シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

『人間の本性を考える 下巻』箇条書き集

 
 本棚で性淘汰に関連した調べ物をしているうちに、スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える』に捕まって再読してしまった。この、スパイスあふれる書物に触れるとどうしても好奇心を刺激されてしまう。そこで今回、本の布教活動をかねて、下巻のなかの箇条書きを幾つか抜粋して、ブログに記録しておくことにした。なお、さすがに全部の巻のを抜粋するのは気が引けた&根性が保たなかったので、下巻のみです。あしからず。
 

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (下) (NHKブックス)

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (下) (NHKブックス)

 
(P30-31心の仕組みとユートピアについて考える際に参照すべきとされているものを抜粋。)

  • 家族の結びつきはあらゆり人間社会で最優位であり、その結果として身内びいきや相続が訴求力をもっている。
  • 人間の集団では、共同分配のおよぶ範囲は限定され、互恵主義の精神のほうがより一般的である。その結果として、互恵主義が実践できない場合には社会的手抜きや、公共への貢献の激減という現象がみられる。
  • 人間の社会には(平和的とされている狩猟採集民を含め)、支配や暴力が普遍的にみられ、その根底に遺伝的、神経学的なメカニズムが存在する。
  • 自民族主義をはじめとする集団対集団の敵意が諸社会に普遍的にみられる。そうした敵意は私たちの社会内の人々の間にも、容易に生じ得る。
  • 知能、誠実さ、反社会的傾向は部分的に遺伝性であることから、たとえ経済システムが完全に公正であってもある程度の不平等さが生じることが示唆される。したがって私達は、本来的に平等と自由のトレードオフに直面する。
  • 防衛機制、自己奉仕的バイアス(自己の行為が成功した場合は内的要因に、失敗した場合は外的要因にそれを帰属させる傾向)、認知的不協和の低減など、自分の自律性や賢明さや誠実さに関する自己欺瞞が広くみられる。
  • 血縁者や友人をひいきする、タブーの心理傾向に影響を受けやすい、道徳性を従順さや階級や清浄さや美と混同しやすいなど、道徳感覚のバイアスが存在する。

 

(P125-127、男女の差異は生殖器レベルのものだけに留まらないとしてあげてある差異)

  • 性差は、道路の右側通行・左側通行の決定のように西洋文化の恣意的特徴ではない。全ての文化において男女はそれぞれ異なる本性を持っているとみなされている。男女の労働分担は、その根絶に努めたイスラエルのキブツにおいてさえ発生した。どの文化でも、男は女より攻撃的で盗みをする傾向や、戦争を含めた暴力に走る傾向があり、口説き、誘惑し、セックスの見返りに恩恵を提供することが多い。また全文化にレイプがあり、同時にレイプが禁じられている。
  • 動物界全体として、雌のほうがそれぞれの子どもに多くのカロリーやリスクを等ししなければならない場合(例えば雌が妊娠、授乳をするほ乳類の場合)には、子どもが生まれたあとの養育にも雌のほうが多くを投資するこの投資差に伴い、配偶機会を巡る争いは雄のほうが熾烈になる(多くの相手と配偶することで子どもが増える確率は雄のほうが高くなる為)。平均的な雄が平均的な雌より体が大きい場合、進化過程で配偶機会を巡る雄同士の競争が強かったことを物語っている。
  • 他の霊長類、ほ乳類全体として、雄は雌よりも攻撃的に争う傾向があり、複婚が多い。雌は子どもに多く投資する傾向にある。ほ乳類の多くは縄張りの空間的配置を幾何学的に把握し動き回る能力が高いが、通常、雄のほうが広い縄張りを持っている。ちなみに人間の狩猟採集民においてもこの特徴は合致する。男性のほうが頭のなかで地図を参照したり三次元の回転をしたりするのが得意なのは、偶然ではないかもしれない。
  • DNAの多様性は、Y染色体よりも(女系由来の)ミトコンドリア染色体のほうが遙かに高い。これは、何万年にもわたって男のほうが女よりも、繁殖成功度の分散が大きかったことを示している。かみ砕いて書くなら、女は均等に子孫を残せたが、男は一人も子孫を残せなかった者と沢山子孫を残した者のばらつきが大きかった。←雄が配偶を奪い合い、雌が質の良い雄を選ぶ性淘汰!
  • 男児の脳と女児の脳は発生の段階から分かれていくメカニズムを持つ。エストロゲン・アンドロゲンなどは一生、男と女の脳に影響を及ぼし続ける。大脳辺縁系や視床下部、海馬、扁桃体、大脳皮質などに性ホルモン系のレセプターが発見されている。
  • 脳の解剖学的性差。男の脳は女の脳よりニューロン数が多いが、灰白質の割合女の脳のほうが高い*1。性行動や攻撃性に関与するとされている、前視床下部間質核と、同じく視床下部にある分界条床核は男のほうが大きい。一方、大脳交連は女性のほうが大きい傾向にある。
  • テストステロンは個人差、季節変動、日内変動があり、性欲や自信の程度や支配の衝動などと相関している。ただし先走ってはいけない。テストステロン血中濃度が問題にならない範囲がかなり広い。空間能力などの特性は高い値より中程度の値でピークに達する。濃度だけでなくレセプターの数と分布状態にも左右される。またテストステロンが心理状態に影響するだけでなく、心理状態がテストステロンに影響を及ぼすこともある。このようにテストステロンを巡る問題は複雑だが、以下のような因果関係は、ある;性転換前術前処置としてアンドロゲンを投与された女性は、頭のなかでものを回転させるテストの点数が高くなり、言語流暢性のテスト点数が悪くなる。男女のテストステロン値は重ならないが、値の変動は男女ともに同じ種類の作用をする。テストステロン値の高い女性は微笑む頻度が下がり、婚外の性的関係を多く持ち、社会的存在感が強く、握手の力まで強い。
  • 女性の認知機能は月経周期の相とともに変動する。エストロゲン値が高い時は、女性が得意とする課題(言語流暢性など)がアップする。逆にエストロゲンが低い時は男性が得意とする課題などの成績がアップ。性的動機も、男性の好みも含めて月経周期とともに変動する。
  • 先天性副腎皮質過形成の女児は男性ホルモンが過剰に生産される。ホルモン濃度は出生後まもなく正常レベルになるが、生まれた女児は、おてんば娘に成長する。ふつうの女児に比べて乱暴な遊びを好み、人形よりもトラックに興味を持ち、空間認知に優れ、年長になるとほかの少女について性的空想をしたり性的魅力を感じたりするようになる。性的刺激を中心とした自発的性衝動、夢精に相当する現象など、男性の性的傾向のパターンを示す。
  • 総排泄腔外反症のために、生まれつきペニスがなく、精巣を除去して女児として育てられた男児25人*2の調査においては、全員が乱暴な遊びに男性のパターンを示し、典型的な男性の態度や関心をもっていた。そして半分以上が自分は男だと自発的に断言した。
  • ターナー症候群(X0)の話が入っていたが、ちょっとややこしいので省略。
  • 総計28000人の子どもを対象にした172の研究の評価によれば、現代アメリカの娘・息子に対する扱い(励まし、慈しみ、しつけ、拘束、コミュニケーションの明瞭さなど)はそれほど大きな違いは無い、が、性差はごらんの通りである。ただ、男児の2/3が人形遊びをやめさせされているという点だけが異なっていた。

 
 
(P165-167、レイプの動機にセックスの動機と重なっている証拠が沢山ある、ということで挙げられた箇条書き)

  • 強制的交尾は動物界に広くみられる。淘汰によって排除はされていない。昆虫、鳥類、霊長類を含むほ乳類においても強制的交尾は認められる。
  • レイプはあらゆる人間社会にみられる。
  • レイパーは一般に、被害者と無理矢理セックスするのに必要なだけの力を行使する。妊娠や出産を不可能にするような重度の怪我を負わせることは滅多に無い。被害者のうちで重傷者は4%、殺されるのは1/500以下。
  • レイプ被害者の平均年齢は24歳、子ども(16歳以下)のレイプ被害者の中央値年齢も14歳で、思春期にある。この年齢分布は他の暴力犯罪被害の年齢分布と大きく異なり、身体的脆弱性・権力を持っているが故に狙われている可能性の為に狙われたと仮定した時に想定される年齢分布の正反対になっている。
  • レイプ被害者は、レイプの結果として妊娠する可能性がある場合に、さらに大きな精神的衝撃を受ける。
  • レイパーは、男性ジェンダーを人口統計学的に代表してはいない。圧倒的に若い男が多い(性的競争力が最も強い年齢)。社会化されればされるほどレイプしやすくなる、なんて事は無い(むしろ社会化が進んだ年頃になればなるほどレイプ頻度が下がる)。
  • レイプの殆どは妊娠につながらないが、5%が妊娠している。これは現在のデータで、長期の避妊法を使っていなかった先史時代にはさらに確率が高かったと考えられる。本のなかでは、「長続きした合意に基づく配偶に比べると遙かに確率は低いものの、どんな雄でも選べる選択肢ではないし、いきあたりばったりのセックスにつながった素因は、まったくセックスしないという結果につながった素因よりも、進化的な成功度が高かった筈である。淘汰は、わずか1%程度の繁殖の優位性でも有効に働く」と付け加えてあった。

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 今回は、下巻の、それも箇条書きになっている部分だけを抜粋・一部要約したが、上巻、中巻にも刺激的な箇条書きが含まれているし、文章そのものも様々な刺激を与えてくれる楽しい本だと思う。勿論、ピンカーさんは「こういう研究がありますよ」「これが現実のホモ・サピエンスの傾向ではありませんか」とは書いているが「これが理想ですよ」「こうあるべきですよ」とは書いていない*3。文章や研究の妥当性については、興味を持った人は是非一読のうえ検討してみて欲しい。少なくとも、知的好奇心は大いに刺激できるんじゃないかと思います。
 

人間の本性を考える  ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

人間の本性を考える  ~心は「空白の石版」か (中) (NHKブックス)

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (中) (NHKブックス)

 

*1:男女の知能は全体的に同じなので、これらの違いの意味は不明とのことでした

*2:シロクマ注:外性器の先天異常の為、誰もが女の子と思って育てられた男の子。こういう男の子は、社会文化的には完全に女の子として取り扱われる。確か戸籍上も女だったかと記憶している。思春期以降に、無月経や膣が無い、ということを通して発覚するパターンが多かった筈。勿論そういう子はセーラー服を着たりもするわけだ。

*3:ただし、社会研究や人間についての考察に際して、こういった研究や現実的傾向を目隠ししながら現実をうそぶく人達に対しては鋭い批判を向けてはいる