シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

 毒にも薬にもならない一字一句や一冊一冊、一人一人を相手にしていては意味がない。感覚過敏で「全てのことばと全ての意見を同質同圧なもの」と感じる人はいざ知らず、センテンスや本や人に(もちろん自分の嗜好・志向バイアスがかかるにせよ)優劣が存在するなら、一定の意見・批評への重視と一定の意見・批評への軽視が生まれるのは自然な成り行きだと思う。もちろん私のサイトも、そういう重視軽視*1の個人的段階づけのどこかに配置されるのだろう、それはそれで構わないことだし、当然かつ致し方のないことだ。もしうちのサイトの文章を読んだ人の読者の三割ぐらいが「つまらないけど、普通の事を書いてる」と思ってくれてるなら、すごく嬉しいことだ。三割ぐらいがまともに扱ってくれるなら、結構な文章だろうなぁと思う。
 
 しかし、それ相応の見識を背景とした人間や本や意見に私がケチョンケチョンにされたら、かなわないだろうなぁ。でも、そうでもない人に私がケチョンケチョンにされても、まあ何とかなるんだろうな。それでもって、幾らケチョンケチョンにされてもそれほど応えない人間や本や意見ってのもあるんだろうと推測してしまう。
 
 だけど、「全てのことばと全ての意見を同質同圧なもの」と感じる人や、それに近い人達にとって、罵倒を目的として隠し持っているのがミエミエの批判も痛くて痛くて仕方ないsevereな一撃になるんだろうなとは思える。勿論、論調のしっかりした見識溢れた批判は尚更だ。もしそういう傾向の人を発見したら、なるべくコメントを控えたほうがいいのかもしれない。まぁ、私のチンケなコメントが彼らを舞い上がらせたりしょんぼりさせたりする怖れがるとすればの話だし、「誰からの言葉も痛かったり快楽だったりして仕方ない」傾向の人がそこらじゅうにいるとは思えないけど。
 

*1:無視、も忘れちゃいけないよ!