シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

竜騎士07さんの挑発に釣られて『うみねこのなく頃に』を深読みしてみる

 
 
 電撃 - 【うみねこ対談】『EP3』は当初の予定よりも大幅に難易度を下げています
 
 電撃オンラインに、『うみねこのなく頃に』の竜騎士07さんの対談記事が出ていたので早速読んでみた。
 
 『うみねこ』というリングの上から、竜騎士さんが「かかってこいよ」と手招きしているような挑発的な、ゾクゾクした内容だったと思う。日本全国のプレイヤーに対して「今、この瞬間の知恵比べを愉しもうぜ」「一緒にプロレスやろうぜ」と竜騎士07さんは宣言しているわけだ。『うみねこ』を愉しみにしている一個人としては、クマーのように全力で釣られて、必死に謎解きに励みたいと思う。
 
 
 
 ※以下は、『うみねこのなく頃にEp3』までの重大なネタバレを含みます。未プレイの人は、読まないようにしてください。
 ※それ以前に、『うみねこのなく頃に』に興味の無い人にとってはダラダラと長いだけの文章かと思います。
 
 
 

『うみねこ』『ひぐらし』の楽しみどころ

 
 
 まずはじめに、『うみねこのなく頃に』という作品の楽しみどころを今一度確認してみる。
 
 『ひぐらし』の時にもある程度当てはまったが、『うみねこ』は、キャラクターの誰が誰を殺したのかを推理するだけのゲームではない。密室殺人の解明のような証明だけではなく、動機の証明、殺人が頻発するに至った背景や文脈の証明、ゲームの成立条件の証明、ゲームを貫いている一貫性やルールの証明、までもが謎解きの対象となり得る。例えばEp2〜Ep3の「ファンタジーか?ミステリーか?」を巡ってのベアトリーチェと戦人のやりとりなどはその最たるもので、個々の殺人事件の犯人・殺害手段だけを問うているというより、むしろゲームの成立条件やゲームシステムの性質の謎解きまでひっくるめて問答が行われている。彼らは明らかに、駒の生死や駒の死亡状況だけでなく、駒が動いているチェス盤とチェスのルールにまで視野を広げてやりとりしている。前作『ひぐらし』の時も、雛見沢世界のルール解明が非常に重要な意味を持っていた*1が、今回も、それは同じらしい。
 
 加えて、この『うみねこ』では、駒達を見下ろしているプレイヤー同士というメタな第二の階層のやりとり*2が、盤上のキャラクター達の見かけに大きな影響を与えるらしい。具体的には、戦人とベアトリーチェのやりとりがファンタジー説に傾けば、チェス盤の心象風景もファンタジーっぽく変化する、という風に。六軒島というチェス盤は、「六軒島で起こっていることはミステリーだ」と考える人にはミステリーのようにみえ、「六軒島で起こっていることはファンタジーだ」と捉える人にはファンタジーにみえる、というチェス盤なのだという*3
 
 このように、『うみねこ』という作品は、一連の殺人事件を解明するだけのゲームではない。それぞれのEpisodeの殺人事件がどのような共通条件で起こっているのか・出来事・事件・場面の一つ一つに通底したルールが何なのかという、メタレベルの解明をも楽しむゲームとなっているし、またそうしなければ辻褄を合わせながら面白がることの難しいゲームだとも思う。言い方を変えるなら、「ステージの上の登場人物達を観劇して、誰がどう殺したのかを推測するだけではなく、劇同士に通底しているルールや、劇が上演される舞台のカラクリ装置のメカニズムまでひっくるめて推理して遊ぶゲーム」ということになるだろうか。*4『ひぐらし』の時は、はじめはこの楽しみ方が明示されていなかったので、途中で愛想を尽かす人も出てきたようだが、今回の『うみねこ』は、Ep3という早い段階から、そのようなメタレベルへの着眼をプレイヤーに促している。
 
 

うみねこの階層構造に、第三の階層(メタ-メタ階層)が加わった

 
 しかし、『うみねこ』はメタ階層に気づいてハイオシマイという作品では無いらしい。活劇そのものと舞台のカラクリ装置まで楽しめばオーケーかと思いきや、リンク先のインタビューで竜騎士07さんは非常に気になる発言をしている。
 

赤字を信じるのか、赤字すら疑うのかという度合いにより、プレイヤーと“ベアトリーチェ”の信頼関係も少し量れるんですよ。
(中略)
互いに信頼し合わなければゲームというものは成立しないんです。“戦人”は“ベアト”のことを好敵手として認めつつあるんでしょうね。でもそれは「魔女を否定する」という行為とは非常に矛盾しています。悪徳商法に引っかからないために大事なことは、とにかく断って拒否することで、相手の話を聞いて間違いを正すことではありません。話を聞かなければ詐欺になんて引っかからないのですから。
(中略)
互いに信頼し合わなければゲームというものは成立しないんです。

http://news.dengeki.com/elem/000/000/107/107667/

 
 竜騎士07さんは、「赤字を信頼するか否か」「メタ階層のベアトリーチェと戦人の対話を、耳を傾けるべき対象として認めるか否か」という問題にまで言及している。Ep3までのベアトリーチェと戦人は、「ゲームのルールとして、赤字の宣言内容は間違っていないことになっている」というルール上のコンセンサスに則る形で会話していた。だが、それすらも疑問や考察の対象となり得るし、そういう事を考えるのは“面白い”とまで仰っているのだ。
 
 しかし、再三宣言された赤字が信用するに足りるか否か----もっと言えば、第二階層のなかでゲームルールとして宣言されたモノを信頼するか否か----は、第二階層のキャラクター同士のやりとりの内側だけでは決して答えの出ない問題だ。ちょうど、“TRPGのゲームマスターがゲーム内で宣言したルールを、プレイヤーとゲームマスターの相互が信頼しあい遵守出来るかどうか”という次元の問題が、決してキャラクター同士のやりとりだけでは完結せず、プレイヤーとゲームマスター間の信頼関係やコミュニケーション如何にかかっているのと同じで、『うみねこ』中でルールとしていったん宣言された内容をお互いに遵守するのか・出来るのかという次元の問題は、竜騎士07さんとプレイヤーの間の信頼関係やコミュニケーション如何にかかっている。だとしたら、キャラクター同士のやりとりを越えた、竜騎士07さんとプレイヤーとの間という第三の階層(メタ-メタ階層)も意識せざるを得ない。
 
 

竜騎士07さんとプレイヤーの“信頼関係”“コミュニケーション”を考える

 
 それどころか、竜騎士07さんはもっと突っ込んだことを仰っている。以下の発言をみるにつけても、[竜騎士07-プレイヤー関係]という第三の階層までひっくるめて考察の対象として楽しんで差し支えない、と解釈してよさそうだ。
 

『うみねこ』を執筆する姿勢として1つだけ『ひぐらし』とは明確な違いがありまして、それは作品を発表したあと必ず読者からの反響に耳を傾けるということです。だから『うみねこ』は直前の反響で作品の難易度を変化させています。そういう意味でも『うみねこ』は、私と読者の「ゲーム」ですね。

http://news.dengeki.com/elem/000/000/107/107667/

 
 つまり、竜騎士07さんとプレイヤーとのやりとりが、次のエピソードの内容に影響を与えるというのだ。Ep3の内容にしても、Ep2までのプレイヤーの反応を踏まえてチューニングしたもので、今後もプレイヤーとのやりとり次第で『うみねこ』の内容を変えていくらしい。今後、Ep4あたりでプレイヤーの大半が「赤字はまったく信用に値するにあたらない」と考えたら、竜騎士07さんはそのことを踏まえてEp5をこしらえるのだろう*5。あるいはEp4でプレイヤーの大半が匙を投げた場合には、“難度を下げて”きたり“釈明”してくるかもしれない。Ep8までの長丁場のなかでプレイヤーと全力で知恵比べをするにあたり、竜騎士07さんが動的にゲーム難度を調整するというのは、プレイヤーのニーズに寄り添うには良いアイデアのようにみえる(ちょうど、TRPGにおいて、まったく杓子定規なゲームマスターより、プレイヤーの振る舞いに合わせて次のダンジョンを微調整するゲームマスターのほうがプレイヤーのニーズを汲み取りやすいのと同様に)
 
 ただし。このような[竜騎士07-プレイヤー]関係をゲーム難度・ゲーム内容の関数に含めたうえでゲームマスター的に振る舞うというのは、竜騎士07さんにとって楽な作業では無いだろう。娯楽を求める飽きやすいプレイヤー達との“コミュニケーション”という綱引きを、ゲームとして破綻させることなく成立させるには、何を言われても神経衰弱にならない剛胆さ・スルーすべきをスルーするスルー力・プレイヤーの発言の裏に潜む願望を的確に読み取る力 などもたぶん必要で、これらを欠いていれば、[竜騎士07-プレイヤー]関係が制御を越えて破綻してしまうかもしれない。ゲームマスターとプレイヤーの関係までをも作品に織り込んだ、全八編のキャンペーンを見事に成立させようと思うなら、コミュニケーションという名の綱を握る手は、力強く繊細でなければならない。前回『ひぐらしのなく頃に』の頃の竜騎士07さんは、読者の声とは無関係に、クローズに物語を進めていたというが、考えようによってはこのクローズなゲームづくりのお陰で、[竜騎士07-プレイヤー]関係が後半荒れかけた『ひぐらし』であっても無事にゴール出来たのかもしれない。だが、今回は読者の声に対してオープンな状態で物語を進めるのだから、[竜騎士07-プレイヤー]関係という第三の階層が荒れ模様になれば、それが、第二〜第一の階層にも(つまり作中にも)ダイレクトに影を落とす、ということになるやもしれない。
 
 ゲームの作り手とゲームプレイヤーの信頼関係・コミュニケーション関係までをもゲームに取り込むという、この趣向は、趣向としては非常に面白く、エキサイティングなものだと思うが、その分だけ大きな力量が求められるのではないか。しかし、竜騎士07さんにはその覚悟があるのだろうし、いったん宣言なさった以上は、あくまでオープンなゲームづくりを貫徹してくれると期待したい。だから、ゲーム中の魔女や悪魔の契約と同じく、竜騎士07さんは宣言はきっと遵守してくれると、プレイヤーとしての僕は信頼することに決めている。
 

第三の階層を考察するなら、第四の階層を意識せずにはいられない

 
 これはかなり穿った見方なんだろうけど、[竜騎士07ープレイヤー]という第三階層を考えるに際しては、どうしてももう一枚メタな場所まで考えてみたくなる。TRPGでダンジョンを攻略する際に、ゲームマスターの手癖や性格を知っていると大きなヒントになり得るのと同様に、『うみねこ』という作品を考えるにあたって、第四の階層とも言うべき[竜騎士07さん自身の都合や手癖やメンタリティ]に理解を深めると、あれこれみえてくるんじゃないだろうか。
 
 『うみねこ』が竜騎士07さんによって造られている以上、『うみねこ』もまた、竜騎士07さんの都合や手癖やメンタリティに束縛されずにはいられない。例えば、『うみねこ』プロジェクトが大失敗に終わるようなシナリオ運びを竜騎士07さんは選ぶことが出来ない。今や押しも押されぬエンターテナーとなった竜騎士07さんは、おそらく、出来るだけ多くのプレイヤー(それも、コミック化やアニメ化された『うみねこ』だけを愉しむプレイヤーも含めたプレイヤー)を惹き付けるよう動機づけらている。「そんな当たり前の事を今更何を」と仰る人もいるかもしれないが、こうした“竜騎士07さんがエンターテナーという職業であるが故に従わないわけにはいかないルール”というものは謎解きのレンジを絞るうえで幾らか役に立つんじゃないかと思う。例えばの話として。
 
 対戦者のメンタリティや手癖を把握し、心理戦に利用していくのは対戦ゲームではむしろ当然の戦略。幸い、竜騎士07さんからは、あらゆるものを推理と考察の対象にして良い、というお許しも出ているようなので、プレイヤーは竜騎士07さんの手癖や都合をガンガン考察すればいいと思う。案外、『ひぐらし』や過去の発言などを掘り返すなかで、竜騎士07さん自身を知る為のいろんなヒントが見つかるかもしれない。
 
 

魔女が相手ですから、なりふり構わずいきましょう

 
 一般的でまともな謎解きの場合、[作中の物語のなかで起こる事件を参考にして]→[メタレベルのゲームルールや場のシステムを把握していく]、という手順になるだろうし、それが正当な謎解きなんだろうと思う。だが、『うみねこ』は普通の謎解きゲーム・推理ゲームではない。作り手-読み手の関係性という第三階層や、竜騎士07さん自身の都合やメンタリティという第四階層まで含めて謎解きしても構わないような、かなりとんでもないゲームだ。だとすれば、正攻法の反対方向からのアプローチもアリなんじゃないか。具体的には、[竜騎士07さんの都合や性格を参考にして]→[竜騎士07さんとプレイヤーの関係がどう方向づけられるか推定して]→[そこからメタレベルの『うみねこルール』を想定し]→[各Episodeで起こった事件内容を類推する]という手順だ。勿論これは荒唐無稽の部類に入るような、邪道中の邪道だ。しかし、このような視点も織り交ぜていくことによって、『うみねこ』を巡っての丁々発止に、新しいフレーバーを与えることが出来るのではないかと思う。
 

第三、第四のレイヤーを意識した『うみねこ』メカニズムの予測例

 最後に、第三〜第四の階層を含めた『うみねこ』メカニズムの予測一例として、自分の妄想的推測をぶちまけてみる。巧くまとめきれていないので箇条書き状態だけど、興味のある人はどうぞ。
 
 
【第四階層のルール推定】  
 

  • 1.当たり前だけど、竜騎士07さんの都合や執着上、『うみねこ』は良好なセールスと良好な評価を目指さなければならない。
  • 2.対して『うみねこ』を支えるプレイヤーや、『うみねこ』を今でも謎解きゲームとして面白がっているプレイヤーというのは、ライトノベルやアニメ作品に親和性の高い層と考えて概ね問題が無い。
  • 3.1.のような都合を持った竜騎士07さんが、2.に挙げたようなプレイヤー層を満足させ、なおかつカタルシス性の強い、一般ウケも良好なコンテンツを目指す、という風に考えるなら、最終話Ep8は全員が生き残って希望の持てるエンディングを指向する可能性が高い。
    • もし、そうでないエンディングを目指して、なおかつ1.2.の条件を満たそうと思った場合、竜騎士07さんは王道展開を避ける格好にならざるを得ず、相当なアクロバットを余儀なくされる。それは無い、と踏んでみる。
  • 4.『ひぐらし』においてそうだったように、友愛や信頼や勇気や愛情etcは、厄介ごとや疑心暗鬼を振り払う強力な武器として中盤以降にクローズアップされる。最終的には、七つの大罪は敗北するか、七つの大罪と和解するようなストーリーが想定される。
  • 5.竜騎士07さんのスルー力は、実際には****ぐらいと推定される。
  • 6.竜騎士07さんは“皆殺しの田中*6”と違って、本当はキャラクターを愛してやまない、おやさしい方だとお見受けする。
  • 7.『ひぐらし』は信頼関係が大きなテーマだったが、皮肉なことに、『ひぐらし』を巡る諸々のことで竜騎士07さんは信頼関係について散々考えさせられた可能性が高い。

 

【第四階層をもとに推定される第三階層のルール】
 

  • 1.第二階層の赤字も含めたゲームに通底するルール・価値観は、概ね固定的で、大きくは変動しない。少なくとも、プレイヤーが納得出来る範囲に揺らぎが収まるよう、ゲームマスターとしての竜騎士07さんは調整を試みる筈。なぜなら、ゲームのルールが大揺れし過ぎると、クソゲー化のリスクが飛躍的に高まってしまうから。
    • もし、ルールを大幅に可動性にしてもなお作品としてのクオリティを維持してきたら、竜騎士07さんの力量に素直に脱帽し、投了という方針で。
  • 2.ただし、プレイヤー側にそれを疑わせるような多少の悪戯は仕掛ける可能性は否定できないし、プレイヤー側が体よく疑心暗鬼に陥ってくれそうだったら、Ep4〜6の間でそれをストーリーに組み込んでくるだろう。しかし最終的には、“画面上のゲームマスター代理としてのベアトリーチェ”は、「魔女は契約を守る」を貫徹すると推定される(或いは、戦人が、「それでも俺はベアトを信じるぜ」と言うか)。
    • 「魔女が契約を破る」という展開は、魔女の契約、という貴重なギミックをぶちこわすリスクを冒さなければならない。竜騎士07さんは、それに見合うメリットが無い限りはこのギミックを冒さないと思う。
  • 3.以上から、ゲームルールを巡っての竜騎士07さんの挙動は、「プレイヤーがルールを脱線しはじめたらルールに引き戻そうとし、プレイヤーがルールに拘ったら惑わせようとする」という、システム-制御的なものになる可能性が高い。プレイヤーの疑心暗鬼を生かさず殺さず、という感じで手綱捌きを試みる筈。
  • 4.第二階層のベアトリーチェは、第一階層におけるベアトリーチェの存在の有無に関わらず、ゲーム進行役として・ゲームマスターたる竜騎士07さんの代理として、プレイヤーの前には“いる”----TRPG内のキャラクターからみてゲームマスターは認知されない存在だが、プレイヤーの前に座ってゲームを進行させているゲームマスターは確かに“いる”のと同様に。
  • 5.ただし、第一階層のキャラクター達にとって「ベアトリーチェと認識される人」「私はベアトリーチェになったと思いこむ人」は、持ち回り制。ベアトリーチェは鬼ごっこの鬼のようなもので、ベアトリーチェになりたい・ベアトリーチェに○○して貰いたい人が、なってしまうものと考えることにする。そして金蔵は、誰がベアトリーチェであっても構わないからベアトリーチェととにかく会えればいいと思って、長年かけて“魔法をかけてきた”。
  • 6.真里亞は「ベアトリーチェに会いたい」以外の執着を持っていない(ベアトリーチェに会って○○したい、という欲を持っていた人達とは対照的だ)。また「ベアトリーチェになりたい」とは言っていない。年齢的なものも含めて、彼女がベアトリーチェに「なる」可能性は殆ど無い。
  • 7.Ep3の絵羽が解離を起こしていることが証明しているように、右代宮の家系は心理学的に非常に厄介なコンテキストを抱えている。金蔵や金蔵の妻の振る舞いは、どうみても子どもの心理的発達によろしくない。小心で虚勢張りの長男・嫉妬深く情緒不安定な長女・ドンファン的な次男・人の顔色ばかり窺う次女と、かなり凄い状況。
    • このような心理発達上の歪みまでもが、金蔵の魔法の儀式の準備の一環だとしたら、もう開いた口がふさがらない。
  • いわゆる“魔法”は、執着や裏切りや情念に基づくものがEp前半ではメインだが、後半に向かうにつれて愛だの何だのもまた、“魔法”でありえるというウエイトが次第に高まってくると推定してみる。
  • 8.そして、金蔵は基本的には哀れな男で、最後は愛によって救われなければならない。

 

【以上を念頭に置きながら、邪推を】
 (邪推スタンス:あくまで殺人は人間の手によるものと推測。物理学に準拠。その代わり、精神的・心理学的駆け引きの次元においては、六軒島は暗示や嗾しに非常に脆弱な状態という前提で。)
 

  • 殺人が一定以上進むと、七つの大罪をたっぷり抱えていたりする人は、ベアトリーチェ化する可能性が発生する。もしかしたら、ベアトリーチェ化しそうな人に金蔵が余計なことを吹き込んで、個々の人物をベアトリーチェ化するお手伝いをすることも、あるかもしれない。
    • 例えばEp1の夏妃は、なにかよからぬことを金蔵に吹き込まれて、よからぬ刺激を受けているのかもしれない。
    • ベアトリーチェ化しそうな人材なら、じつに豊富。少なくとも、絵羽(Ep3)、夏妃(Ep1?)、霧江、楼座(Ep2?)はベアトリーチェ化しそうな屈託を存分に抱えている。殺人フリータイムになって、適度な条件が揃えば、みんなヤバそう。霧江さんは味方にすれば強い駒だけど、もし魔女になったら…(((( ;゚Д゚)))。
    • そもそも、右代官家のメンタリティと霧江さんの生い立ちは、屈託と執着と疑心暗鬼の坩堝のようで、みんな七つの大罪に充ち満ちている。悪条件しだいでは、誰がベアトリーチェ化しても全然不思議じゃない。
    • 最初の6人が死ぬのは、殺人フリータイム or ベアトリーチェ化の時報。この時報以後は、七つの大罪を抱えていて、尚かつベアトリーチェの座に近い者から、ベアトリーチェ化する可能性し得る、と推定してみる。
  • 少なくとも金蔵の存命中は、翼付きの家具は概ね金蔵に忠実と推定。→とくに、最初の六人の殺人という大仕事には、家具達が手を貸しているのでは?以後も、金蔵が指示可能なうちは、金蔵が指示出来る範囲のなかで、殺人にコミットできる可能性が高い。
    • もしかしたら、翼付きの家具のなかには、自爆テロが可能な(心理的、または薬理学的)刷り込みを受けている者が混じっているかもしれない。例えばEp2の嘉音モドキも、一定条件下で殺人モードonになった本当の嘉音だったりして。小さい頃から自爆テロ可能な殺人者として変な教育を受けていれば、極端な行動を機械的にやれちゃうかもしれない。
    • そして源次は家具長。Ep3では、本当に嘉音と紗音を殺しちゃったのでは?
    • 金蔵や家具が手を下さなくても、第一の夜や第二の夜が終わり、いったん誰かがベアトリーチェ化し殺人してくれるようになれば、儀式は自動的に進行する。
    • 金蔵は、どうしても必要な時には、仕方なく死ぬのかもしれない。金蔵のゴールは生きてベアトリーチェの黄金郷に行くことだが、多分、彼はベアトリーチェの復活を優先される。
  • 最初から一貫して殺人を指向している人間は、多分いない。Ep1〜3でベアトリーチェ化した人物も、最初から殺人を考えていたというよりは、ベアトリーチェ化しやすい島の状況が進行することによってベアトリーチェ化した。ただしEp2の絵羽は、黄金にあてられてかなり早い段階でベアトリーチェ化したのかもしれない(尤も、Ep2で絵羽がベアトリーチェ化しなかったら、楼座がベアトリーチェ化していただけかもしれないが)。
    • 黄金を丸ごと、またはインゴット一本でも目撃すると、欲深な人達のベアトリーチェ化フラグが立ちまくるようにも思える。Ep2の礼拝堂の場面も、彼らが単に(主として家具達によって)殺されたというだけでなく、彼ら自身がある程度まで殺し合った、という可能性まで含めて謎解きしたほうが良いのかもしれない。
    • 勿論、黄金の山なり黄金のインゴットなりもまた、金蔵による儀式触媒の一環として機能している、と捉えることも出来る。現に、沢山の人の心を惑わしてしまうのだから。
  • 疑心暗鬼や執着に付け込む形で誰かをベアトリーチェ化する方法では、幾ら金蔵がベアトリーチェに逢えても、それは竜騎士07さん的ハッピーエンディングとはならない。なので、最終的にベアトリーチェを良い形で復活させ、真の黄金郷的Ep8を迎えるにあたっては、“愛の魔法”を避けて通るわけにはいかないのだろう。最後にみんなでベアトリーチェは確かに“いた!”で終わり(…になったらいいね!)

 
 
 飽きたので、ここらへんで。
 
 [もっとまともな謎解きはこちらへ:→]うみねこのなく頃にWiki FrontPage : うみねこのなく頃に まとめWiki
 
 ※対談の続きが出たみたいなので、リンクしておきます。1:電撃 - 【うみねこ対談】この世界の行く末は、ベアトリーチェの思考にカギあり!?2:電撃 - 【うみねこ対談】ミステリー的な現象には、無限の可能性があっていいはず

*1:雛見沢という場の性質の解明・ループ構造の解明 など

*2:一応補足しておくと、ここでいうメタな第二の階層のやりとりというのは、お茶席でチェスごっこに興じているベアトリーチェと戦人のやりとりのこと。プレイヤー目線、盤上目線のこと。

*3:この造りをみて、数年前の『ひぐらし』が、ミステリー的作法によるものと、エロゲーオタ的作法によるものでは全く異なった心象風景を呈していたことを思い出したプレイヤーも多かったのではないかと思う

*4:そういう意味でも、『うみねこ』はきわめてオタク的な作品だと言える。あのお茶会におけるベアトリーチェと戦人とのキャッキャウフフをみていると、私などは、キャラクター達の物語だけ視るよりも作画がどうだの年表がどうだの物語性がどうだのを先行して愉しみ、井戸端会議に明け暮れるアニオタ同士の会話を思い出さずにはいられない。

*5:ただし、幾らプレイヤーの反応を踏まえて話を変更するとしても、竜騎士07さんはゲームのルールとして宣言したことをみだりにねじ曲げないだろうと推測する。なぜなら、一般的には、およそクソゲーではないゲームというものは、宣言され定められたゲームルールをお互いに遵守して初めて成立し得るものだからだ。考えてみて欲しい。もし、サッカーの試合中に、突然片方のチームが手を使い始めたら、サッカーは良ゲーたりえるだろうか。…とはいえ、魔女にご執心の竜騎士07さんであれば、プレイヤーを挑発しまくって疑心暗鬼の地獄に陥れて、その後のEpの風景をいったん歪ませてみせるぐらいの悪戯はやってのけるかもしれない。例えば、“赤字を信頼しないプレイヤーが増えたことによって、『うみねこ』というシュレディンガーの箱は、ゲームルールすら定まらない疑心暗鬼クソゲーと成り果ててしまいました。果たして次回episodeでは、クソゲーと化した『うみねこ』はまっとうなルールを取り戻せるのでしょうか?”ぐらいなら、やりかねない

*6:注:田中芳樹