シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

魚の水槽を掃除するように引っ越しをする

 
先月から今月にかけて、引っ越しのトラックを街のあちこちで見かけた。現代人は就学や就職、転勤のたびに転居するから、引っ越し自体はそう珍しいイベントでもない。私も比較的引っ越しの多い職業だから、歳月の経つなかで、引っ越しを前提とした暮らし方になってしまった。
 
再び引っ越しが起こった時に困らないよう、引っ越しの段ボールをある程度残した状態で暮らすとか、そういうやつだ。それから大きな家具をなるべく持たないこと。庭木なども持って運べないし、植物のプラントとかも極力持たないようにする。根無し草ならではの生活の貧しさ。でも、それを引き受けなければ根無し草なんてやっていられない。
 
ところで、引っ越しを円滑にすすめるコツとしていつも思い出すのは、魚の水槽の水換えのことだ。
 

 
実家で生活していた頃、キンブナ、ギンブナ、ヘラブナを水槽に飼っていて、それらの世話を約十年していたことがあった。上掲写真のようなピラニアと違って、フナは飼いやすい丈夫な魚だ。窮屈過ぎないスペースと適度な隠れ家、それから少し水草などを用意してやるとかなり長生きする。
 
そんなフナといえども生き物だ。乱暴に扱うのは良くない。特に気を付けていたのは水槽の水を交換する時だった。水槽の環境が汚れてきたらフナたちを一時的に別の場所にうつし、水槽をきれいにするのだけど、きれいにしすぎてはいけない。きれいにしすぎるとフナたちは元気がなくなる。隠れ家に付着した藻などはそのままにし、水槽内の配置も変えないようにする。水も全部とっかえるのでなく、掃除する前の水をいくらか残したほうが掃除後の環境に馴染んでくれる。
 
フナを飼い始めたばかりの頃は、このことがよくわかっていなかったためか一年間で4尾が死んでしまった。けれでも、これを意識してからは脱落者を出さず、30年以上も生き続けるに至った。
 
 

人間だってフナとそんなに変わらない

 
でもって、私たちだってフナと本当はそんなに変わらないと思う。
フナにとっての水槽の掃除と同様、人間にとっての引っ越しは結構ハードで、元気がなくなりやすい。うつ病のリスクファクターには転居が含まれている。春にに引っ越しし、転居のストレスに加えて新環境のストレスにも耐えきれない人が、連休の前後で息切れしてしまうのは精神科では割と定番だ。この流れを世間では、五月病と呼ぶことも多い。
 
進学や昇進、転勤や異動も少なくないストレスをもたらす新状況だから、望むらくは、そうした変化の時期には住まいだけでも今までのままであって欲しい。しかし、日本の就学や就労のシステムだと、それらに転居が伴うことが少なからずある。もし、本当に、健康に良くないことが制限されるべきだとしたら、そうしたいっぺんにいくつもの生活状況が一度に変わるシチュエーションも制限されるべきだと私は思うけれども、制限される様子はあまりみえない。個人にとって相当に大きな試練なのだけど。
 
そこで、せめてもの対策として、転居する際には「フナの水槽の掃除のように」転居するのが良いと思う。少なくとも私はそう思い、実践し続けてきた。転居の前後にあたっては家具や間取り、暮らしを極力変えない。PCを置く場所、テレビを置く場所、そうした間取りについては可能な限り転居前と転居後で違いが出ないようにする。もちろん、物件の間取りまではそうそう同じにはできないから限界はある。それでも、物品の配置や人の導線について、工夫ができる場合には極力工夫をして、新環境と旧環境の差異を小さくし、前と変わらないと感じられる部分を増やすような心配りはあったほうが良いように思う。
 
生活習慣などもできるだけ今までと同じ要素を残しておきたい。人間関係もだ。いまどきは社交関係もオンライン化している部分が多いので、転居がそっくりそのまま社交関係のやり直しや断絶になることは少ないと思う。そうやって、転居前の生活の要素を少しでも残しておき、転居後との生活との連続性や共通項を残すことで自分たちの負担を少なくするのも生きていくうえでの知恵、ひいては社会適応を助ける一助になると思う。
 
人間はフナより器用でなんでもできるように見えるけれども、心身のサバイバビリティの面でもフナに勝るとは限らない。環境の変化に敏感な人は敏感だし、そうでなくても転居に転職や進学や異動が重なれば心身にかかる負担は大きくなる。「心機一転」という言葉もあるけれども、でも実際の引越しに際しては魚の水槽を掃除するように引っ越したい。