シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

マスメディア越しの不安と“分かりやすさ”

 
 
 秋葉原の事件について、「犯罪心理学の偉い先生」が解説していたのをNHKのニュースで見かけた。
 
“劇場型犯罪”。
“ヒーロー気分”。
 
 聞き覚えのある単語が並ぶんで、かなり分かりやすい解説だったと思う。容疑者の“動機”の何%かに関しては、あの分かりやすい解説も当たっているんじゃないかな、と思った。
 
 でも本当は「犯罪心理学の偉い先生」だって、そんなに分かりやすく解説出来てしまえるものでは無いことぐらいは、承知していると思う。限られたコメント時間内で、大ハズレの無い解説をするように求められる立場。その限られた立場のなかで“専門家の意見”を求められ、実際に紡ぎ出せる言葉というのはおそらく少ない。本来ならもっと時間をかけて接近すべきsubjectに対しても、あの先生がたは即時即答の、分かりやすいコメントを要求される。そこら辺のもどかしさを内心感じながらも、最適のコメント・最適な解説を心がけていらっしゃるのだろうな、と想像した。
 
 

コメンテーターとマスメディアの、不安解消機能

 
 本来は、分かりやすいコメントでさっさと整理してしまう事ほど、対象への微細な接近と理解を妨げるものはない。そういう意味では、マスメディアを流れるこの手の分かりやすいコメントは、犯人像への接近をむしろ困難にするような、ステロタイプ落とし込み作業と言える。ただ、じゃあコメンテーターやマスコミのやっていることがクソなのかというと難しいところで、今回の事件のような報道に際して「まだ分かりませんので時間をかけて接近していきます」などとマスコミが言っていられる余地があるのかというと、なんだか凄く難しいような気がする*1。民放のうち一社だけが「当社では時間をかけて犯人像に接近していきますので、半年ほどお待ち下さい」とやっても、余所の会社が分かりやすい解説をしていたとしたら見向きもされないだろうし、そんな事が出来るわけがない。どうあれ、マスメディアは分かりやすい解説や、視聴者が「なるほど、分かった(から他人事だ)」と安心出来るようなコメントを、垂れ流すよう追い立てられてもいる。
 
 “報道は事実の伝達を使命とする”が、殺人事件などの報道----とりわけ、動機のみえにくい事件や、グロテスクとみなされる事件----を視た時、視聴者は、不安に駆られずにはいられない*2。不安と一言で言っても、そのなかには自分も被害者になるかもしれないという思いもあれば、自分自身の内側に潜んでいる攻撃性や同属性への懼れも含まれているだろう。いずれにせよ、その不安を抱えたまま「分からないこと」を「分からないまま」に留保することは、簡単なことのようで実はそれほど簡単なことではないと思う。不安を解消しないままに分からないと留保をするよりは、分かりやすい解説を求めてしまうのが、ありがちな人間心理なのではないか。ニュース速報を眺める人の過半数は、不安を留保してまで容疑者心理に接近するよりは、分かった気分になって安心したがるのではないか、と私は思うし、それは致し方のない部分を含んでもいる。そして良くも悪くも*3、その不安を解消する為のツールとして機能するよう、マスメディアは無言の期待をされている。
 
 だから今回の件の“劇場型犯罪”とか“自己顕示欲”などといった解説も、ひとまず視聴者の不安を軽減させるという機能を担っている(担ってしまっている)、と思う。それが良いことなのか、悪いことなのかは、私には判断がつかないが、「全く動機が未知」というよりは、その筋のオーソリティが与えてくれる解説があったほうが事件報道で惹起された不安は薄まるだろうし、“天狗の仕業じゃー!”と報道するよりは、オーソリティに答えて貰うほうが色々マシではある。尤も、これがマスメディアが不安を煽って→専門家の解説で“不安ごと視聴率を回収する”というマッチポンプの図式だとしたら相当に悪質だが、マスメディアもそこまで落ちぶれていないと私は思いたいし、個々のコメンテーターも最善を尽くしている、と信じることにする。
 
 

でも、やり過ぎは良くないと思います

 
 とはいえ、不安を解消する為に有用な“分かりやすさ”なら、どれだけでも容疑者をステロタイプに落とし込んでしまって良いのか?には疑問を感じることもある。最近私が気になっているパターンは、「二次元にしか興味のない容疑者」に話を回収させるやり方だ。「二次元美少女に興味のある奴は別人種」という思っている視聴者の不安を解消するだけなら、なるほどこれは効果的な切断操作といえる。しかし、このやり方ではレッテルに対する偏見は一層高まってしまうし、オタク趣味を持っている人達の不安はちっとも解消されない。そういう意味で、以下のFNNの報道内容は、度が過ぎているんじゃないのか、と思った。
 
 
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00134361.html
痛いニュース(ノ∀`) : 【秋葉原通り魔】 「アニメなど2次元世界にしか興味がない」 加藤容疑者の素顔 …カラオケではアニソン、部屋には同人誌 - ライブドアブログ
 
 容疑者の解説にあたり、カーマニアの話からはじまり、自衛隊グッズ、同人マンガ、アニソン、二次元と、オタ度を少しづつエスカレートさせる並べ方が嫌らしい。「要は、オタクなんです、オタクだからやったんです、オタクじゃ仕方ないんです。あ、オタクじゃない人は他人事ですからご安心を」とでも言いたいのだろうか。この報道はとても分かりやすい筋書きなので、オタク趣味と無縁の人は「あらまぁオタクって嫌ですわねー」と言いつつ不安を解消するには最適かもしれないが、ちょっとやり過ぎなんじゃないだろうかと思う。もちろん、この報道が犯人像への接近や、動機の真剣な究明を意図したものとは私には思えない。オタクなら人を刺す、などという“勘違い”が広がるのもいただけない。幾ら視聴者の不安があるとは言っても、分かりやすけりゃいいってモノじゃない。
 
 ただ最終的には、視聴者が「分からないことを分からないまま留保して考える」「分からない不安を抱きつつ考える」が出来ない限りは、マスメディア(特に民放)は分かりやすさを優先させざるを得ないだろうな、とは思う。しかし現代の日本社会で、個々人が不安を抱えながら分からないことを留保するという態度が果たして取り得るのか・もし取り得るとしたらどのような条件が必要なのか、は相当な難題だ。お隣さんの顔も価値観も分からない都市空間のなかで、分からないことを分からないと留保することが、私達にどこまで可能なのだろうか。
 

追記:産経ニュースで[これはひどい]

 
 そうこうしているうちに、もっとひどい切断操作を発見。
 
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080609/crm0806091940038-n1.htm
 

ダガーナイフは、有名なゲームソフト「ドラゴンクエスト」などにも“アイテム”として登場、ゲーム好きの面を見せる加藤智大容疑者(25)をひきつけた可能性もある。

 ( ゚д゚)
 ちょ、ちょっと待て。ドラゴンクエスト?アイテム?ひきつけた可能性?おいおいおい!
 もう、なりふり構わずらしい。
 
 

*1:ただ、NHKなどはそういう仕事を受け持ってくれると嬉しいなぁという気はする

*2:この不安を無くそうと思ったら、事件報道を統制していく方向に進むしかないだろう

*3:個人的には、悪いことに、と言いたくなってしまう