シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

二次元キャラに初恋した人は幻想を砕いてもらえるのか----『秒速5センチメートル』問題

 
 

秒速5センチメートル [Blu-ray]

秒速5センチメートル [Blu-ray]

 
 
 二次元の美少女キャラクターに初恋しちゃった人って、どうなっちゃうんだろう?結構難しくありませんか?というのが今回のエントリの主旨です。
 

初恋は、異性への思い込み・幻想から醒めるたいせつな機会

 
 第二次性徴を迎えて間もなく、初恋って、あるじゃないですか。これが例えばクラスメートの女子とかが対象だったら、仮に恋仲になれたとしても、進学したら距離が離れていくだとか、喧嘩したり幻滅したりして…とにかく、夢から醒めていく機会が幾らでもあります。片思いで終わった場合も、好きだった女子に二年ぶりに会ったらケバい化粧をしていて幻想が一発で吹っ飛んだとか、いずれにしても、初恋特有の思い込み・異性に対する幻想イメージが修正される機会がいくらでも起こり得ます。
 
 こうした事情もあって、初恋が成就するということは滅多にありませんが、でも、こうした経験がなければ、異性に対する過剰な幻想・理想化されたイメージは修正しにくいことでしょう。自分の幻想と現実異性との違いを目の当たりにしてはじめて、勝手に思いこんでいた異性イメージと現実異性とのギャップに気付き、そのギャップを是としたうえで自分とは異なる他人を好きになれるようになっていく、のではないでしょうか。
 
 

二次元美少女に初恋しちゃったら、幻滅できない

 
 じゃあ、初恋の相手が二次元美少女だったら、どうなるか?
 
 初恋の相手が二次元美少女だった場合、幻滅する機会が殆どありません。「キャラ」の枠をはみ出ることもなければ、歳をとることもありません。誰かの嫁になってしまうこともなければ、ケバい化粧をはじめることもありません。綾波レイは今でも綾波レイのままですし、神尾観鈴はずっと神尾観鈴のままでしょう。彼女達は(ブルーレイやDVDなどの)記憶媒体のなかにいつまでも留まりますから、会いたい時にはいつでも会えます;時間的にも空間的にも距離が離れていかないし、永遠にかわいいままでいてくれます。
 
 このため、二次元美少女に初恋してしまったら、その初恋が幻滅という形で終わることはなく、初恋特有の思い込み・異性に対する幻想イメージが修正される機会は得られません。「飽きる」ことはあっても「幻滅する」ことは無く、異性に対する幻想イメージはいつまでも保持されることになります*1
 
 しばしば、「二次元美少女キャラは現実女性よりも素晴らしい」というフレーズを2chあたりでは目にしますが、このフレーズは、良く言えば二次元キャラは裏切らない、悪く言えば二次元キャラには幻滅機能が欠落していることを反映していると思います。現実の異性にアプローチしてしまったら不可避の、過剰に理想化された異性への幻想イメージ喪失が無いからこそ、そうした幻想を失いたくない・理想化された少女のイメージを手放したくない人達にとって、「二次元キャラは現実女性よりも素晴らしい」のでしょう。
 
 しかし、幻滅機能が無いということは、いつまでたっても異性に対する幻想イメージと現実異性とのギャップを埋める機会が無い・自分自身の思い込みとは異なった異性の振る舞いに対する免疫を身につけることが出来ない、ということでもあります。どれだけ二次元美少女遍歴が長かろうとも、初恋の中学生のような、異性に対する幻想・過剰な期待・“異性かくあるべし”は修正されようがありません。
 
 

終わりなき『秒速5センチメートル』

 
 こうなるともう、リアル『秒速5センチメートル』状態です。目の前の異性を愛したいとか、目の前の異性の矛盾や気まぐれも含めてまなざすとか、そういうのを度外視して、純化された初恋の幻想をひたすら追い求め続ける・幻想を異性に投影したがる、という人間が出来上がるのではないでしょうか。
 
 『秒速5センチメートル』の主人公は、初恋の幻想をいつまでも引きずった挙句、周りの異性に初恋の幻想を投影してはサンチマンタリズムに耽る男性でした。幻滅する機会の無かった初恋を経験した事それ自体は、たしかに彼の幸運だったかもしれませんが、その初恋の幻想に彼は囚われてしまい、誰も愛せない・誰も幸せに出来ない大人へと加齢していきます。
 
 ラストシーン、既婚となった初恋の相手とすれ違い、主人公がようやく初恋の幻想から解放されたらしき描写で『秒速5センチメートル』は終わります。しかし、二次元キャラが初恋の場合、こういうことは起こりません(二次元キャラは、結婚もしなければ歳も取りませんから)。いつまでも幻想を抱き続けてしまえる・いつまでも幻想に囚われたまま脱するチャンスを得られない、そんな状況が続くのです。
 
 近年では、初恋の相手が中学校のクラスメートなどではなく、二次元メディアの美少女キャラクター、という人もだんだん増えてきていることでしょう。幻滅しない初恋・醒めることのない初恋という点では、幸せな初恋と言えるかもしれません。しかし一方で、初恋に幽閉されてしまったり、無意識のうちに初恋の幻想を異性に期待してしまう・初恋の幻影を投影してしまう癖がついてしまうリスクも大きそうです。
 
 『秒速5センチメートル』という作品からも伝わってくるように、いつまでも初恋の幻想を抱えながら生きていくのは、なかなか孤独でしんどそうです。もしかしたら、チャンスも逃しているやもしれません。“醒めることのない二次元への初恋”は、ほんとうに幸福なのでしょうか?
 
 

*1:例外は、『かんなぎ』非処女騒動のようなパターンです。しかし、あの騒動は、処女性も含めて、いかに二次元美少女キャラクターが消費者の幻想を担わされているかを浮き彫りにしてくれる出来事だったと思います