シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

人生はドラクエには喩えられないが、ハードなMMOになら喩えられる

 
2006-07-19 - すべての夢のたび。
恋人のいるブサイクちゃん、ブサイクくんは性格がメチャクチャいいに決まってる! - MORE系男子ぶlog
 
 人生は、娑婆はロールプレイングゲームに似ている…とは思わないが、FF11やラグナロクのようなMMOには幾らか似ている。それも、初代ウィザードリィのような、レベルアップやレベル差に途方もない差のあるような、ゲームバランス無視のMMOに喩えられるかもしれない。レベルの上限もなければリセットボタンも無く、それでいて種々の時間制限に縛られた世界。人生世界RPGは、必ずしも誰もが楽しめるという前提ではない、洋ゲー以上にピーキーなゲームバランスに設定してあり、そこに何億ものプレイヤーがひしめき合っている。
 
 MMO界隈にありがちな表現でこのゲーム世界を表現すると、以下のような感じだろうか。

 効率、効率!
 アイテム!アイテム!
 人脈!人脈!
 モテ!モテ!
 果てしなく続く、リソースの奪い合いと成長効率の追求。
 他のプレイヤーとの同盟や反目といった、ドロドロした政治ゲーム。
 氏族同士の武力抗争。
 優越感ゲームと自己満足を追い求めて、助けたり助けられたり、教えたり学んだり。
 利他的プレイヤーとDQNプレイヤーの激しい衝突。
 金銭も経験値もその他のリソースも、強いプレイヤーの所に等比級数的に集積する。

 
 経験値天井知らずのこの世界では、経験値効率が1000倍になるアイテムの使用を躊躇うプレイヤー(人間)はいない。もし、十分に可能な条件が整ってさえいれば、全てのプレイヤーは経験値なり(金銭やステータスなどの)リソースなりを最大限ゲットするように行動するのが人生世界MMOの大きな特徴だ。例えばドラゴンクエストにおいては、最初からレベル99ではゲームが面白くない――成長のプロセスを楽しめないからだ。しかし人生世界MMOでは最初からレベル99でも全く困ることは無いし、むしろ高いレベルからスタートしたいと誰もが願っている*1。最初からレベル99のプレイヤーは、レベル100なりレベル200なりを目指して、剰余の時間をさらなる成長と豊かな経験に割り当てるだけだ。おそらく彼は、レベル1からスタートする人に比べて等比級数的に多い経験とリソースをかき集めるだろうし、「つまらない」なんて事もまずあり得ない。レベル1からスタートしたキャラクターより多くの経験値とリソースを彼は手に入れ、より良い装備を身につけ、より広いフィールドなり深い智慧なりに到達するに違いない。そのうえリソースがプレイヤー間で競合するものだとすれば、チート(=インチキ)してでも早くレベル上げしておかないと椅子取りゲームに取り残されかねない。ドラクエみたいに悠長な事は言っていられないし、皆がその事を知っている。お受験への執着なんかも、まぁそういう事だろう。
 
 プレイヤー同士の競争や対決という点でも、通常のRPGとは随分異なる。通常のRPGには競争相手となる人間は居ないが、MMOの世界には様々なリソースを巡って利害の対立するプレイヤーが存在し、社会を形成している。この傾向は、人生世界においてはさらに顕著だ。利害対立と同盟関係は網の目のように細かく、個々のプレイヤーが抱えるハンディのギャップも大きい。レベル99などという天井が無いこともあって、例えばレベル20のあなたがミニゲーム「ブログごっこ」をマイペースにやっていた時に、LV15924のid:fromdusktildawnとかいう化け物プレイヤーが操作するキャラクターに遭遇して、このようにこてんぱんにのされてしまうこともあり得るのだ。いや、ミニゲーム「ブログごっこ」ならいいけれども、ゲーム本編にも敵対的なプレイヤーはごまんと存在して、搾取するタイミングを狙っている。俺俺詐欺などは、弱いプレイヤーからリソースを巻き上げる搾取の最たる例と言えるだろう。この人生世界は本当にせちがらく、リセットが無く、脅威に満ちている。こんな世界で、経験値効率が1000倍になるアイテムを使いたがらないプレイヤーなど、まず居るわけがない。みんなみんな、最大効率を目指してあくせくしている。
 
 一方で、ここまでリアルでリセットが無くシビアで時間制限のある世界だからこそ、一つの達成や一つの勝利は巨大な喜びに繋がるし、恋や友誼は特別な意味を持つ点にも言及しておきたい――ちょうど、ディアブロ2のヘルモードの成長がかけがえ無いのと同じように、いやそれ以上に。経験値効率が1000倍になるアイテムを使って短期間にレベルをあげたとて、人生世界RPGでは嬉しくないなんて事は無い。どんな達成にも、どんなベストにも、喜びを見出すチャンスは、ある。自分にとっての最善を出し切って、自分にとって最高効率の結果を獲得出来るならば、試合に負けたゲームすら獲得となり得る。怠惰や怯懦に足を引っ張られてベストを尽くせなかった時には後悔が待っているかもしれないが、それすら後日の糧になるかもしれないのが人生世界のRPGだ。回り道も無駄も、どこにあるのだろうか?「低い効率」はあるかもしれない。だが「収穫ナシ」なんてものは、最善を尽くして経験稼ぎ&リソース稼ぎをしている限りあまり無いような気がする。尤も、ホンモノのMMOと違ってプレイヤー視点ではなくキャラクター視点でしか人生世界はみえないので、「実は物凄い経験値を吸収したのに、当人は単なる無駄だと思っている」ような局面は多いかもしれないし、そのせいでみすみす可能性ををドブに捨てる人はいるけれども…。
 
 “娑婆世界”という名のフィールドのなかで、私やあなたの人生世界RPGはこんな感じで、非可逆的に進行していく。その中でいかに(自分が求める方向の)経験値なりリソースなりを精一杯稼いでいくのか?どんな途を歩いていくのか?浅ましさと尊厳と不平等と理不尽さを抱えながら、今日も私達は最適化されたプレイを求め*2、無い知恵を絞って今を生きている(一見カードを切るのを諦めている人も、多分、それが最善だという考えなり衝動なりに則って行動しているに違いない)。精一杯プレイしている限り――つまり精一杯生きている限り――経験値が倍加するようなアイテム使用を躊躇わず、出来るだけ前に進もうとするのが人間だ。と私は確信している。
 
[MMOに関する考察は、うさださんへ]:「MMORPG」の画期的特性とは何だったのか - うさだBlog / ls@usada's Workshop
[追記]:人生世界RPGにリセットボタンは無いが、ハードウェアをたたき壊す事なら、出来る。
 

*1:ただし、レベル5〜レベル20を全く経験しなかった、等の欠損は躓きの石となるだろう、この喩えにおいても。

*2:この『最適化されたプレイを求め』というくだりを“執着”と表現するのは、それほど的はずれではないことと思う