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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「有名になって発言力を増したかった」が気になる

 
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150119/k10014786231000.html
 
 リンク先の事件について、犯行の動機を稚拙と笑えるだろうか。
 
 私は、この犯人の方法はまちがいなく稚拙だと思う。子どものやること未満だ。だけど、動機まで笑って構わないのか判断に迷う。
 
 リンク先の文章を読み進めると、ユーチューバーとか、ニコ生主とか、色んな言葉が脳裏をよぎる。なにがなんでも有名になって知名度を発言力や性的欲求や経済力にコンバートしたい人々と、つまようじ容疑者は、動機の点でどこか似ている気がする。
 
 ブロガーだって同じだ。あれこれの炎上系ブロガーだけでなく、私自身にしても、彼の動機をどこまで他人事と言い切れるのだろうか?
 
 繰り返すが、犯人の方法は稚拙だったし法に抵触している可能性濃厚だったから逮捕された。そういう意味では、つまようじ容疑者は迂闊だったと断じて構わない。しかし、もう少し巧妙で・もう少し穏当で・もう少し曖昧なネットの領域には、このつまようじ容疑者をずっと洗練させたようなアカウントが“うまくやっている”現場があるようにみえる。法の白黒の曖昧な領域で、手段を選ばず有名になろうと奮闘し、実際、有名になって俗世の利得を手にしている人達。
 
 だから、彼がもう少し小賢しくて用心深かったら、つまようじ容疑者として逮捕されるのではなく(多くの人から不信の目で見られつつも)実利を手にしていた if があったかもしれない。彼がそうならなかったのは、単に頭が悪くて方法論に問題があったからでしかない。
 
 

YouTubeのアカウントが「劇場」たり得るようになった

 
 インターネットが普及した今、そのメディアを駆使して有名になり、知名度を俗世の利得に転換したいと願うこと自体は、不思議でも悪いことでもないだろう。ここで、その動機についてとやかく言うつもりは無い。
 
 だが、炎上商法をはじめ、実利のためなら法のグレーゾーンにもひるまず、なりふり構わず知名度を取りに行くネットアカウントが跋扈するうちに“有名になるためなら手段を選ばなくても構わない”という空気がなんとなしに出来上がっているとしたら……あんまり良い傾向ではないように思う。「あの人も、あのサイトも、あのアカウントも、きわどい事やっているんだから、俺だって!」みたいな模倣者が出てくるだろうし、そのなかには今回のような稚拙な未成年も混じってくるだろう。
 
 ネットがアングラと呼ばれていた頃の法的逸脱とはまた違ったかたちの、ネットがメディア然としてきた今日ならではの法的逸脱、あるいは法的低空飛行。これがネットの空気とみなされ、いかにも実利と噛み合いそうな外観を呈している現況は、これはこれで厄介なものですね、と私は詠嘆したくなる。
 
 一時期の素人ネット炎上には、仲間内での承認欲求の充当――要は内輪ウケ――が動機として感じられるものが多かった。テラ豚丼騒動も、ローソンアイスケース騒動も、結果としてネットの大海に向かって延焼していったけれども、当事者の意識はあくまでローカルだった。
 
 しかし本件の「有名になって発言力を増したい(そして少年法を改正したい)」は内輪ウケ的な意識ではなかった。はじめからネットの大海に向かって火を放ち、油を蒔いている。つまようじ容疑者はメディアの向こうの不特定多数のほうを向いていたわけで、そのさまは、どことなく劇場型犯罪っぽい。
 
 もちろん劇場型犯罪に走るメンタリティ自体は新しいというより古めかしく、間違っても「若者の新しい心の闇」などとは言いたくない。ただ、その際に劇場として選ばれたメディアがYouTubeで、それがきっちり延焼してNHKニュースを介して全国のお茶の間に届いてしまう構図そのものはいかにも21世紀風で、今日のメディアとしてのインターネットの性質を象徴している。おっかない、と私は思った。
 
 [関連]:ネットは“コミケ”から"“テレビ”になった。 - シロクマの屑籠