シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

十二年越しのレティクル座妄想

 
 数年ぶりに『レティクル座妄想』を聞いてみた。やっぱり名盤だ。これはロックだ。思わず歌いまくった。歌詞は全部覚えていた。
 
 Amazon.co.jp: 筋肉少女帯, 大槻ケンヂ, 平田穂生 : レティクル座妄想 - 音楽
 
 二十世紀末、モテない男達の自意識を唄ったロックグループが幾つか存在したが、筋肉少女帯もその代表的なものの一つ*1。現在二十代後半〜三十代前半を迎えた男性のなかには、理系文系を問わずお世話になった人も多い筈。思春期におけるコミュニケーション競争において不遇を託ち、スクール内カーストで底辺を彷徨う者達の心象風景を的確に描き出した“筋少”。邦楽シーンがニッチ的細分化を遂げる前だった事も手伝ってか、私の周りの同世代オタクやモテない男は八割以上が筋少ファンだった。そんな筋少だったので、しまいには共通理解と共通体験を提供する“基軸通貨”としてすら幾らか機能していたように記憶している。
 
 『レティクル座妄想』から干支が一周し、2006年。音楽のニッチ細分化が進み、私自身は老いてしまったが、巷には葛藤まみれの自意識過剰な男子が依然として溢れている。非モテ、喪男、スクールカースト…二十一世紀もまたユートピアではなく、不平等と自意識過剰とルサンチマンに溢れた娑婆世界だったわけだ。『レティクル座妄想』に記された諸々は、未だ時代遅れになっていないっぽい。今日日のモテないサブカルor/andオタクな葛藤男子達に即して聴き直しても全然聴けてしまう。
 
1.レティクル座妄想
 「自分の価値を理解出来ない馬鹿共は気付いていないけど、心優しく才能を秘めたボクはいつか必ず幸福になれる」という、妄想以外は不自由なオトコノコが抱きがちな選民願望で開幕。しかしそんな思いこみは所詮現実逃避の産物に過ぎず、「ボク」は薄汚くて取り得の無い人間でしかない。選民の心地よさに酔うも、自虐のカタルシスに酔うもお好みで。どちらにしても、筋少に酔えるのは日陰者の特権だ。盛り上がっていきましょう。
 
2.蜘蛛の糸
 「いつの日か這い上がって、ボクをコケにしたくだらない連中を見下ろしてやる!」という、ありがちな妄想願望を歌い上げた曲。受験勉強や狭くて小さなhobby世界にしか優越を見いだせない高校生や大学生にとって、「今はこんなに惨めでも、いつか逆転してやる」という蜘蛛の糸は、心的ホメオスタシスを守る命綱だ。切れないように、切らないように大切に守らなきゃね、たとい妄想とか白昼夢と後ろ指指されても。
 
 なお、この『蜘蛛の糸』は某予備校のテレビCM主題歌にも採用されてたけど、あれはナイスタイアップだったと思う。学力なるモノでしか逆転の可能性が無いと思っているような予備校生にとって、これほど適切な応援歌督戦歌もなかっただろう。糸を登っていかなければ、いつまでも地獄からは抜け出せない。
 
4.香奈、頭よくしてあげよう
 「頭の悪い女の子に、賢くて“価値”のわかっているボクが色々授けてあげよう」というオタ/サブカル問わず頭でっかちな思春期男性にとって猫にマタタビな関係を歌った妄想歌。クラスの連中が気付かないような、素晴らしくもホンモノな文化作品を知っている(と信じている)ボク。そんなボクが女の子をリードするワンダフルな方法は、カルトな映画を紹介したり優れたオタク作品を呈示したりすることに違いない。
 
 でも、リアル世界の女の子にとって、モテない男の文化プレゼンスなんて退屈なものでしかない。映画館に誘っても、「御免ね、途中で寝ちゃった、ラストどうなったの?」と言われるのが定め。
 
9.ノゾミのなくならない世界
 「愛されないのは誰のせい とにかくあたしのせいじゃない」
 
10.レティクル座の花園
 「娑婆世界がどんなに悲惨でも、あの世に行けば幸せが待っている」と幾ら信じても、やっぱりそれは妄想であり幻でしかない、という歌詞。ラストは「みんな これから 幸せに暮らせるね」という思いこみによって締めくくられている。
 
11.飼い犬が手を噛むので
 抑圧された自意識過剰の思春期男性の願望や妄想をねらい澄ましたように歌い上げてきた『レティクル座妄想』も、これで終幕。それらが全て絵空事で、つまらない自分はやっぱりつまらない事を暴露して夢は醒める。どれだけ派手にぶちまけたところで、どれだけ激しく思いこんだところで、白昼夢は結局白昼夢でしかない。この直面化にマゾヒスティックな快楽を感じるも良し、「あくまで俺は選民だ」と防衛しきっちゃうのも良し、どちらにしても、不遇の思春期男子にこそ味わい深い逸品*2。ちなみにラストは↓こんな感じです。
 

 ただし!狩りに行く前に
 自分が頭がいいという証拠を提示してください
 君たちがまわりのくだらない人たちとは
 自分は違うというのならば
 その証拠をみせてください
 証拠なき者は犬人間とみなし
 狩られる側にまわってもらいます

(中略)

 ハハハ ダメなやつはダメなんだ!
 おまけの人生に向かってGO!GO!GO!
 ダメなヤツはダメだようー

 ドクダミ茂る湿地に生息する男子には、今でも訴えるモノがあるんじゃないかなぁ。不平等でルサンチマンで自意識過剰な思春期がある限り、喪男陶酔コンテンツとしての筋肉少女帯は価値を失わないんじゃないかと思う。より若い世代の非モテ喪男の人達にも、ちょっとお勧めしてみたい。
 
 [関連?]http://blog.eplus.co.jp/king_show/
 
 【追記】ところで、筋肉少女帯のような、モテない男子の葛藤や白昼夢を歌に乗せたグループって最近流行ってるんですか?私、不勉強ゆえによく知りません。もし、ポスト筋肉少女帯なお歌歌いがいるようでしたら、そちらのほうが若い方には良さそうですね。でも、『レティクル座妄想』とネクストアルバム『ステーシーの美術』あたりは、時代を問わずに不遇男子の心をキャッチし得るような気はします。
 

*1:ついでに多種多様な女の子も引っ張ってたけど、そこは今回置いておこう

*2:日なたを歩いてきた人には、何が良いのかきっと分からない。