シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

オタク界隈で、まともな大人がまともに描かれるようになった

 
 ラノベにオッサンが出る幕は有りや無しや - Togetterまとめ
 
 リンク先では、「ライトノベルで、三十代や四十代のおっさんが描かれる余地はあるか否か」に関するツイートがまとめられている。ライトノベルというジャンルでは思春期〜より若い年代が描かれる傾向が強い、という話になっているようだ。
 
 この傾向は、ラノベだけでなく、いわゆるオタク界隈向けのアニメやゲームに関してもある程度当てはまったと思う。思春期のキャラクターはしっかり描かれるけれども、>壮年期以降の、まともに大人をやっている人物が丁寧に描かれる例は少なかったと思う。オタク界隈の作中で、中年世代や老年世代が描かれる際には、
 
 1.「乗り越えるべき対象」「敵」「主人公の異能を強調するための噛ませ犬」
 2.理想化されてはいても物語の本筋に立ち入って来ない、人畜無害のNPC*1
 3.ネタ化の顕著なキャラクター
 
 といったテンプレートに収まりがちで、三十代四十代を迎えた世代が実年齢そのままの感情移入をしやすいキャラクターはあまり見かけなかった。そもそも、壮年期や老年期の感情・立場を丁寧に描いた作品自体が少ない。
 
 ただし、思春期心性なファンだけを顧客としているジャンルに関しては、そういった「思春期世代から見た中年キャラクター」だけでも十分なわけで、その事を欠点とみなして責めるのはお門違いではあろう。ライトノベルのように高度に記号化・スリム化し、十代の読者をたくさん抱えたジャンルではそうだと言える。『アンパンマン』が中高生の感情移入に適していないと言って腹を立てるのがナンセンスなのと同じく、『ゼロの使い魔』や『僕は友達が少ない』が三十代四十代が実年齢そのままの感情移入に向いていないと非難してもしようがない。
 
 そのライトノベルに限らず、思春期真っ盛りなニーズに応え続けてきた帰結として、最近までのオタク界隈は思春期中心主義とでも言うべき作品群が主流になっていったのだろう。親子の問題にアプローチした『とらドラ!』のような作品でさえ、思春期のアングルに徹していたと思う。
 
 

2011年、「まともな大人がまともに描かれた」

 
 ところが今年の深夜アニメでは、年上の世代が実年齢そのままに感情移入しやすいキャラクターを、やたらと見かけた。
 
 具体的には、『花咲くいろは』『うさぎドロップ』『まどか☆マギカ』には、三十代四十代の大人が感情移入したくなるような大人が混じっていた。『TIGER & BUNNY』の虎徹にしても、歳を取って所帯を持った人物らしい心境を折々に見せてくれていた。これらに登場した大人達は、「大人を描けない人がいかにも描いたような大人のテンプレ」とはかけ離れていた――理想そのまま親でもなければ、エゴの権化でも倒すべき悪でもない、goodでもbadでもない大人達が、それなりに微妙に描かれていたと思う。
 
 そういえば、駄目な大人の見本市だった『新世紀エヴァンゲリオン』も、世紀を跨いだ新劇場版では大人の描かれ方が違っていた。思春期を引きずったまま加齢した、駄目な父の鑑・碇ゲンドウにすら親らしさの兆しがみられ、葛城ミサトも90年代に比べて大人びて描かれていた。あんなに駄目な大人の見本市だったエヴァなのに…。
 
 また、現在放送中の『Fate/Zero』のキャラクターの一部も、年長世代の感情移入に適しているように見えるし、その最たるものが、雁夜のおじさんだろう。尤も、『Fate/Zero』の場合、登場する大人達のうちどれぐらいの割合が「いわゆる駄目な大人」で、将来に禍根を残すような人物なのかは、推して知るべしだが。
 
 数年前、私は「壮年オタク向けコンテンツが減って困るかも」となどと心配していた。けれども最近の界隈を見る限り、どうやら杞憂に過ぎなかったらしい――壮年世代がストレートに感情移入ができるアングルを備えた作品が現れて、そういう作品もちゃんとヒットしているのだから*2。こうなったのは、オタク界隈にも歳を取った視聴者が増えてきたせいかもしれないし、作品の送り手自身の加齢による変化かもしれない。たぶん両方だろう。ともあれ、いちいち思春期に立ち戻らなくても感情移入できる作品がリリースされるのは(私などには)ありがたいし、今後、アニメやゲームに出てくる壮年世代の心理描写がより丁寧に・より多様になっていくとしたら、素敵なことだなぁと思う。
 

*1:いわば『Kanon』の秋子さん的な。

*2:なお、それとは正反対に、三十代四十代の視聴者が、実年齢から遠ざかった感情移入を促進するような作品も着実にリリースされ、それなりにヒットしているようにも見える。