シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

妻を食いつぶすなんて馬鹿げている

 
 妻と私という二人の生活のなかで、win-loseをわざわざ目指すのは正直ありえない。自分が貪り、妻が犠牲になる、という構図は、仮に一時自分の利益が最大化されたとしても、夫婦間関係が腐ってくる確率が高くなるので、無闇に選ぶもんじゃないだろう。妻がつまらなくなれば、私もつまらなくなるに決まっている。そうなれば、win-loseからlose-loseまでの距離はもうすぐだ。
 
 もちろん、妻がwinで私がloseという搾取関係に甘んじ続けることも好ましくない。そうなれば私がつまらなくなってくるし、私がつまらなくなってくれば、妻もじきにつまらなくなり、lose-loseの関係はもうすぐだ。幸いなことに、妻もその辺りを重々理解しているように、みえる。まぁ、私がloseであり続けるという時点でこの選択肢をわざわざ選ぶことは無いのだが。
 
 自分か妻のどちらか一方が、相手を食い物にしたうえでwinを選ぶというのは、愚かしい、嘆かわしいことだ。短期的な交際しか視野にない場合は別だが、結婚生活はお互いがずっと面つきあわせていくという前提にたった特殊な人間関係なので、志向すべきはwin-win以外にはあり得ない。少なくとも、それに出来るだけ近い共同体を二人の間に構築しようという協同の意志がなければ成立しない。どちらか一方だけが勝つ、勝ちすぎる、などというアンバランスを極力避け、お互いが適切な満足の平衡状態を維持できるよう、繊細なバランス取りを互いにやっていくってものだろう。ただ相手に譲歩すれば良いというものではない。満足と幸福の天秤は、過度に傾けてはならない。
 
 自分の満足や幸福は、それと面付き合わせる妻の満足や幸福を間接的に惹起するものだし、妻の満足や幸福は、それと面付き合わせる私の満足や幸福を間接的に惹起する。
 
 自分の不満や不幸は、それと面付き合わせる妻の不満や不幸を間接的に惹起するものだし、妻の不満や不幸は、それと面付き合わせる私の不満や不幸を間接的に惹起する。
 
 よって私は、私自身の満足や幸福を願うばかりでなく、妻の満足や幸福を願う。そして妻の満足や幸福を通して、私自身がもっと満足や幸福できるようにも願う。私達は結婚したのだから、自分達の間主観的関係のなかから、出来る限りの不幸と不満を排除し、より一層の満足と幸福を循環させていきたいわけだが、だとしたらまず私は、妻を食いつぶしてwin-loseを目指すような愚行から縁遠くありたいな、と思う。妻を食いつぶして自分が満足や幸福を得られるはずが無い。そんなことをすれば、不幸な妻の有様が、ただちに私自身をも不幸にすることだろう。
 
 妻は私の幸福感のもはや一部であり、私は妻の幸福感の一部であることを、肝に銘じていきていこう。ひょっとしたら、この感覚が「家族」なんだろうか?その辺り、私にはまだ分からないが、とにかく、今の自分がスタンドアロンな人間ではないということだけは、はっきり分かる。