんと比較すれば、両者のニュアンスが乖離していることがみてとれる。けれども、『草食系男子』というバズワードに群がっている人のすべてが両者を比較するわけでもなければ、比較して区別してくれるわけでもない。読む人によっては、両者の良いトコ取りをしたうえで、最も自分自身に当てはめやすい形で自分自身に当てはめることだってあるわけだ。
 
 バズワードの常として、いい加減な言葉の使い方をするには、『草食系男子』という言葉は非常に向いている。『草食系男子』という言葉が曖昧なバズワードとして浮遊しているお陰で、私達はこの単語に自分の好きなニュアンスを仮託することが出来る*3。自分の好きなニュアンスを自在に仮託出来るし、巷に出回っているニュアンスの良いトコ取りをすることも容易だ。2.に代表されるような、理想男性としての『草食系男子』のニュアンスに“いざという時の決断力”“毅然とした態度”といったニュアンスが含まれている筈であっても、それらを欠いた自分自身を省みることなく「俺は草食系男子だからオーケーだ」と思いこむことは容易い。
 
 

あらゆるニュアンスを引き受ける『草食系男子』という万華鏡

 
 こんな具合に、バズワードとしての『草食系男子』は、それを語る人ごとにニュアンスも文脈が相当に異なった言葉として飛び交っている、というのが現状だろう。上に挙げた三つの路線以外のニュアンスで語られることも、当然あり得る。ぶっちゃけ、『草食系男子』という言葉は、それを語る人間の執着や願望を映し出す万華鏡として機能しているというのが実情なのではないだろうか。
 
 もともと、男女交際や恋愛に関連した単語というのはニュアンスが拡散してしまいやすい。かつて『非モテ』『文化系女子』といった単語が千差万別なニュアンスと文脈で語られたように、『草食系男子』という単語も、創案者の思惑を離れた所を一人歩きしている観がある。そして、個々人の語る『草食系男子』のニュアンスの違いが、ディスカッションをかなり困難なものにしているようにもみえる。
 
 バズワードというのは、考えようによっては非常に取り扱いやすいと言えるし、考えようによっては始末に負えないとも言える。語る人間の執着や願望を映し出す万華鏡としての性質を帯び始めた『草食系男子』という言葉と、願わくは、上手にお付き合いしていきたいものだ。
 
 
 [関連:]”草食系男子”と”肉食系女子”:メルベーユ森通信
 [関連:]http://allabout.co.jp/relationship/womenlove/closeup/CU20081129B/
 [関連:]悲しい女の会〜草食系男子とかなんなの?ばかなの?死ぬの? - カリントボンボン
 [関連:]404 Blog Not Found:むしろ肉食系が読むべき - 書評 - 草食系男子の恋愛学
 [関連:]“草食系男子モドキ”になった狼たち - シロクマの屑籠
 
 

*1:参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%BA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89

*2:都合のいい男、と言い換えても良いかもしれない

*3:勿論、私だって例外ではない