シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

メタ-優越感ゲーム

 
三度の食事は優越感、三時のおやつも優越感 - シロクマの屑籠
 
 三度の食事は優越感、三時のおやつも優越感、などという視点もアリだと思えるぐらいに捻くれている人ならば、すぐに思いつくであろうことが、「優越感ゲームが酷いっていうなら、そんな振る舞いを隠すようにしたほうが格好いいんじゃない?」「控えめな態度をとったほうが見苦しくないんじゃね?」というジェスチャーだろう。しかし気をつけなければならないのは、そのジェスチャー自体が優越感ゲームである可能性、である。「みんなが顕示的になるなら、僕は控えめな優等生!」というのは、がつがつしたライバル達に差をつけるには良い手法といえる。皆ががつがつにのめりこめばのめりこむほど、ガジェットに溺れれば溺れるほど、質素倹約や控えめな態度が逆に目立ってくることに気づかないあなた達でもあるまい。よく訓練された優越感ゲームとしての控えめな態度や質素さ加減、目立たないファッションetcは、素の質素倹約と区別することはかなり難しい。そして、優越感ゲームの「凡庸な成金ども」に対しては強烈な印象を与えることができる、と信じ込むことができる*1。控えめな態度・質素倹約、といったものは、メタレベルにおいて、範疇的な優越感ゲームプレイヤー達に対して差をつけるうえで有効な手法だということは、確認しておきたい。
 
 ここにさらにiPodをはじめとする、他人に開示されないような密やかな優越感ゲームが加わることによって、あなたの優越感ゲームは磐石の構えということになってくるだろう。優越感ゲームが常態化するからこそ、自分だけが優越感を備給できる細分化した文化コンテンツを消費し、一方ではメタ優越感ゲームを通して一般的な優越感ゲームプレイヤー達に差をつける、というのは有効な(そしてある種きわめて業の深い)適応技術ということが出来るだろう。雨が降っても槍が降っても優越感ゲーム。もう殆ど無間地獄である。
 
 少なくとも、対人コミュニケーションの場面において、優越の記号提示を控えめにしか繰り出してこない人物だからといって、その人物が優越感ゲームをやっていない根拠とすることはかなり困難であることは自覚しておかなければならない。また、自分自身の質素な仕草・素朴主義・「率直」、などといった行動傾向も、メタレベルの優越感として了解可能なものであるかどうか、突き詰めて考えると結構難しいことだと心得ておかなければなるまい。少なくとも私個人は、一体自分がどこまで優越感ゲームに囚われているのか、またはそうでないのか、検討しきれずにいる(これからも無理だろう)。自分自身の行動傾向が何パーセントぐらいが優越感ゲームで説明できてしまうものなのかは不明だけれど、メタレベルまでもが優越感ゲームの戦場となり得ることは心得ておかねばならず、メタにはメタメタ、メタメタにはメタメタメタといったメタゲーム無限回廊の地獄の穴が開いていることにも自覚的にならずにはいられないのである。
 
 
 
 

飽きてきたのでここら辺で。

 
 こういう事を突き詰めて考えると頭がフットーしそうな人・うんざりしてしまう人は、以下のお決まりの台詞で思考停止してしまうのもいいかもしれませんね。
 
 
 いいぞベイベー!
 ライバル達に差をつけるのは優越感ゲームだ!
 質素に控えめに振舞っているのはよく訓練された優越感ゲームだ!
 ホント ポストモダンは地獄だぜ! フゥハハハーハァー(AA略)
 

*1:繰り返すが、優越感ゲームにおける最重要ポイントは、他人にとってそれが優越的にみえるかどうかではなく、自分自身のなかで「俺って格好いいぜ」と思い込めるか否か、にあることは繰り返しておこう。