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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

間合いを詰めすぎると、うまくいかない

執着 コミュニケーション

 
 友達関係でも夫婦関係でもそうだが、親密さを求めてお互いの心理的な間合いを縮めすぎると「重くなる」。自分の振る舞いも、相手の振る舞いも、どんどん鬱陶しいものになっていく。
 
 仲の良さと対人関係の間合いの近さはイコールではない。
 
 間合いが遠いけれども仲が良く、釣り合いの取れたコンビネーションで回っている夫婦がある。ベタベタラブラブではないけれども、仲の良いことは明白で、お互い不満もあまり無さそうだ。
 
 逆に、何をするにも一緒でなければ気が済まず、それゆえいつもギクシャクし、お互いをお荷物のように感じているカップルもいる。ベッタリしているのは確かだが、仲が良いようには見えないし、本人達は「私達はもっとわかりあわなければならない」「パートナーは私のことをちっとも理解していない」などと毒づいている。
 
 同じような現象は、夫婦関係はもとより、同性同士の友人関係や、小さなコミュニティでもときに起こる。間近な対人距離を求めているけれど、揉め事が絶えず、充たされた気持ちになれない人間同士。ちょっと前に流行った「ヤマアラシのジレンマ」という言葉を連想したくなるが、現実の人間達はといえば、少々傷つこうが不満になろうが、相手めがけて突進するのを簡単には諦めない。本当に力尽きるか、相手が逃げていなくなるまで、あたかも融合したいかのような突進が続いてゆく*1
 
 だから、意中の誰かと仲良くなるためと称して
 
 ・相手との心理的な間合い
 ・相手との接触頻度
 
 を積極的に詰めていくのは、処世術としてあまり優れた方法とは言えない。むしろ危険で、迂闊にやれば相手が「重い」と感じてしまう可能性が高い。なかには、相手が「重い」と自覚する前に間合いを詰めきってしまうタイプもいるけれども、このタイプでさえ、いずれは相手に「重い」と感じさせてしまう。
 
 だから、控えめに言っても、相手との間合いを縮める行為には相当な注意深さが求められる。仲良くなるために、これ以上間合いを縮める必要が本当にあるのか?あるとしたら、今の段階でそれが可能なのか?相手の負担になってしまわないか?等々。
 
 もっと言ってしまうと、間合いが近いほどコミュニケーションを制御する難易度は高くなる。コミュニケーションのちっとも上手くない男性と女性が、無計画に間合いを詰めてしまうのをよく見かけるが、あれは悪手もいいところだ。コミュニケーションに自信が無い人こそ、心理的な間合いや接触頻度には、細心の注意を払う必要がある。
 
 人間同士が気持ち良く付き合っていくための心理的な距離感は、世間で理想とみなされているほど近くないことが多い。夫婦や恋人同士とて例外ではない。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉は、そうした距離感の調整に役立つ。親子ですら、一定の年齢を超えた後は心理的な間合いを詰めすぎると簡単にトラブルが起こってしまう。
 
 人間、近けりゃ良いってものでも近けりゃ仲良しってものでもないのだから、盲目的に間合いを詰めるような愚は冒してはならない。人は独りでは生きるのが困難な生物だけど、あまりにも近い間合いで生きようとすれば、それはそれで窒息してしまう。お互いの距離感を測り、調整しながら、人間の一生は続いていく。
 

*1:なかには、執拗に相手を追いかけ続ける、危険な輩もいる。