シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

オタグッズを溜め込みたい嫁と、オタグッズを捨てたがる俺

 
 うちはいわゆるオタップルなのだろう。何せ、オタク趣味を捨てずに結婚する方法の模索 - シロクマの屑籠に矛盾しないように生きてきたのだから。しかし、オタップルにはオタップルなりの悩みと対立の図式が存在している。
 
 俺もそれなりの年月をオタとして過ごしてきた人間の一人ではある。アーケードシューティングゲームを愛し、“鳥の詩”を好み、柊かがみは完璧過ぎる萌えキャラクターだと確信している。そういうオタだ。そして惣流アスカラングレーを萌え氏神として祀るぐらいの“功徳”は積んでいるつもりではある。しかし俺にはモノやコレクションに対する執着というものは無い。フィギュアオタ・コミックオタ・アニオタ諸兄にありがちな、ありがたいコレクションや蔵書というものが殆ど無い。だから、よくネット上に書かれる“妻にコレクションを処分された哀れな夫オタ”という構図は、実はあまり理解出来ない。そういう女性に苛まれるということも、そういうコレクションを持つということも、自分は縁遠かった。
 
 我が家ではむしろ逆で、何でもコレクションしたがる、捨てたがらない嫁のコミックやらコバルト文庫やらのほうが急速に堆積しつつある。前田珠子の本やらCLAMPの本やらといった彼女のアイテムが、じわりじわりと増殖しつつある。加えて、最近は『フルメタルパニック』やら何やらのラノベまで独自に手を伸ばしている有様だ。しかも、俺の場合とは異なり、彼女は本やコミックを捨てようとはしないのだ。俺の場合、本当に大切なゲームはゲーセンでプレイするというスタイルが板に付いているためか、基本的にコミックや本は捨てるものだと思っているし、家庭用ゲームもあまり買おうと思わない。DVDはレンタル屋で借りてみるのが習慣になっている。書籍の類も、付箋をつけなければならないほど大切なものでない限りは読んだら捨てて、また必要になれば買い直せば良いと思っている。大体から言って、自分が何を手にしているのかなんてどうでも良いじゃないか。自分が何を経験したのか・何を脳味噌にブチ込んだのかのほうがずっと大切だとオタとしての俺は思っている。限られた生活空間を犠牲にしてまで、商品を溜めこむことに何の意味があるというのか。ましてや、『ねんどろいど』を欲しがるという心理はいかがなものか*1
 
 しかし、こういう経験至上主義的なオタというのは世間にはそう多くないのか、これを言うと他のオタの人達にはなかなか同意して頂けない。嫁もご多分に漏れないらしく、俺が新書の類を買っては捨てている行為をみて、眉をしかめ、隙あらばため込もうとしている。嫁自身のオタアイテムだけとっといて、俺の蔵書や同人誌やDVDなどはさっさと処分してしまえば良いと思うのだが、どうやら納得がいかないらしい。俺が捨てられて困るのは、せいぜい『月箱』と『ひみつハードディスク』ぐらいなものなわけだが、そこのところ、なかなか割り切って頂けないようだ。
 
 我が家では、嫁の側が「オタグッズもっと溜め込もうぜ」と主張し、夫の側が「オタグッズいらね」と抵抗する対立の図式が続いている。モノに執着してどうするんだ。『GOSICK』なんて、一度読んだらもうそれっきりでいいじゃないか。それよりも、シューティングの弾幕をかいくぐる腕前を保ち続けるほうがずっと大事じゃないか。しかし、今日も嫁は近所のラノベ屋から、なんだかよくわからないコバルト文庫を購入してくるのだった。戦いは、続く。
 
 

本エントリに対し当局から指導があったため、以下を追記。

 

  • 整理整頓された部屋で過ごせるのは、ひとえに嫁様のお陰さまであることをここに確認します。
  • 嫁様が購入しているオタグッズはごくささやかなもので、部屋を埋め尽くすような規模でないことを断っておきます。
  • シューティングの弾幕をかいくぐる技術と、嫁様のコレクションは、もちろん等価でした。失礼いたしました。

*1:ちょっとかわいいけど