シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「コミュニケーション能力」をちょっと解剖してみる

 
 妄想:会社がコミュニケーション能力を求める理由 - 発声練習
 
 「コミュニケーション能力。」
 よくわかんない言葉ですね。
 
 この「コミュニケーション能力」という言葉をあちこちで見かけるようになって随分経ちますが、それが一体何を指すのか、具体的にどういう能力なのかピンと来ません。今回は、その「コミュニケーション能力」という怪しい単語を、ちょっとだけ解剖してみようかなと思います。
 
 

「コミュニケーション能力」という言葉は、RPGの「攻撃力」やドラゴンボールの「戦闘力」に近い

 
 ゲームやアニメの分野には、「コミュニケーション能力」という言葉に性質が似ていて、それでいて知名度が高いものがあります。それは、ロールプレイングゲームの「攻撃力」やドラゴンボールの「戦闘力」といった言葉などです。
 
 例えばロールプレイングゲームに登場する「攻撃力」。
 この「攻撃力」という言葉だけを取り出してみても、具体的に何がどう強いのかよくわかりません。しかし、ゲーム中の「攻撃力」は、キャラクターの筋力・所有している武器の攻撃力・スキルによる倍率 などといった複数のパラメータにもとづいて算出されており、「攻撃力」を高めたいと思ったプレイヤーは、「攻撃力」そのものをどうこうできるわけではなく、攻撃力の算出元となっている下位パラメータを強化するよう心がけなければなりません――レベルをあげて筋力を強くするとか、強い武器を買うとか、攻撃力に影響しそうなスキルを身につけるとか、です。
 
 ドラゴンボールの「戦闘力」も、登場人物達は戦闘力そのものを鍛えているわけではなく、スピード・パワー・技能・界王拳などすべてひっくるめて鍛えた結果として「戦闘力」が高まっているということでしょう。
 
 「コミュニケーション能力」という抽象的な概念も、これらとだいたい同じです。総合能力の喩えとしては悪くないかもしれませんが、「コミュニケーション能力を向上させよう」という表現は「戦闘力を向上させよう」という表現と同じぐらい抽象的です。実際に意識すべきは、「コミュニケーション能力」と総称されるものを構成するたくさんの要素群で、それらを向上させてナンボということになります。
 
 

「コミュニケーション能力」の下位パラメータを考えよう

 
 では私達は、どんな要素の集まりを「コミュニケーション能力」と総称しているんでしょうか?
 
 コンピュータゲームの「攻撃力」が、多くても10個前後ぐらいのパラーメタから算出されるのに対し、人間の「コミュニケーション能力」を形成している要素は、ほとんど無限で、しかも要素ごとに複雑に絡み合っています。ですから「コミュニケーション能力」の下位パラメータをすべてピックアップしようとしても無理ですし、各要素を厳密に分類してモデル化することもできません。そのことを踏まえたうえで、ここでは、【知識があればすぐできる】【経験を積めばスキルアップできる】【経験を積むだけでは困難】に分けて幾つかの要素をピックアップしてみます。
 
 
 【知識があればすぐできる要素】
 
 ・社交上のマナー:名刺の交換や履歴書の書き方、冠婚葬祭のマナー、宴会の時の上座下座などの知識は、知っていたからと言ってコミュニケーションに寄与するというほどではありませんが、知らずに行動した場合、コミュニケーション能力を低く評価されるリスクが高まります。
 
 【経験を積めばスキルアップが可能な要素】
 
 ・きちんとした挨拶や姿勢:気持ちいい挨拶や、背筋のまっすぐ伸びた姿勢などは、知識として知っているだけでは出来ません。それらが自然な振る舞いになるには、日頃からの実践し、身につけておく必要があります。例えば、普段から声を出し慣れていない人が大きな声ではっきり挨拶をしようとしても、相手に自然な印象を与えるのは意外と難しいものです。
 ・身だしなみのTPO:服装や髪型など、身だしなみのTPOについても同じことが言えます。特に、普段からTPOを省みない人が、急に服装や髪型を取り繕ってみても、「こいつ、普段は身だしなみに気を遣ってないな」といった風に相手からは丸見えです。挨拶と同様、日頃の積み重ねがモノを言うファクターです。
 ・化粧:服装と同じく、化粧に関しても、運用経験が乏しい人が急にやろうとしても結構難しいものがあります。大事な場面で化粧するなら、それなりに運用実績を積み重ねておいたほうがローリスクでしょう。
 ・笑顔:人と会う時にはまず笑顔からという、いわゆる営業スマイル的な笑顔は、一見すると難しそうに見えて、修練すれば結構身につくものです。しかも、コミュニケーションの印象はちゃんと向上します。マクドナルドがハンバーガーやフライドポテトと一緒にメニューに並べるだけのことはあります。作り笑いだとバカにすべきではありません。
 ・わかりやすい表情:読み取りにくい表情しか作れない人は、「何を考えているのか分かりにくい人」という評価に甘んじる可能性があります。一方、読み取りやすい表情を必要な時に必要なだけ作れる人は、意図をはっきり伝えやすいというメリットを得ます。複雑なニュアンスを含んだ表情をつくるのは難しいですが、わかりやすい表情をつくることに関しては、経験次第で結構いけます。そして顔の表情筋は使わなければ発達しませんし。
 ・発声のイントネーション:発声のイントネーションは、それが適切に用いられれば、わかりやすい表情と同じくらい意思伝達に寄与します。一方、イントネーションを欠いていたり、不自然すぎるイントネーションが多い場合、こうしたサポート効果は得られません。このあたりも、普段の会話の積み重ねがものをいいます。
 
 【経験を積むだけでは困難な要素】
 
 ・相手の立場や動機を推測する習慣:いわゆる「空気を読む」にもいくらか通じるところですが、その場の人間がどのような立場や動機を背負って場に臨んでいるのかを推測する習慣が、ある人と無い人では、コミュニケーション能力の評価は天と地ほど違います。相手の利害や気分を侵害することを喋っても気付きにくいタイプの人や、自分の立場や動機を自己主張するくせに他人の立場や動機を省みようとしない人などは、非常に低く評価されてしまうでしょう。しかしもとから自分にしか関心が無いタイプの人の場合、この習慣を身につけるのはかなり大変だろうと思われます。
 ・相手の非言語メッセージを読み取る能力:自分の表情を分かりやすく表出するのに比べて、こっちは鍛えにくいかもしれません。例えば小さい頃から言語に頼ったコミュニケーションに偏っていた人が、大人になってから非言語なメッセージを読み取ろうとしても、そう簡単には身につけにくいでしょう。
 ・他人の表情からの被影響性:表情が読み取れれば無条件にコミュニケーション能力にプラスかというと、そうでもありません。相手の表情に影響されやすすぎる人は体よくあしらわれるのがオチで、「人の顔色に転がされる人物」と評価されてしまいます。
 ・性格など:そのほか、性格や癖や処世術の類はコミュニケーションの実践性や評価に大きな影響を与えているのは間違いないですが、変更しようと思っても簡単に変更できるものではありません。
 
 

コミュニケーション能力を高めたい人は、最低でも「五カ年計画」を

 
 あるいはこのほかに、地域や相手によっては、外国語の語学力・ローカルな地方ルールの知識・教養などがコミュニケーション能力の算出式に組み込まれるかもしれません。
 
 ともあれ、「コミュニケーション能力」の要素群をちょっと考えてみるだけでも、就職活動の頃になって「コミュニケーション能力を鍛えましょう」などと言うのがいかに空しいことかわかります。コミュニケーション能力を形成する要素の多くは、年単位の経験と熟練があってはじめて身に付くものであり、なかには性格や表情読み取り能力のような“三つ子の魂百まで”っぽい要素までもが含まれています。どう考えても、一朝一夕に身に付くものとは思えません。
 
 子どものうちならともかく、思春期以後に「コミュニケーション能力」をどうにかしたい人は、最低でも「五カ年計画」ぐらいは必要なんじゃないでしょうか。
 
 もしあなたが大学入学と同時に「コミュニケーション能力を鍛えよう」と思い立ったとしても、卒業までにたった四年、就活までに三年しかありません!もともと素養に優れているか、運に恵まれている人でない限り、三年四年という数字はいかにも短すぎます。コミュニケーションの実践と修練は、受験勉強のようなものよりむしろ体育に近い分野なので、日頃の行いを地道に積み上げていくしかありません。
 
 「コミュニケーション能力」とまとめて呼ばれる要素群は、なるべく若い頃から、腰を据えて、時間をかけてコミュニケーションに取り組むことでしか向上しないと思います。