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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

脱オタ五ヵ年計画(3)二年目

 
 大学を離れ、人口5万人ほどの地方都市に移動する。まだそれほどインターネット慣れしていないなか、細々と田舎のオタク生活を続けていた。カプコンの機動戦士ガンダム連邦VSジオンがリリースされ、ゲーセンにもそれなりに通っていたが、地方のゲーセン事情の悪さからジョイスティックを握るのはなかなか困難だった。一方、田舎のアーケードゲーム界隈のファッション事情は、都会よりもかなり遅れているので、私はその環境で去年の服装改善を確かめることが出来た。これは性質の悪いメタゲームだったわけだが、そこで私は「去年までの自分とは違う」事を発見した。地方レベルにおいては、他の対戦ゲームプレイヤーに劣るほどの格好ではない自分を発見していたと思う。「ああ、やっとキモオタではなく普通オタになったかな」。
 
・地元のネットコミュニティに所属しようとした試みは見事失敗した。私の当時の能力とモチベーションでは、非オタクな他者とのコミュニケーションについていけなかったのだ。話術、ファッション、自意識過剰…全てにおいて私はうちのめされた。適応できなかったのだ。私はすごすごフェードアウトするしかなかった。悔しかった。一年しか頑張ってないにも関わらず、あまりの悔しさに涙を流したかもしれない。
 
・地元のネットコミュニティの経験から、自分のファッション戦力不足を再認識。必死に地元のパルコに通う。少しづつ敷居の高そうなテナントにうつっていく。この頃はJUN MENとCOMME CA DU MODEとメンズメルローズを発見し、大変喜んでいたと思う。一方、無印良品からも依然として使えそうな品物を多数取り揃えた。雑誌も毎月立ち読みした。計3年ほど、まるで馬鹿のように立ち読みして、それらの雑誌の相違と相似を比較検討しまくった。脱オタサイトも足繁く通い、自分がやっていることがどれぐらいマニュアルに合致しているのかを調査した。マニュアルに合致している事は不快ではなかった。マニュアルに書いてあっても、実際に商品を手にとって買うのは自分だったし、それによってコンプレックスを緩和してもらえるのも自分だったから。マニュアルを考慮しながら予算と自分自身とどう折り合いをつけるのかを考えるのが楽しかった。地方都市レベルではあれば、上記ラインナップでおそらく十分と推定された。
 
・オタク趣味はそれでも生き残った。KANOSOや2chにハマる。時期の後半に斑鳩が発売されたけれど、これも死ぬ気になってプレイしていた記憶がある。同時押しボタンすらない環境でも、楽しいゲームがあれば大切にするんだと実感した。
・ミスチル全盛期。その他にも、いかにも無難そうなものを手当たり次第聞いていた。今思えば一見遠回りにみえても、当時の私には必要だったのだろう。当時から私は、「文化の吸収は、その文化を消費している人との架け橋だ」と思っていたらしく、「彼らの仲間入りを容易にするため」と信じて、非オタク趣味への接近を繰り返していた。
 
・職業柄、攻撃的な目線や怒鳴り声に遭遇する事が増えたが、度胸をつけるうえで格好の課題となった。ここぞという場面で、ナースの影に隠れてコソコソしているようでは、年少の私についてくる人間などいなくなるに違いない。そう思って、一番肝心な場面では先陣を務めることを習慣にした。言葉が通じない状況下で、いかに非言語コミュニケーションがモノをいうのかを思い知ったのもこの時期だったし、人間間の力動を学んだのもこの時期だった。幸い、勤め先は偉大な先達と優れた蔵書に恵まれていた。勉強する時間はどれだけあっても足らなかった。