シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「やってみること」「お互い様」についてのメモ

 
 Latest topics > やりたいことと、やってみたいことと、やれること、やり続けられること - outsider reflex
 (以下の箇条書きメモは、リンク先の文章を読んで感じた、piroさんへの私信です)
 
【やってみる、ということについて】

  • 程度問題もあるにせよ、実際に自分が体験してみて初めて、それをやった・経験したと言いたくなるのは僕も同意見です。例えばナタデココや納豆といった食べ物について幾ら本で読んでも、実際に見て口に入れてみなければそれを理解することは出来ません。尤も、ロックフォールチーズのように、ある種の閾値を超えなければ「味わうという経験」にすら至らない体験というものもありますし、プログラミング一年生と六年生、取り扱っている言語、等々の内容的相違によっても色々な違いはあるでしょう。
  • まだ色々なことを経験していない思春期の男女においては、生命や身体にリスクのかからない範囲であれば、たといやってみてつまらない事でも、やってみておく事自体に大きな意味があるような気がします。
  • あと、「やろうと思えばやれることが確認済みだけどやらない」という事と、「確認することなく歳をとってしまい時機を逸して出来なくなった」という事の間には、雲泥の差があることにも注意を向けておきたいです。

 

【迷惑と信頼について】

  • 交際相手や取引相手、友人知人に迷惑をかけるかもしれない・信頼を裏切るかもしれない、という意識を持つこと自体はすごくまっとうだと思います。けれども、それに拘りすぎるのはどうなのか、という気もします。どれほどフィットした人間関係であっても、持ちつ持たれつ、時にはお互いに迷惑をかけながら生きているのが実情ですから。
  • そういう意味で、個人が誰にも迷惑をかけず誰の信用も裏切らない最善の方法は、誰とも接点を持たずに引きこもることだと思います。人と付き合えば付き合うほど、迷惑をかける場面や信用を裏切る場面は回数的には増えるでしょう(だから、一番迷惑をかけないのは、誰にも関わらない空気人間であって、一番気の利く人ではない点に注目)。
  • ついでに言えば、誰からも迷惑を被らず誰からも裏切られたくないという人が確実にその要求を満たす方法も、やはり引きこもることだと思います。人と付き合えば付き合うほど、迷惑を被ったとか裏切られたと思うことは増えるでしょう。
  • 「裏切りたくない・迷惑をかけたくない」という強迫性は「裏切られたくない・迷惑を回避したい」という強迫性とコインの裏表のようにも感じるのですが、如何でしょうか。
  • 生きている限り、持ちつ持たれつお互い様のなかで生きている以上は、過剰に「迷惑」「信頼」に拘りすぎると何も得られないばかりでなく何も与えることも出来ないような気がします。また逆に、過剰に「迷惑」「信頼」に拘りすぎる相手との間では、何も与えられず何も得られないような気がします。
  • 「迷惑」や「信頼」に関して、お互いにある程度の許容やあそびがある同士のお付き合いが、結果として生産性を最大にするのではないか、と思ったりもしています。些末なレベルの迷惑に関しては、ある程度目を瞑りあえないと、釣り合うシーソーも釣り合わないような気が。

 
【私見】

  • 個人的には、大きな迷惑をかけた・信頼を裏切った、と思ってからが勝負ではないかと思っています。試行錯誤の人生のなかで、単回のトライアルのうちに間違いや迷惑を含むのは殆ど不可避でしょうから。しかし、次に同じような人間関係を締結する人との間では、同じ迷惑や落胆は避けたいと思いますし、そのような努力はあっても良いと思います。
  • これは、大きな迷惑をかけられた・信頼を裏切られた、と思った場合にも言えることで、大きな迷惑や落胆を故意にもたらす人間を次回は回避出来るよう学習するなり、相手が迷惑や落胆をこちらにかけてしまうような羽目になってしまわないような関係づくりを検討したり、試行錯誤できる余地は色々ある筈です。
  • あと、塞翁が馬みたく、当初は「迷惑」で「裏切り」と感じられたものが、事後的には「恩恵」に化けることも時にはあるようで。未来をまなざす射程距離の長短という要素まで加味すると、実際に相手に迷惑をかけたか否かや、相手にメリットをもたらしたか否かは本当に分かりがたい、と思ってます。
  • 好きだと思って自分から関わる好きな人達に、出来るだけ迷惑や裏切りを含まぬお付き合いが出来たらと祈ってはいます。また、頂いた恩義や義理をときに振り返って感謝ながら、あまり忘恩せずにいたいとも思っています。「ありがたい」「すまない」「義理や恩義を感じる」といった感情を、投げ掛け合うことの出来る人達とは、出来るだけ良い縁を保っていたいと思います。それでも上手く行かないこともあるでしょうし、別れは必然ですが、もし少しでも多く良い時間を共有出来たなら、その出会いは良かったんだ、と思うことにしたいです(それすら困難なことの多い人の身ではありますが)。