2025年6月4日未明に放送された『機動戦士ガンダムジークアクス 第九話 シャロンの薔薇』は完璧な興行だった。私のタイムラインはたちまちガンダムおじさんたちのしゃべる場となり、いつものようにタイムラインがガンダムネタにジャックされた。地球に降下したマチュの動向についてもわかったし、前から気になっていた“シャロンの薔薇”なるものについても大事なネタバレがあった。
それより、タイトルの件について私は個人的な感想を持った。その感想を少し書きたい。
この文章のタイトルを「カラーがマチュを商館にくべた件について」と書いた。もちろん正体は「カラーがマチュを娼館にくべた件について」である。第九話でマチュとララァが娼館に登場したこと、というより、その娼館でマチュがどのように描かれたのかについて、気に入らなかった。「気に入らない」と書きたくなったから、気に入らないと書く。
私はスタジオカラーの制作陣の方々が、マチュとララァを娼館で描いたこと、いや……マチュをあんな風に娼館にて描いたことが嫌いだと感じた。ひとつの比喩になるが、たとえば制作したのが吾峠呼世晴だったら、マチュをあんな風に娼館で描かなかった気がする。
こんなことをわざわざ断っておかなければならない現在のインターネットは窮屈きわまりないがそれでも書いておく:私がひとつの作品のひとつのシーンが嫌いだと書いたからといって、私がその作品の全体を嫌いになるわけではないし、作品の客観的・世間的評価が下がるべきだと私が思っているわけでもない。
全体としてみた『機動戦士ガンダムジークアクス』は大好きな作品だし、こんな作品を世の中に送り出してくださっているカラーの制作陣の方々には感謝の念しかない。そして第九話で娼館が描かれたことがおかしいとも思わないし、ララァ・スンのいきさつからいって自然なことですらある。娼館が描かれたこと、それ自体がこの作品の客観的・世間的評価をだだ下がりさせるとも考えていない。
それから、毎週の興行という観点から見た現在の『機動戦士ガンダムジークアクス』は大成功している風にみえるし、私はその興行の渦中で楽しいとも感じている。毎週の興行、という観点からみても娼館が描かれたこと、娼館を描くと制作陣の方々が決意したことには一種の必然性や合理性があるはずで、きっと、考え抜いたうえでそう決定したのだろうとも思う。
だから、マチュとララァがあのように娼館にて登場し、描かれたことを批判することはできない。それが悪いことだったとか、いけないことだったなどとも決して言えない。
そうじゃない。
ただ私は気に入らなかったので気に入りませんでした、と書いてみたかった。どよめく興行の渦中において、マチュがララァと娼館で出会ってあのように描かれた──きっと必然性や合理性に基づいて描かれた──ことは私には「マチュが娼館にくべられた」という風にみえた。もちろんその判断はきっと正解で、その、くべられた様子は好評の様子だった。そういうのを私は、見たくなかったんだなと昨日の段階でぼんやりと思い、今日になってはっきりそう思ったので、備忘録としてこう書いておいた。おわり。
(本文はここまでです。以下の文章は、常連さん向けの、内輪の蛇足です)
カラーがマチュを商館にくべた件について
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