シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

私が出会った統合失調症のネットユーザー

 
 先日、年配の精神科医の先生から、こんな質問をされた。
 
 「シロクマ君(注:筆者)、統合失調症の患者さんには、インターネットは危ないんじゃないかね?」
 
 どうなんだろう?今では統合失調症の患者さんも大抵はインターネットを使っている。そういえば病院の作業療法室にもインターネットの端末が置いてあった筈だ。今更やめろとは言いにくいなぁ……。論文を検索してみると、「良い面もあるけど悪い面もある」「さらなる研究が期待される」。研究中でまだはっきり分からないところも多いけれど、良し悪しなんじゃないの?といった雰囲気。
 
 とりあえずその年配の先生には、「ケースバイケースだと思いますが、症状が軽い患者さんなら良いんじゃないでしょうか。でも症状が重い患者さんには危険かもしれません」とだけ答えておいた。【統合失調症に罹っている人にとって、インターネットはプラスかマイナスか】という質問は【中学生にとって、携帯電話はプラスかマイナスか】と同じぐらいややこしい。
 
 

診察室の外側/内側から眺めた「統合失調症ネットユーザー」

 
 さて、ここからが本題。
 
 たぶん私はインターネットジャンキーな精神科医だ。最近はペースが落ちたが、昔はあちこちのオフ会にも出席してきた。このため診察室以外の場所でも統合失調症のネットユーザーと話し合う機会も多く、楽しみをたくさん共有してきた。そんな、診察室の外も含めた個人的経験を書き残しておくことにも、多少の意味があるかもしれない。ちょっとメモってみようと思う。
 
 【1.オンラインでだけ出会う統合失調症ネットユーザー】
 
 頻度は決して高くないが、電子メールやネット上の書き込みだけで統合失調症なネットユーザーに出会うこともある。ただし、より正確には“ウソをついているのでない限り、統合失調症であろうと推測されるネットユーザー”だ。精神科における診断は、診察室の内側でフォーマルな診察を行った場合にだけ下されるものであって、文字だけからの類推は、あくまで類推でしかないことは断っておく。
 
 とはいえ、電波妄想や被害妄想の真剣な書き込みが、興奮や怒りを伴ったレトリックで、丑三つ時に連続投稿されているのを見たりすると、「これはコンディションの悪くなっている統合失調症の可能性が非常に高い」と類推できる。逆に言えば、よほど状態が悪くなっていない限り、書き込みだけで統合失調症の可能性を疑うのは難しい、ということになる。
 
 このような、非常に状態が悪いと推測されるネットユーザーは、インターネット上でまともなコミュニケーションが出来ない。他人の書き込みを一切無視して妄想めいた書き込みを続けているか、他のネットユーザーと激しい揉め事に至ってしまう。とはいえ、このようなネットユーザーが長期間インターネット上に留まり続けることは比較的珍しい。彼らがネットから消える理由が、治療を受けて回復するからなのか、ネットにアクセスできないほど悪化するからなのかは、オンラインから眺めているだけでは分からない。
 
 ※なお、私のwebsite宛てに、統合失調症を自称する人から電子メールが届くことも時々あった。そうした電子メールのなかにも幻覚や妄想の悪化しているとおぼしき文章を見かけることもあるが、たいていの場合、礼節を守った冷静な筆致で、相談内容も理にかなっていた。本人なりに、インターネットを有用利用しようとしているように見えた。
  
 【2.オフ会で出会う統合失調症ネットユーザー】
 
 オタク精神科医を自称しているせいか、私はよくオフ会で「私は統合失調症なんです」と打ち明けられたり、内服薬について質問されたりする。そうした統合失調症を自称しているオフ会参加者が、特別にエキセントリックな言動を取っているわけでも無く、ゲームやアニメやインターネットの知識も十分すぎるほど豊富だった。コミュニケーションにちょっとした癖のある人が多かったような気はするが、オフ会に支障を来すほどではなく、マナーや礼節もしっかりしており、オフ会が終わった後にストレスが過負荷を起こすような傾向もみられなかった。
 
 こうしたオフ会での統合失調症ネットユーザー達だけを見るなら、ネットの使用に何の問題も無いように見える。
 
 しかし逆に考えると『何の問題の無い、コンディション良好な、統合失調症のなかでも状態の軽い人達だからこそ、オフ会で楽しめている』のかもしれない。概ね症状が落ち着いていて、コミュニケーションのノウハウを十分持っている統合失調症のネットユーザーにとっては、ネットコミュニケーションの可能性は非常に広いかもしれないが、すべての統合失調症の人が、このように器用に振る舞えると考えるのは早とちりだろう。
 
 
 【3.診察室で出会う統合失調症ネットユーザー】
 
 これらを踏まえつつ、診察室で出会う統合失調症ネットユーザーを眺めてみると、案の定、利用状況は『天国から地獄までさまざま』という印象を受ける。電波妄想を書き綴るような人もいれば、オフ会の常連となって上手くやっている人もいる。ネットビジネスに成功している人もいれば、フィッシング詐欺に引っかかってしまうような人もいる。これらを見るにつけても、「統合失調症にはインターネットは良い/悪い」という単純な議論では片手落ちだと言える。
 
 ただし全体としては、症状が不安定な人・症状の重い人ほどインターネットが悪い風に働きやすく、症状が安定している人・症状が軽い人ほど、インターネットを上手く使いこなしているという傾向はみられるように思う。インターネットを長く活用している患者さんは、症状のコントロールもソーシャルスキルも概して優れていることが多いようにみえる。反対に、インターネットが過重ストレスとなったりトラブルのもとになったりするような患者さんは、もともと症状のコントロールが不安定だったりソーシャルスキルに難があったりすることが多い*1ようにみえる。もし機会に恵まれたら、統計を取ってみると興味深いかもしれない。
 
 精神疾患を患う人もたいていはインターネットにアクセスする現代社会。そんななか、精神科医がのべつまくなしに「インターネットは良い/悪い」と断定論を振り回してしまうのは、現実に即していないし、ニーズに応えているとも言えそうにない。そうではなく、個別の患者さんごとの状態やニーズを踏まえながら「インターネットもいいんじゃないですか」「あなたが今インターネットをやるのは危ない」とアドバイスするほうが適当だと思う。これはたぶん、統合失調症だけに限った話では無いはず。
 
 

*1:症状が不安定な人は、一時的にはインターネットに適応できても、状態が悪化した時に保たなくなってしまう