シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

twitterに耐えられない人には、インターネットは難しい

 
 twitterは、かつてのmixiなどに比べて拘束感の少ないコミュニケーションを楽しめるツールとして普及してきている、と思う。タイムラインを全部読まなければならないとか、返答義務を意識してしまうような状況も少ない。特にfollowersの人数がそれなりに多い人同士の繋がりの場合などは、殆ど応答が無い状況がいつまでも続いたとしても、殊更問題になるようなことは無い。また、removeのしやすさという点でも、よほど人数が少ないtwitterユーザー同士の間でもない限りは、かなり簡単に実行することができる。仮にremoveのような事態が起こったとしても、followersが十分に大きければそれほど打撃にはならないし、そんな事に拘泥していられない程度にはタイムラインのログの流れは速い。
 
 こうしたtwitterの、返答義務の乏しさ・removeのしやすさ・タイムラインの流れの速さなどは、従来のコミュニケーションツール(BBS、mixi、MSNメッセンジャー、ネトゲ 等)と比較して、かなり束縛感の少ない印象をユーザーに与えていると思うし、followers同士の間で顔色を窺わなければならないような状況を極力起こりにくくしていると思う。まぁ、そうでなければ、空気に呑まれてしまいがちな日本人のネットユーザーに、ここまで普及しなかったことだろう*1
 
 ところが、そんなtwitterでさえも、以下のようなことを言い出す人は出てくる。
 

自分も傷つきたくない、相手も傷つけたくない、そんな人たちにはTwitterも生きにくい場所であるのかもしれません。
そういうちょっとお疲れ気味の人は、一度Twitterが形成する対人関係から離れてみるといいと思います。Twitterがどんなにゆるふわなサービスであっても、利用するひとが繊細である場合、他のそれと同じく傷つき傷つけあう場所になってしまうかもしれません。

http://d.hatena.ne.jp/BABYPEENATS/20090618/1245234371

 非常に繊細で、恐ろしいほど人の顔色に敏感な人物であれば、twitterでもこういった境地に辿り着くことはあるかもしれない。けれども、twitter上の人間関係でさえ空気を読みまくっちゃうほどナイーブな人というのは、twitter以外のコミュニケーションサービスでもやっぱり耐えられないんじゃないだろうか。twitterほどfollowersを整理しやすく、猫の集会的な雰囲気を保ちやすく、タイムラインが全てを“水洗”してくれるコミュニケーションツールでさえ“他人の顔色を窺うような対人関係”に終始して疲れてしまうんだとしたら、殆どあらゆるネットコミュニケーションでも同じように疲れてしまうんじゃないのかな、と思う。
 
 こういう特別にデリケートな事例の場合、対人関係に疲弊する理由をtwitterのせいにするのは多分お門違いだ。それよりも、その人自身のコミュニケーションの不器用さの問題や、ナイーブすぎる自意識について想いを馳せたほうが建設的というものだ。これが、「あしあと」機能のついているmixiなんかの場合は、mixiのアーキテクチャがユーザー同士の顔色窺いをエスカレートさせている、と責めることも出来そうだが、twitterはなー。twitterほど拘束度の低いサービスでさえ摩擦が苦しすぎるという人は、もう、どこのインターネットコミュニティに参加しても同じような憂き目に遭うしかないのでは?
 
 twitterでさえお互いの顔色を窺いながらコミュニケートしてしまい、勝手に磨り減って自滅していく人って、そんなに多くは無いとは思うけれども、一定の割合で存在する、というのも確かな事実だろう。けれども、そういう人の場合に対しては、twitterをお勧めしないというよりも、むしろインターネットコミュニティ全般がお勧め出来ない、という話になってしまいそうだ。
 
 平均レベルを大幅に上回るほど敏感すぎる人には、(インターネット上のコミュニケーションは)難しい、と言わざるを得ない。
 

*1:ちなみに、現在までの日本のtwitterユーザーの過半数は、mixiの空気の読みあいコミュニケーションについて一定の経験または伝聞を持っている層と推定され、mixiとtwitterのこうした差異には当初から敏感だったんじゃないかな、と思っている