昨日、id:a-parkさんと「ネットリテラシーの怖い話をするオフ会」を開催した。こういう記事を書いている御仁だけあって、ネットリテラシーに対する鋭い意識、ネットアカウントの脈拍を感知しプロファイルする能力の高さは凄かった。機会があったら、また連絡会などやりたいと思う。
さて、その席上で、twitterでよく見かけるエアリプライの話が盛り上がった。エアリプライとは、【@相手のアカウント名】の通常リプライではなく、誰に言及しているのかを指定していないけれども、特定の誰か、または複数名と双方向的なコミュニケーションを意図したリアクションを打ち込むことだ。空中リプライとも呼ばれる。
このエアリプライ、かなりの頻度で見かけるのに、その功罪、リスクとベネフィットについてネット上でまとまった文章を見たことがない。そこで、エアリプライの危険性と対策について書き綴ってみることにした。
1.エアリプライはハイコンテキスト
エアリプライの良いところの一つは、エアリプライを交わす二者関係やグループ内で、コミュニケーションのショートカットができることだ。ツーカーの仲、阿吽の呼吸のエアリプライは、少ない言葉で複雑なニュアンスをまとめて伝達できる。また、誰に伝達するのか指定しなくても「あいつにはわかってもらえる」「あいつらには届く」がそれなりの精度で成立する。もちろん、@付きの直接replyのほうが確実だが、ストレートな物言いにまつわる面倒・無粋を回避できる。
仲間内を前提にしたエアリプライは、既存のコミュニケーションの文脈に頼っているからこそ、メッセージを最小化しても通じるし、「身内」にしか通じない暗喩も使いやすい。身内向けの暗喩が高度な場合、第三者にメッセージが誤配されるリスクを低下させてくれるオマケの効果がついてくる場合もある。ひとたび通じれば、「身内感」は強化される。
また「通じる奴にしか通じないメッセージが拾いあえる体験」「こいつにならきっと届くメッセージを拾って貰う体験」「自分だけはエアリプライを正確に解読し、こっそり通じ合っていると感じる体験」は、授業中にこっそり手紙を交換する小学生のような嬉しさがあり、情報の送り手/受け手双方が一体感を体感しやすいものでもある。
エアリプライには、こうしたメリットが間違いなくある。そして、そうしたメリットは、「身内同士の前提知識やこれまでのお付き合いの文脈」といったハイコンテキスト性に依拠している。
2.エアリプライは「思い込み」を防げない
問題は、エアリプライの情報ショートカットが、必ず狙った相手だけに届くものでも、意図した通りに届くものでもないことだ。さきほど“それなりの精度で成立する”と書いたけれども、逆に言えば、それなりの精度――たぶん90%ぐらい――しか伝わらないということでもある。
エアリプライの使い方次第では、全く知らない第三者から突然「俺のことかーっ!」と食って掛かられるかもしれない。嫌味なエアリプライを繰り返せば、@付きの宛先が書いてない以上、身内やターゲット以外の、全然関係の無い誰かの脳天に突き刺さってしまう事もあるだろう。あるいは、身内のAさんに届けたつもりのエアリプライが、身内のBさんの脳天を直撃して肝心のAさんには届かない、なんて事もある。エアリプライは、誤配の可能性が極めて高い。
いや、嫌味なエアリプライの誤配はマシなほうで、もっと面倒くさいのは、「好意の誤配」「称賛の誤配」だ。例えばAさんがBさんに送った好意や称賛のエアリプライを、自分宛てだと勘違いしてしまったら、どうなるだろう?一度や二度の勘違いなら、いいかもしれない。だが、自分はエアリプライの達人だと思い込んでいるくせに、何回も何十回も誤配と勘違いを重ねれば、実際に好意や賞賛を集めているのはBさんなのに、Aさんが高く買ってくれているという思い込み・幻想を深めてしまうだろう。そういった思い込みの強さは、相手に迷惑をかけたり自分が幻滅したりするリスクを高くするし、いずれ人間関係にも影を落とす。
エアリプライが@付きではない以上、こうした誤配や勘違いは絶対にゼロにはならず、真相は確認されないまま据え置かれやすい。少なくとも、@付きでストレートに真意を質問するか、直に会って確認するか、とにかく非-エアリプライ的なコミュニケーションを差し挟まない限り、エアリプライの応酬は思い込みや勘違いを誘発しやすい。思い込みの激しい人を相手取っている場合、特にそうだろう。良くも悪くも、エアリプライとは「仄めかし」でしかないのだから。
3.男女間のエアリプライはオススメできない
こうしたリスクを踏まえたうえで、男女間のエアリプライについて考えてみると、なんというか、ぞっとする。
もともと、色恋沙汰は思い込みや推測をグルグルさせやすい。そういう恋心、あるいは下心を持った人間が異性とエアリプライを応酬しようものなら、必然的に、万華鏡のような思い込みを誘発する。好意を持っているんじゃないか、嫌われたんじゃないか、一緒に水族館に連れていってもらいたがっているんじゃないか、etc……。
片思いであれ両思いであれ、twitter上でのエアリプライは、こうした思い込みを助長する事こそあれ、予防する事は無い。幸運に恵まれれば、エアリプライが男女の気持ちを近づける事もあるだろう。だが、ほんの一歩間違えれば、独りよがりな恋愛妄想に陥ったり、異性に一方的な勘違いを誘発したりするかもしれない。たとえば、妙齢女性のエアリプライは、思い込みの烈しい男性をネットストーカー化させるリスクを高めてしまうのではないか。
だから、女性が男性の目を意識しながらエアリプライをやるのは、普通はやめたほうがいいと思う。
4.集団エアリプライは空気に依拠している
グループ内の複数名を意識したエアリプライには、別種のリスクがある。エアリプライは、主語の曖昧な日本語の性質も相まって、しばしば、宛先だけでなく主語まで不明瞭になってしまいやすい。
これが、@付きで、主語のはっきりしたコメントなら、グループ内の空気とも無関係に言葉を届けられるし、誰が何を思い、誰に対して発言しているのかが明瞭になる。ところが、エアリプライ、特にグループ内を意識したエアリプライは、ハイコンテキストだからこそ「私はこう考える」ではなく「俺達のコンセンサス」「俺達みんなの共有感情」を語る言葉に変質してしまいやすい。毎回主語を明記しているなら話が違ってくるかもしれないが、実物のエアリプライの大半は、「I think 〜」の I を端折った、いかにも日本語らしい日本語で構成されている。
主語が伴わないということは、責任が伴わないということでもある。きわめて日本的で、村社会的な「空気の政治」という側面がある。それが心地良い人もいるだろうし、嫌味や悪口を仄めかすにはうってつけかもしれない。しかし、一歩間違えれば、太平洋戦争に突き進んだ頃の日本の政治のように、グループ内の空気やコンセンサスの一人歩きを許してしまうかもしれない。
- 作者: 山本七平
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2013/06/07
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (10件) を見る
先日広島で起こった“LINE殺人事件”にしても、「私があいつを懲らしめる」「私があいつを殺す」と主語をはっきりさせながら発言していた人間は、誰もいなかったのではないか。あのリテラシーの低そうな若者達が、LINEのコミュニティ上で、主語と責任を明確にした意思決定プロセスを経ていたとはちょっと思えない。
もちろん、あの事件はオフラインに火種があればこそ発生した事件なので、オンラインで完結したネットコミュニティでは人は死なない。しかし、コミュニティが空気に依拠し、その空気に働きかけるエアリプライが堆積し続ければ、コミュニティ内の意見、あるいはコミュニティ内で通用するネットリテラシー感覚があらぬ方向に変化し、「うちらの世界の暴走」を招き寄せる可能性はあるだろう。
5.エアリプライへの傾向と対策
以上を踏まえ、エアリプライの取り扱いについて私見を述べてみる。
1.私は「エアリプライをやるな」とは思わない。身内同士のツーカーは気持ち良いし、そうしたエアリプライが不特定多数にバズった結果としてシンパシーや「あるある」を生むこともあるからだ*1。ある意味、エアリプライは日本のインターネット習俗の一面でもある。
2.ただし、エアリプライを無思慮に使いまくるのは危ない。頻繁にエアリプライを飛ばし、ハイコンテキストなコミュニケーションに依存するような使い方を続けていると、仲間意識を暖めているつもりが、いつの間にか軋轢や対立を生み出す源になってしまうかもしれない。ある種の注意深さ、用心深さをもってやるべきものだと思う。
3.疑心暗鬼に陥るぐらいなら、@付きの名指しリプライで真意を確かめるか、オフラインでちゃんと確かめること。エアリプライのコメントを全スルーし、話半分と割り切ってかかるのもいい。エアリプライにみちたタイムラインなんて、思い込みや誤解がいつでも起こりそうな、言葉の地雷原みたいなものなので、悪意にせよ、好意にせよ、深入りすれば悲劇や喜劇の源になる。特に、男女のエアリプライは普通はやめたほうがいいし、異性からのエアリプライは全スルー推奨だと思う*2。ニュアンスのぼやけた文字列を深読みしても、いいことなんてありませんよ?
4.コミュニティやグループの空気を操作する仄めかしは程々に。そんな事ばかりしていると、陰湿な、腹の探り合いのようなコミュニティになってしまい、結果として居心地が悪くなってしまうだろう。少なくとも、ジメジメしたコミュニケーションを嫌うような人は、エアリプライでそういう空気の醸成に手を貸すようなヘマはやらかしてはいけない。
こうした諸々を弁えるなら、エアリプライもそう悪いもんじゃないと思う。けれども、エアリプライは明らかに癖の強い、手ごわいコミュニケーション様式だ。たくさん使いたいなら、その特性を熟知し、できるだけリスクを減らしておくべきだと思う。