このブログにはPVの回転速度が速い時期と遅い時期があり、現在は遅い時期にあたる。
不特定多数の人にみてもらうならPVの回転速度が速いほうが良いが、あまり多くの人にみてもらいたくない場合、みてもらってもしようもない場合は後者のほうがふさわしい。で、後者なので「たくさんの人に読んでもらえばいいってわけじゃない」タイプのことで書きたいことを書くシーズンだなと理解しておく。
私は精神科診断において、なんの病名に診断されているのかに加えて、どういう内容でその診断名なのかをとても重視している。診断名の重要性は、今日の精神医学、精神医療においても重要だ。たとえば65歳の男性が活動性が低下し、ものをちゃんと覚えられなくなって、閉居気味になったと訴えて来院された時、その診断名がうつ病かアルツハイマー型認知症かで、その人の運命、その人の予後の予測は大きく違ってくる。用いるべき薬剤、対応すべき事柄も違うだろう。同じく27歳の女性が、抑うつ気分や易疲労感、感覚過敏、などを訴えて来院された時、その診断名がうつ病か統合失調症か、それとも自閉スペクトラム症などに重点を置いたものになるのかによってその人の運命、その人の予後の予測、用いるべき薬剤等々はだいぶ違ってくる。特に予後予測と第一選択薬のチョイスの観点からみた時、診断病名を軽視するのはあり得ない。ここをおろそかにすると統計的に有意な治療が提供できなくなる。
他方、診断病名が同一でもまったく異なる内実の患者さんも、また多い。ひとことで統合失調症と言っても、破瓜型と以前に言われていたような、比較的短い時間で急速に残遺性人格変化を呈し、妄想や幻覚も慢性化して最終的に長期入院まで行ってしまう人もいれば、人生のある段階で妄想や幻覚が出現したものの、少量の抗精神病薬でほとんどそれらが制御可能で(ただし完全にやめてしまうと症状が戻ってくるのでやめてはいない)、ごくごく僅かにすり減るような人格変化が伴っただけで社会関係にたいした影響のない人もいる。双極症(躁うつ病)も、I型とII型がだいぶ違う、という話を聞いたことがある人もいらっしゃるだろう。その双極症II型と診断される人のなかにも、社会関係がきわめて豊かかつ経済的にも富裕で、比較的高めのゾーンで気分が緩やかに上下動する程度の人もいれば、むしろ社会関係が乏しく経済的にも厳しくて、たえずストレスにさらされて対応不能であるなかで比較的低めのゾーンで気分が不安定に上下動する境地の人もいる。前者と後者では、表向きの病名は同じでも生じている症状の内実は大きく異なるし、症状に関連しているに違いない周辺の事情、レジリエンスに役立てられる資源の多寡も大きく異なるはずだ。実際問題、こうったことはDSM-5TRのマニュアル本にだって「予後を左右する因子」として書いてあるところには書いてあったりする。
このような、患者さん個々によって周辺事情が異なり、症状までもが同一とはいいがたい現状を踏まえると、特に当科においては診断病名をしっかりと付けるだけでなく、その患者さんがどうであるのか、または、病名が何であるのかに加えてどういう内容でその診断なのかをいかに意識するのか、いかに情報として踏まえておくのかが重要になってくる、と私は信じて疑わない。ああそう、たとえば知的機能の多寡なども診断病名にかならず併記すべきことがらだろう。知的機能の多寡は、その人の社会適応の幅を規定するだけでなく、その人のレジリエンスにも、その人に対する医療的な説明を主治医がどこまでかみ砕いて説明しなければならないか(ひいては、どこまで疾患等についての説明の細部が伝わらないと想定しなければならないか)の程度にも大きな影響を与える。IQというのも数字だけでなく内容が問題なのだが敢えて説明のために数字を持ち出すと、IQが120の人のうつ病とIQが80の人のうつ病では、やはり前者のほうが治療に際しての持ち札のバリエーションは多くなる傾向がある。ここではIQを挙げてみたが、感情や情緒についての資源、文化的な資源、社会関係の資源の多寡なども同様だろう。そうした診断病名の周辺にあって患者さんの予後やレジリエンスに影響しそうな要素群を、大雑把でもいいから頭に入れつつ診療行為を行うのと、そういうことをあまり意識せずに診療行為を行うのでは、アウトカムはそれなり違ってくるのではないか、と私はいつも考えている。
こうした、診断病名に加えてどういう内容でその診断なのかを顧慮する方法のひとつとして、DSM-IVの多軸診断があった。
DSM-IVの多軸診断はDSM-5になって消えてしまったが、あれは便利だった。主たる診断病名に加えて、II軸でパーソナリティ症、III軸でGAFスコア……といった具合に、I軸診断だけで足りない要素をII軸以降の尺度で表記するのは、患者さんとその精神疾患の内実をよく理解するひとつの便法だったと思う。キャリアの浅かった頃にDSM-IVの多軸診断に出会えたのは私にとって大きな獲得だった。なぜなら、アメリカ式の操作的診断基準を用いても、少なくともある程度までは患者さんの内実に迫った診断の付け方はあり得ると理解する、その補助輪になったからだ。
これからだったらICD-11のディメンション診断だろうか。
note.com
金剛出版のnoteで榊原英輔先生がまとめてらっしゃるように、ICD-11では精神疾患はディメンション診断になる。このnoteにも書かれているように、今までのようなはっきりとした病名をつける診断(カテゴリー診断)と比べて、ディメンション診断には捉えづらさ、わかりづらさがついてまわるかもしれない。しかし、従来どおりのカテゴリー診断をDSM-5TRに基づいて行い、そのうえでICD-11のディメンション診断を併記したらどうなるだろうか? たぶん、DSM-IVの多軸診断よりもきめの細かな、「診断病名に加えてどういう内容でその診断なのか」がやれると思う。少なくともその可能性は期待できる。
榊原先生がnoteで記してらっしゃるように、ディメンション診断にしたからといって、患者さんの属性や歴史性等々のなにもかもを踏まえることができるわけではない。患者さんを把握する、とは、ある種きりのない作業であると同時に勘所を働かせなければならない部分を含んだものだから、機械的にディメンション診断すればすべての患者さんの病歴聴取が理想的になる、などとも考えるべきではない。が、現実に立ち返ってみれば、うつ病や双極症やアルツハイマー型認知症といった従来型の診断病名をまさにカテゴリーに分類して、そこから先に理解の食指を伸ばしていかないような臨床状況というのもそれなり存在しているようにはみえるので、国際的に標準化されたかたちで「診断病名に加えてどういう内容でその診断なのか」を問うのは好ましい傾向のあるように思う。標準化されるコストを支払うのはちょっとおっくうだが、ユニバーサルに共通化されることで得られるものは小さくないはずなので、意識して身に付けていきたいものだ。
(※以下のパートはもっと個人的な臨床雑感です)
何の診断か+その診断でどういう具体的内容なのか
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