シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

アニメ見放題時代の、オタクおじさんの行く道

 


 
 上掲のツイートをした方は、たぶん、私よりも幾分年下のオタクなのだと思う。そんな彼がこのように書いているのを読み、それを肯定したくなったので、今、反射的にこれを書いている。
 
 

どうにも趣味が古くなったことを否定できなくなった

 
 最近はアニメやドラマが見放題になるサービスがいろいろあって、オタクなら一つや二つぐらいは加入しているだろう。かく言う私もアマゾンプライムには常時お世話になっていて、ときどき、他のサービスに課金したりもしている。
 
 で、そういう見放題サービスで何を観ているのかというと、新作アニメを観るために使っているつもりだけど、うっかりすると過去の作品をゲロゲロ眺めてしまうことがあり、先日もつい、初代『ガンダム』に出てくるジムの雄姿を確かめるために一時間も突っ込んでしまった。
 

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 00年代懐古用のマイリストを覗くと時間が溶ける。「萌える」という言葉が生き残っていた時代の思い出に首まで浸かっていると忘我の境地になる。しかしそれは青春時代を懐かしむ中年であり、NHKの火曜コンサートを楽しみにしている高齢視聴者とたいして変わらない。
 
 かろうじて私がオタクの残骸ではないと自覚できる瞬間があるとしたら、新作のゲームやアニメを楽しんでいる時、だろうか。
 
 ゲームに関しては私はまだ息が続いていて、今は『スプラトゥーン2』をさんざんやりまくっている。生活と趣味の兼ね合いを考えるなら、今、私はあまりゲームをすべきではないのかもしれないが、こと、ゲームに関しては貪欲さを失っていない。人生の残り時間の何%かをゲームに費やすことに躊躇いがなく、ゲームは自分の人生の必須アミノ酸だと思っているふしがある。
 
 だが、アニメの新作を選ぶ際には「古い趣味だ」と自覚することが増えた。
 
 今季のアニメも、視聴継続が確定しているのは『シュタインズ・ゲート ゼロ』と『銀河英雄伝説 Die Neue These』。そのほかは模様眺めとなっている。前季のアニメでは『りゅうおうのおしごと!』という、ある方面のテンプレートを洗練させきった、しかし00年代じみたセンスの作品が肌に合っていると感じてしまった。
 
 どんなに新しいアニメに触れているつもりでも、チョイスに長年の嗜好が染みついていて、自分が疲れないアニメ・異物が入ってこないアニメを、どこかで選びたがっている。ゲーオタがメインでアニオタがサブという位置づけの私にとって、アニメ視聴はオタク=アイデンティティの大黒柱ではないから、アニメに存在理由を求めているわけでもあるまい。だとしたら、私は思春期以来の惰性と習慣にもとづいてアニメを視聴し続けているのだろうか──。
 
 

マーケットは、そういうオタクおじさんを上手に回収している

 
 とはいえ、現在のオタクおじさんにとって、ゲームやアニメの近況は悪くない。むしろ非常に恵まれている。
 
 『カードキャプターさくら』『ゲゲゲの鬼太郎』『キャプテン翼』などは、21世紀に蘇るとは思ってもみなかった。今更『ガンダムW』が再放送されているのも、要はそういうことだろう。数年前にヒットした作品の続編やスピンオフまで含めると、後ろ向きな中年でも楽しみやすいタイトルが、結構な割合で放送されている。こうした状況が若いアニメファンにとって好ましいものなのか、疎ましいものなのかは、私にはわからない。どうあれ、いくらか年を取ったオタクおじさんには手を出しやすいレパートリーではある。
 
 ゲームの世界でも、オタクおじさんが喜びやすい作品は少なくない。『ドラゴンクエストビルダーズ』のような作品は、感性がファミコン時代に止まってしまったドラクエファンでもマインクラフトっぽい遊びができる(しかも、イコールではない)ゲームとして、やりやすいものだと思う。また、我が家では、『ドラゴンクエストビルダーズ』や『ゼルダの伝説 Breath of the Wild』などを通して、耳馴染みのゲームBGMが子ども世代に継承されている。それはおじさん冥利に尽きることだ。
 
 『FGO』にしたって、エロゲー時代の遺産がこんなに立派に復活して、それでいて『パズドラ』風の……というより『ビックリマンチョコ』風のテイストをも取り込んでいて、老若男女が遊んでいるのを目にしていると、「これでいい、これでいいんだ……」という奇妙な安堵感に包まれる。
 
 また、Nintendo SwitchやSteamには、レトロなゲームを遊び直したり、レトロなゲームをリファインした新作に触れたりする機会がたくさん取り揃えられている。オタクおじさんやその錆びた残骸が、認知症になるまで懐古し続けても遊び飽きないぐらいにレパートリーが整備されつつある。
 
 私は、現在のアニメ界隈やゲーム界隈をこんな風に体感している。おじさんでも楽しみやすく、それでいて若い人にも何かを提供している作品が界隈に溢れているのは、本当にありがたいことだ。そういうご配慮(と言う名のマーケティング)のおかげで、私は安んじてゲームを遊び、アニメを観ていられるのだろう。
 
 

「俺のようにはなるな」とは言わない

 
 こういう後ろ向きな趣味生活に対して、若い人のなかには「こんなオタクおじさんにはなりたくない」と思う人もいるかもしれない。正直に言うと、私も若い頃は、年上の錆びた残骸を反面教師のように捉えていたふしがある。けれども今の私は「俺のようにはなるな」などと言うつもりはない。
 

 このような保守的で、時計の針が止まってしまったかのような愛好家の姿は、新しいコンテンツにも目を通している若い愛好家からはまったく誉められないものでしょうし、反面教師にしたいと感じる人もいるに違いありません。
 ですが、サブカルチャーを心底楽しんでいた青春時代が終わって、もっと他のことにも目を向けなければならない年頃になってからの落としどころとしては、いちばん無理がありませんし、そういった道を選んだからといって、人生の選択を誤っているとは私には思えません。むしろ、自分にとって本当に大切なコンテンツに的を絞ることで、最小の労力で自分の趣味の方面のアイデンティティをメンテナンスし続けられているとも言えます。
 『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』より

 
 どだい、三十代や四十代にもなって、十代や二十代と同じ感性・同じ態度でアニメやゲームに接しているほうが、中年のありかたとしてはどこかおかしい。いつまでも続く夏休みなんて存在しないのだ。
 
 それよりは、精神的・肉体的な加齢にあわせて趣味生活を軌道修正していくほうが、人として無理が無いだろう。過ぎていくものを嘆くより、来るものを喜び、あるがままに生きたほうが人生はきっと生きやすくなる。それは、アニオタの道やゲーオタの道だって同じではないか。
 
 思春期に思春期らしいオタクライフを過ごすのは、もちろん素晴らしいことだ。そういう時期に出会ったアニメやゲームは魂の一部になる。でも、そういう時期が終わった後も人生は続くし、魂の特等席をなにがしかの作品が占拠してしまった後も趣味生活は続く。私はそういうのを投げ捨ててしまうのでなく、ぎりぎりまで楽しんでいきたいと思う、たとえそれが、後退戦のような趣味生活になったとしても。
 
 

「その日、自分は何を思い、何をしたか」

 


 
 上掲ツイートがたまたま目に飛び込んできて、ああ、そういえば意外と覚えているなぁと思い、書きたくなったのでブログにメモっておく。
 
 
【911が起こった時】
 
 この頃の私は、夜の10時までに帰宅できていればテレビ朝日の『ニュースステーション』を観ているることが多かった。唐突に「ビルに飛行機が衝突した」というニュースが報じられて、はて、変な事故もあるものだなぁと思っているうちに二機目衝突が報じられて驚き、テレビに釘付けになっているうちにビルがガラガラと崩れ落ちていくのを信じられない光景として眺めていた。ニュースの最中にも「テロではないか」というコメントが流れていたような気はするが、当時の私には、イスラム勢力がアメリカの中心部大規模なテロをやるということがさっぱり信じられなかった。
 
 約18年経った今から思い返せば、00年代~10年代を象徴する出来事であったのだけど、もちろん私はそのようには捉えていなかった。他の人々もたぶんそうだっただろう。その後、世界じゅうでテロが起こり、中東情勢が“混迷をきわめる”と、あの時に見通していた人なんていたのだろうか。
 
 
 【松本サリン事件が起こった時】
 
 地下鉄サリン事件が起こった時の印象は、あまり覚えていない。自分にとってインパクトが大きかったのは、ごく近くで起こった松本サリン事件のほうで、地下鉄サリン事件のニュースを観て最初に思ったのは「これでやっと松本サリン事件の犯人がわかる」だった。当時は、河野さんという近隣に住んでいる人を容疑者のように見る向きもあったが、自分には、河野さんのような人物に有機リン系の有毒ガスが作れるとは思えなかった。地下鉄サリン事件が起きて、ああ、やっぱり河野さんではなかったんだなと確信した。
 
 松本サリン事件が起こった時、私は信州大学の2年生で、早朝にかかってきた親族からの電話で事件を知った。「信州大学の近くで毒ガス事件があったけど、大丈夫け?」
 
 テレビをつけてみると、当時の私の住まいから2kmほどの場所で7名の死者が出ていると報じられていた。そのなかには、信州大学医学部の5年生も混じっていた。同級生は誰も被害に遭わなかったが、非常に近い場所に住んでいた者もいて、その日はその話題で持ちきりだった。やがて、信州大学附属病院のドクターが「有機リン系の薬物中毒、ちょっと考えられない」と言っていた話が流れてきて、実際、そのとおりの報道が流れた。
 
 ただ、事件があまりにも唐突過ぎて、不可解な出来事だったので、じきに私達はこの事件のことを忘れていった。地下鉄サリン事件が発生する、その時まで。
 
 
 【東日本大震災が起こった時】
 
 東日本大震災が起こった瞬間のことは、非常にはっきり覚えている。
 
 その日私は、いつものように精神科の外来診療を行っていた。地震が起こった午後2時過ぎは少し難しい診療面接をやっていて、私も患者さんも楽な気分ではなかった。気の乗らない面接をどうしようか、と思っていた時に私はめまいを覚えた。
 
 「すみません、ちょっとクラクラして」「今、めまいが……」
 
 私と患者さん、めまいを訴えたのはほとんど同時だった。同時だったから、めまいではないことを知った。地面が、大きく揺れている。
 
 大きな船にでも乗っているような、うねりがいつまでもいつまでも続いた。これは絶対に大きな地震に違いない。こういうのはtwitterが一番速いと思ってタイムラインを覗くと、東北で巨大地震が起こったと誰かがつぶやいていた。患者さんとの話し合いは有耶無耶に終わって、その日はそれでお開きになった。
 
 自宅に帰る途中、珍しくカーナビでニュースが見たくなった。コンビニの駐車場で津波の映像を見て、すぐさま気分が悪くなった。福島県の海岸沿いを上空のヘリコプターが映した映像で、今まで見たこともない、日本の風景とは思えない、焦げ茶色の海岸線だった。なぜ気分が悪くなったのかはわからないが、ニュース報道を見てこれほど気分が悪くなったことは前にも後にも無い。あれは何だったんだろう?
 
 
 【「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」を観た時】
 
 1997年7月19日は、惣流アスカラングレーの命日である。他にも、葛城ミサト、赤木リツコそのほか多くの人が死んだ。いや、死んだと言って良いのだろうか? さしあたり、その後、惣流アスカラングレーが蘇ったのは間違いない。
 
 これに先だって公開された『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』で、テンションは十分に高まっていた。そのラストシーンから、惣流アスカラングレーが危機的状態に置かれていることも承知していた。で、『まごころを、君に』を観て、私の頭のなかはゴチャゴチャになった。私達のよく知っている惣流アスカラングレーは死んだ。ストーリーの必然として死んだようだった。たが、赤く染まった海岸線のラストシーンで蘇った、ようにみえた。到底元気の出る終劇ではなかったけれども、ともかく、惣流アスカラングレーは蘇って「気持ち悪い」と言い残した。
 
 当時、エヴァンゲリオンに熱狂していた人のなかには、いわゆる「謎解き」に夢中なタイプもたくさんいた。人類補完計画、セフィロトの木、最後の使徒、サードインパクト、そういったボキャブラリーを舐め回して、その意味を深読みするようなタイプだ。時の風化を経た今になってみると、1997年のサブカルチャー作品には、そういう深読みがいかにも似合うように見えてしまう。
 
 いっぽう私は、碇シンジ、惣流アスカラングレー、綾波レイといった、キャラクターそれぞれの行く末に関心のウエイトを置いていた。アニメに出てくる個別のキャラクターに対して、これほど身を案じていたことはそれまで無かった。無かったからこそ、『まごころを、君に』の結末を気にしていた。
 
 『まごころを、君に』を見終わった瞬間は、なかば茫然自失だった。一緒に映画を観に来ていたオタク仲間は、お気の毒に、といった表情を浮かべていた。そのとき私は、クックックと反動形成的な笑みを浮かべていた。まあ、ショックだった。
 
 それでも、惣流アスカラングレーは死んで蘇ったのである。そのことに重大な意味があるように私には思えた。庵野監督がどのような意図であのようなストーリーにしたのかはわからないし、別に、わかりたいとも思わなかった。だが、さしあたって私に重要だったのは惣流アスカラングレーが死んで蘇ったという、公式作品内での事実だった。
 
 私の人生にとって、惣流アスカラングレーが死んで蘇ったという作品内事実はひとつの転帰だった。現在の私の社会適応、その相当部分は惣流アスカラングレーの死と再生から始まったと割と本気で思う。おかしな話に聞こえるかもしれないが、死んで蘇った惣流アスカラングレーを観た時、私もそのようでありたいと思ったからだ。
 
 『まごころを、君に』のことを書いたらおなかが減ってきたので、このお題について書くのはこれでおしまいにします。
 

ネットの正論や世論に包囲されても、言いたいことは言うべきだと思い出した。

 


 
 かわんごさん(ここでは、かわんごさんという呼び名で通す)の上掲ツイートには、例によってはてなブックマークコメントが沢山くっついていた。私も含め、「それは時代錯誤だ」「立場というものを考えろ」的なコメントが多い。
 
 しかし以降のツイートを読んでみると、かわんごさんは「ネットを公共の場として責任を求める風潮」が既にできあがっていることを知悉したうえで、それでも「ネットでは自分の言いたいことを言いたいように言っていく」というスタンスを考えている様子だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 かわんごさんは、「今日のインターネットは正論の巨大な同調圧力の場と化している」と記している。そのうえで、そのような正論の同調圧力の場、あるいは公共空間へとネットが変容していくことは、私達の生活空間(あるいはコミュニケーション)全般がそれらに呑みこまれていくことである、とも危惧している。
 
 こうした変化は、インターネットを長くやっている人なら肌で感じ取っているだろうし、私も例えばこのブログ記事で所感を書いたことはある。メイロウィッツ『場所感の喪失』に書いてあることがインターネットで起こっている、と言い直すこともできるだろう。
 
場所感の喪失〈上〉電子メディアが社会的行動に及ぼす影響

場所感の喪失〈上〉電子メディアが社会的行動に及ぼす影響

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 だから、今回のかわんごさんの話自体はそれほど目新しいものではない。
 
 

「もうそうなってしまったから」で何もしないのはどうなのか

 
 しかし私は、一連の文章を読んで割とハッとさせられた。ここ十数年のインターネットの変化を踏まえて、もう変わってしまったのだから何もしない・みんながそうだと決めているとおりに唯々諾々と従うしかないのは、本当に良いことなのか?
 
 インターネットが公共空間寄りのメディアに変容し、21世紀の権力分配のシステムの一翼として機能しはじめている現状のなかで、その現状を追認する行為に終始して、それで私は満足なのか。
 
 「現在の世の中がこうである」「現在のインターネットはこうである」という命題と、「世の中にはこうであって欲しい」「インターネットはこうであって欲しい」という命題には、何かしらのズレがある。そして現状のなかで最大のベネフィットを得たいなら、こうであるべきは引っ込めて、現状追認に徹するのが利口だろう。そして私自身も含めて、インターネットで長く暮らしている人は多かれ少なかれ現状追認になびいていて、それで適応している。
 
 多かれ少なかれ現状追認になびくのは、適応していくための手段として仕方のないことだし、それを非難してもはじまらない。第一、私だってそうしている。
 
 しかし、もし本当に「世の中にはこうであって欲しい」「インターネットはこうであって欲しい」と願うのなら、現状追認に徹するのでなく、必要とあらば現状に抵抗する・現状とは違ったカラーを出していく姿勢があってもおかしくない……と、私はかわんごさんの文章を読んで思い出した。
 
 かわんごさんの“なかのひと”は、社会的には軽視されないポジションにいて、それゆえ、公共空間寄りになったインターネットにおいては相応の態度を期待されがちだ。少なくとも、そういう風に期待する向きは一定割合で存在する。
 
 にもかかわらず、かわんごさんは、損を承知のうえで、現状のインターネットの正論・定法に逆らうようなことを(今回に限らず)書き込むことがある。もしそれが乱心のたぐいでなく、かわんごさんなりのスタンスであるとするなら、私は「面白いな」と思う。
 
 本当は「面白いな」ではなく「素敵だな」とでも書きたいみたいが、私は臆病で、インターネットの正論に攻囲されるのがおっかないので、今回は「面白いな」という表現に留めておく。
 
 そういえば、かわんごさんは皆が正論や常識だと思っていることでも、自説を曲げずにぶつけてくることのある人だった。
 
 5年ほど前に、私が『"叩いて構わない奴はとことん叩く"空気と、いじめの共通点』というブログ記事を書き、はてなブックマークで割とバッシングされた時も、かわんごさんは「ブコメで普段から”正義の虐め”を実践しているひとたちが憤慨していて笑える。」と書いておられた。
 
 思えばこの時も、「正論や常識の名のもとに」がテーマだった。だから私は、かわんごさんのなかでは、正論や常識によって言説空間が窮屈になっていく問題に対して、首尾一貫した考え方があるのだろうと推測することにした。
 
 少し話が逸れたので戻るが、とにかく、今回のかわんごさんのツイートを観て、私は自分が忘れていた何かを思い出した気がした。自分自身の対外評価がいくらか下がるかもしれないけれども、自分が思っていることを思っているようにインターネットに書くということを忘れてしまったら、一体何のためにインターネットをやっているのかわからない。何のためにはてなブログを続けているのかもわからなくなってしまう。そういう根っこのところを、私は思い出すことができた。
 
 

どんなインターネットを自分がやりたいのか思い出した

 
 もちろん、既存のインターネットの正論や世論を無暗に逸脱してもしようがない。たとえば、自分があまり関心を持っていないジャンルの政治的正しさに対して、考えもなく逆らってみせたところで、無意味に政治的失点を重ねるだけだろう。
 
 けれども、政治的失点を回避することに汲々として、正論や世論からはみ出したものをバッシングしてまわって“得点稼ぎ”に満足するインターネットライフというのも、それはそれで虚しい。インターネットには、そうやって正論や世論からはみ出したものをバッシングし、得点稼ぎに明け暮れている人々が、それなりの割合で存在するけれども、彼らと同じようなマイクロ権力屋に成り下がった未来に、私がやりたいインターネットがあるとは思えない。
 
 たとえインターネットが、その正論や世論からはみ出した者に強い圧力をかける社会装置になったとしても、自分自身がその社会装置と同一化しなければならない道理はなかったのだ。そのような社会装置と同一化したくないなら、心のどこかでキチンと線引きはしておいて、本当に主張したいことがあったら主張すべきなのだった。
 
 そのような、当たり前だったはずのことを忘れてしまう程度には、私はインターネットの正論や世論におもねってしまっていた。そのことを恥じたい。と同時に、来るべき時に、インターネット正論や世論から攻囲されることを恐れずに主張していく勇気を養いたい。
 

私がガンパレードマーチの「発言力」から学んだこと

 
blog.tinect.jp
 
 リンク先の記事は、2000年の傑作ゲーム『ガンパレードマーチ』の「発言力」システムをお題にしたものです。「発言力(信頼)は溜めるだけではなく、投資してナンボ。投資してますます発言力を獲得しよう」という主旨は、社会適応の王道だと思われます。
 
 リンク先を書いたしんざきさんは、
 

それでも、「発言力 = 信頼を投資して、更に信頼や評価を稼ぐ」というサイクル、「発言力 = 信頼を稼げば稼ぐ程更に稼ぎやすくなる」というバランスについては、実生活でも応用出来る部分が大でして、あーやっぱこのゲームよく出来てたんだなーと感じ入った次第なわけです。人生で大事なことは全てゲームで学んだ。

 
 と書いています。ゲーミフィケートされた視点で世の中を眺め直すと実生活に直結したインスピレーションが得られがちですが、『ガンパレードマーチ』の「発言力」システムはその典型といえるでしょう。
 
 ところが、冒頭リンク先でしんざきさんが語った「発言力」システムの主旨と、私がゲームをとおして学び、現在も運用している「発言力」システムの運用は、ちょっと異なっていたりします。
 
 「発言力(信頼)は、人間関係の通貨である」という根っこの理解は同じなのですが、その運用方法や強調ポイントが違っているのです。前々から「発言力」システムについて書きたいと思っていたので、この機会に書いてみます。
 
 

「発言力(信頼)は溜めるばかりでは駄目だが、使うとすぐなくなる」

 
 私もプレステで『ガンパレードマーチ』をプレイし、「発言力」システムには感心したのですが、私自身は「稼いだ発言力(信頼)を投資し、もっと増やしていく」ことの難しさに着眼したのでした。
 
 『ガンパレードマーチ』を遊び慣れてくると、どれぐらい発言力が溜まっている時に、どれぐらい発言力を行使して構わないのかがおおよそ判って来ます。しかし初プレイの時はそれがわからず、私は、なけなしの発言力を不適切な提案で使い果たしていたのでした。
 
 こうした経験があったため、私は「発言力は、あるていど溜めない限り、行使すべきではない」という考えに辿り着きました。
 
 発言力(信頼)は、稼げば稼ぐほど稼ぎやすい。とはいえ、発言力(信頼)が乏しい状態では投資が難しい。まずは与えられた職務を地味にこなして、いつか本当に発言力を使わなければならない時に備えて貯蓄しておくべきだ──私が『ガンパレードマーチ』から学んだナンバーワンの教訓は、これです。
 
 当時の私は20代医師、つまり医療業界では若造のなかの若造だったので、こういうディフェンシブな「発言力」の発想がすぐさま役立ちました。初プレイ時の『ガンパレードマーチ』の状況と、若造医師の状況は、かなり似ていたのではないでしょうか。
 
 「キャリアの浅い人間は、慎重に発言力を行使するべき」
 「良い提言ができそうな時でさえ、ここぞという時のために、発言を見送ったほうが良い場合も多い」
 「当面は、発言力を行使することより、発言力の消耗を避けることを意識するべき」
 
 当時の私は、そんなことを考えながら会議に臨んでいました。いや、今も似たような考えで会議に臨んでいます。
 
 会議の席上などで、積極的に発言力(信頼)を投資し、発言力をますます獲得していくというモデルは、相当にデキる人が、実力本位な環境で活動するぶんには有効でしょう。しかし、そうでない場合、普段は発言力をケチっておいて、ここぞという時だけ行使するようなモデルのほうが危なくない気がするんですよ。私のような出しゃばりな人間の場合は、とりわけそうだと思います。
 
 そのうえ、現実世界にはキャリアの浅い人間が目立つのを忌避する人もいます。後輩や同僚が発言力をどんどん拡大させていき、自分自身の立場や存在感が相対的に薄まっていくのを平然と見ていられる人はけして多くはありません。積極的にサボタージュする人は稀だとしても、複雑な心境になる人は少なくないでしょう。
 
 

同じゲームでも、受け取るインスピレーションは人それぞれ

 
 しんざきさんと私で「発言力」システムの捉え方の重点が異なっているように、同じゲームを遊んでいても受け取るインスピレーションはプレイヤーによってさまざまです。誰かの捉え方が間違っていて、誰かの捉え方が正しいってわけではなく、プレイヤーの数だけインスピレーションが存在するのでしょう。
 
 それだけに、「人生の大切なことはゲームから学んだ」系の会話には話者の人生観やパーソナリティが反映されていて、多様性がありますよね。ゲームそのものが楽しいのは言うまでもありませんが、プレイヤー同士でゲームから何を汲み取ったのかを語り合うのも楽しいものです。いつか、麻雀でもしながらオフラインでお話ししたいものですね。
 
 

私は自分が中年になったことを発見し、驚いたのです

 


 
 こんにちは、Tanishiさん。若者ではなくなった境地に言及を繰り返しているシロクマです。
 
 せっかくご質問いただいたので、なぜ、「自分が中年になったこと」に盛んに言及しているのか、書いてみます。
 
 まず、単純な理由として『「若者」をやめて、「大人」を始める』を出版したからってのはありますよね。自分が書いた本を少しでも遠くまで届かせるべく、関連事項をブログに書くのは有意味なことだ思います。このタイプの書籍を作成する場合には、一冊の書籍の余剰生産物として「余りモノ」がたくさん発生しますから、それらをリサイクルしてブログ記事にするのは効率的です。
 
 しかし、そもそも、若者以後であるところの中年期や壮年期の境地について私が書きたい第一の理由は、それが驚きにみちた転回だったこと、やっとその転回に馴染んできたことによるかと思います。
 
 数年前に『「若作りうつ」社会』を作っていた頃の私は、まだ思春期心性や若者的な気持ちが残存していて、中年になった実感も、大人としてすべきことも、定着しきっていませんでした。知識としては中年期の発達課題や心境変化を知っているけれども、自分自身がまだ変わりきっておらず、中途半端な状態だったと言えます。
 
 ところが40代に入ってしばらく経ち、その間、麻布テーラーさんの「ぼくらのクローゼット」という中年を見据えた企画に参加させていただいたりするうちに、いよいよ心境が変わってきました。自分の心身に残っていた若者成分が抜けて、やっと自分が中年のおじさんになったという手応えを感じるようになったんですよね。
 
 それが無かったら、たとえば『四十才、夢から醒めて、逃げ場無し - シロクマの屑籠』などは書けなかったことでしょう。
 
 小学校に入学したての時や、第二次性徴が始まっている時には、当惑や驚きがあったかと思います。そこまで顕著ではないにせよ、私は自分の身体と心理的布置が中年に変わっていく際に当惑や驚きをおぼえました。と同時に、この新たに獲得した中年ボディと、これから20年近く続くであろう新しい境地に、関心を持つようになったのです。あれもこれも変わっていくのを凝視しているうちに、これは、面白がってみたほうが良さそうだぞと思えてきました。
 
 しかも、変わっていくのは自分だけではない。周りも変わっていきます。それこそ、はてなダイアリーやはてなブログをやっていた同世代の人々もどんどん変わっていく。しかも、これまでの人生経験から察するに、変化を面白がって眺めていられるのは多分今だけなんです。5年後の私は、中年になった自分についてこれほど熱意を込めて語ることなんてできないはずです。なぜなら、きっと中年の境地に慣れてしまうからです。慣れて間もない今のほうが、若者時代との違いを意識しながら書き残すには向いているはず。
 
 私は、この変化をゲームに喩えるなら、横スクロールのシューティングゲームをやっていて、途中で高速スクロールが始まるぐらいの変化じゃないかなぁ……と考えています。
 
 そして子育ては、「自分が勇者ではなくなったドラクエ」でしょうか。若者時代は、まさに自分自身が人生の冒険の主役だったけれども、子育てという要素が入ると「勝手に冒険していく勇者をメタ視点から眺めてサポートする」シミュレーションゲームっぽい要素に傾いてきて、人生のゲーム観に新しい視点が加わりました。これは、嫌いな人は嫌いでしょうし、好きになる確率を高くするためにはフラグを幾つか立てる必要もありそうなので万人に勧められるものではないのですけれども。
 
 ブログや書籍には、現在の自分の年齢や立場でしか書けない性質のものがあるように思います。もともと私は、ライフサイクルやライフコースに関心があるほうですが、そんな私でも、今書き綴っていることを5年後に同じように書くのはきっと不可能だから、今は伸び伸びと書きたいし、書くしかないんです。いつまでも、同じことを、同じように書くことはできないのだとしたら、今を、今として精一杯生きて、書いていくのがブロガー道ではないでしょうか。おじさんになった北極のシロクマは、そんなことを今は考えています。