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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

なぜオタは自分のステ振りをやらないですか?――プレイヤー視点の自己管理が出来ないMMO廃人達

本家アブストラクト

 
 ※このテキストは、以下のリンク先の要約です。
なぜオタは自分のステ振りをやらないですか?――プレイヤーの視点の自己管理が出来ないMMO廃人達(汎適所属)
 
 MMOや育成ゲームやシミュレーションゲームに慣れているオタ達は、キャラクター育成を効率的・計画的に行うことに慣れている。プレイヤーという高みからキャラクターを俯瞰し、キャラクターの成長を最大化・最効率化させることに長けている。にも関わらず、彼らは自分自身をメタ視点から俯瞰し、自分自身の成長を最大化・最効率化させることが出来ないでいる。「人生はゲームに喩えられる」などとしばしば語り、メタ視点で自分自身を照覧することも少なくない彼らだが、彼らは自分自身を(キャラクターに対してそうであるが如く)メタ視点から管制・操縦することがろくすっぽ出来ていない。これは何故だろうか?
 

MMO廃人やRPGオタが自分自身に効率性や育成計画を導入出来ない理由

 詳細はリンク先テキストを読んで頂くとして、ここでは短く、幾つかの要因について箇条書きにしてみる。
 
1.自分や他人のパラメータが見えない。またステータス振り分けも自分の素養が見えにくい
 現実生活では、ゲームと違って自分や他人のパラメータが可視化されないし、数値に還元しきれない。自分の将来性や適性も、レベルアップも、ぼんやりしているだけでは気づきにくくわかりにくい。この不可視性が障壁になっている。
 
2.学習効率を学ぶチャンスがそう簡単に見つからない。効率を学べる自分でもない。
 ゲームのキャラクター育成に関しては、2chなり何なりで誰かに質問すればほぼ最高の回答が得られることが可能だが、相手はおろか自分自身のステータスも把握しがたい現実生活では、学習効率に関する完璧なアドバイザーを期待しがたい。無論、まとめサイトもwikiも現実生活には存在しない。
 
3.やり直しがきかない。確実な成功も無い。
 リセットが効かない事や不確定性がある事が、彼らがメタ視をポジティブに活用するうえで大いなる足枷になっている。ゲームなら、失敗すればやり直しが効くが、現実世界ではそうではない。このことに怖気づいている人が少なくない。逆に、不確定性が強い状況にこそ、期待値を高めるべく効率性・計画性を導入することに意義があるという可能性を彼らは思いつけないか、「頭じゃわかってるけどヤダヤダ」とうずくまってしまう。
 
4.時間がかかる事・苦痛な事・頑張らなければならない事が多すぎる
 「MMOや育成ゲームは時間と忍耐が必要」とはいうものの、現実におけるトライアルに比べれば実は要するものが少ない点に注意。この視点からみれば、ある種のMMOに至っては「短期間でアホでも自己実現可能な程度のハードル」と表現することも可能だろう。自分自身を計画的に育成するということは、キャラ育成に比べて時間・忍耐力・先見の明といったものでさらに大きなものを要請されることを確認しておく。
 
5.ゲームやオタ趣味以外に、自分には能が無い(と感じている)から
 加えて、MMOや育成ゲームに流れてきた理由が“他に出来ることが無いから”“他に自己実現出来る方法が無いから”という人の場合、ゲーム以外の世界で時間と忍耐とリスクを支払う覚悟が出来ないのもやむを得まい。長時間MMOに漬かっているというまさにその事自体が人生に対する効率性・計画性に劣りがちで、しかしそこにしがみついて離れることが出来ないとしたら、時間・機会・健康を緩慢に磨りつぶしながら娯楽に興じる自分の後ろ姿を直視するのは一層容易ではなかろう。
 
6.ゲームのほうが容易く成功出来る&ヒーローになれる。計画性が裏切られない
 以上1.〜5.に挙げたように、MMOは誰もがローリスクで、確実に、計画性を裏切られることなく「成功」することが出来るわけだ。対して実際の人生は、パラメータも不可視で、不確定性に満ち、より時間と苦痛と労力がかかってしまう。人生とMMOは、育成とか計画性という面でとても似ているようで、実は確実性・可視性・苦痛度・時間・不確定性といった面でかけ離れているのだ。この相違こそが、ゲーム内で効率性・計画性の鬼と化している彼らが実生活において効率的・計画的になれない最大かつ根本的要因なのではないか、と推測する。
 
7.ゲームにおけるメタ視点と異なり、自分に対するメタ視点は可能性追求の為のものでは無い
 そして、彼らが自分自身を照覧する時のメタ視点と、キャラクターを管制・操作する時のプレイヤーとしてのメタ視点とが異質なものである点も重要なポイントと考えられる。キャラクターの可能性を最大化すべく活用されるメタ視点とは異なり、彼らのメタ視点は将来への展望・計画性・効率性のために導入されるのではなく、現在の隠蔽・現在の安心・傍観者として自分自身の問題から心理的距離を置く といった目的に供されているようにみえるのだ。同じメタ視点でも、逃避や防衛の手段として動員されるメタ視点と、(プレイヤーがキャラクターに対して持つように)積極的に伸びていく為のメタ視点では、同じメタでもニュアンスが全く異なる。この相違もまた、彼らが自分自身に対して効率性・計画性を発揮出来ない大きな要因になっている、と考える。
 

詳しくはリンク先本文をご覧下さい

 諦めたり傍観したりする人は、おそらくそうでない人よりは成長可能性に開かれていない、と私は考える。諦めや傍観の為のメタ視点は、その瞬間の自分自身しか救ってくれない。キャラクターの育成にはあれほど効率的・計画的で前向きな人達が、自分自身のこととなると対照的なメタ視点に終始するというのは、皮肉なことである。