シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

ブロガーの道は諸行無常。それでもあなたは、ゆくのですか。

 (※このメッセージはブログやtwitterやYouTube等で何かを発信している人向けです)
 
plagmaticjam.hatenablog.com
 
 
はてな村の権威とは、ネットにおける権威とは、いったい何でしょうか。
 
 権威と言われるとピンと来ませんが、ネットアカウントの存在感威信ってのは確かにあると思います。「このアカウントの言葉なら耳を傾けよう」とか、「このアカウントの動きはまた見よう」とか、そういうのですね。影響力の大きさ、と言い換えてもいいかもしれません。
 
 では、その影響力の大きさは何に由来するのでしょうか。
 
 それは、今までに獲得してきた信用だったり実績だったりします。「この人はデタラメなことを言わない」「この人のつくるものはだいたい面白い」と思ってくれる人がたくさんいて、それが長く続けば、そのアカウントの影響力は大きくなるでしょう。
 
 たぶん、動画配信でも同じではないでしょうか。「どこかの馬の骨」ではなく「この人の新作なら、見てみてもいいかな」と思ってくれる人が増えるってことが、ネットにおいて影響力を得るってことなんだと思います。
 
 でも、ネット上で積み重ねる信用や実績って、本当にはかないですね。
 

はてなブログを叩く声

諸行無常の響きあり

はてなスターの星の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれるブロガーも久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

アルファブロガーも遂には滅びぬ

ひとえに風の前の塵に同じ

 
 信用や実績によって影響力を蓄積するには長い時間がかかりますが、それを失うのは簡単です。影響力に執着しているブロガーが、影響力が損なわれそうな危機に陥って焦ったあげく、下手を打つこともあります。ネット炎上のたぐいを眺めていて思うのですが、一発で信用を丸ごと失うことは少なくても、二発、三発と続くと連続技ボーナスが入ってしまうように見受けられます。こうなると、個人ブロガーのちっぽけな影響力など、たちまち無くなってしまいます。
 
 じゃあ、影響力が大きくなったら炎上しないかといったら、そんなことはありません。むしろ逆で、影響力があればあるほど人目に触れる機会も増え、言動が絶え間なくチェックされるぶん、危ないのではないでしょうか。国会議員などが典型的ですよね、影響力が大きいからこそ、あらゆる立場の人々から言動をチェックされ、そのいずれかに引っかかれば「失言」とみなされます。芸能人のネット炎上なども同様でしょう。
 
 ネット上では、いや、メディア上では、影響力を稼げば稼ぐほど、言動が厳しくチェックされて燃えやすくなるってことです。先に進むほど細くなるロープの上を綱渡りしているような状態ですよ。少なくとも私は、そうだろうと想定しているので、身に余る影響力を手に入れたいとは思いません。だって、影響力が高くなればなるほど、綱渡りが辛く厳しくなるのが目に見えているんですから。
 
 だから、冒頭リンク先の
 

つまりはてな村では「権威」がないのだろう。誰の言うことだから聞くとか誰の言うことだから気の迷いだと判断する。そういう信頼の積み重ねがない。信頼がないからそこで失言するような自由もまたない。

 
 これは間違いで、信頼を積み重ねるほど失言に気を遣わなければならないのだと私は思います。もちろん、信頼も影響力も要らないなら自由に発言すれば良いのですが。言い換えると、その手の自由を失いたくないなら信頼や影響力に執着してはいけないということです*1
 
 ここでばブログの話をしていますが、SNSやtwitterやYouTubeにも同じことが言えることではないでしょうか。
 
 ネット上で、いや、メディア上で信用や実績や影響力を積み上げるってのは、かように過酷で儚いものです。だから、野心を剥き出しにして突き進む年下のアカウントを見かけると、私は、応援したくなるような、満開の桜を愛でたくなるような、なんとも言えない気持ちになります。そこには嫉妬も混じっているんでしょうね。私には、そこまで果敢に攻める勇気はもうありませんから。
 
 
 冒頭リンク先には、
 

針の穴を通し続けるほどの神経を僕はとてもじゃないが持ち合わせていない。ブログにクソ文を投稿しても許されるだけの権威が欲しい。権威などというと傲慢のように見える。許しだ。許しがほしい。

 
 とも書かれています。
 
 それなら、影響力より許しを優先させるようなブログ運営しかないでしょう。できるだけ影響力を持たないよう、地を這う節足動物のようなスタイルでブログを書きましょう。プロフィール欄に、「私は地を這う節足動物です。有害です。私の影響を受けてはいけません。」と明言しておくのも良いかもしれません。いっそ、はてな匿名ダイアリーや匿名掲示板に溶けていくのも良いかもしれません。個人アカウントとしての影響力はゼロになりますが、許しは得られると思いますよ、法に触れない範囲では。
 
 私自身、やたらとボウボウ燃える昨今のインターネットには色々と思うことがあります。そして、中途半端に綱渡りを続けても得られるものは少なく、その苦しみを理解してくれるのは一部の人間だけで、大半の人は「おまえが望んでやっているんだろ、さあ、綱渡りを続けるんだ」以上の感想を持ってくれません。辛いですね。寂しいですね。でも、そういうものなんです。結局、その手のブロガーの道とは、暗夜行路の孤独な綱渡りなのです。
 
 あなたは、それでもブログを続けますか? 影響力なる虚栄の王冠を求めて、綱渡りのようなブログ運営をこれから何年も続けるおつもりですか? もし、そういった酔狂をやりたい動機や衝動があるなら、是非挑戦してみてください。大丈夫、あなたのブログが消えても、私はきっとあなたのことを忘れないでしょう。ブログのお墓にお線香をあげて菩提を弔うぐらいのことならできます。後顧の憂い無く、ブログ道を進んでください。
 
 他のブロガーさん、他の発信者さんについても同様です。お互い、長く生き残った側が消えていった側を記憶して、語り継いで、弔っていきましょう。先に逝くのは、あなたかもしれないし、私かもしれない。どうあれ、ネットという修羅の国で生きようとした者同士、頑張ってまいりましょう。
 
 きっと、あなたが燃えても私はあなたを助けられないし、私が燃えてもあなたは私を助けられない――ブロガーの仲とはそういうものだと思いますが、執着の灯火を燃やしながら、お互い、良い思い出を作っていけたらいいなぁと願います。
 
 
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*1:げんに、信頼や影響力を度外視して好き勝手なブログ運営をしているアカウントはごまんといます。