シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

『秒速5センチメートル』観た!DVD三枚買ってやる!

http://5cm.yahoo.co.jp/index.html
 (なお、この文章は『秒速5センチメートル』のネタバレを多分含みません。ネタバレを踏まえた文章は、早くとも四月下旬までは自粛します)
 
 首都圏在住のオタ仲間に誘っていただき、渋谷のシネマライズで『秒速5センチメートル』をみてきた。なんだこれは。このクオリティは一体何なんだ?私は、新海誠監督という人を詳しく知らないし、渋谷のシネマライズという映画館のこともよく知らない。しかしこの映画をみて私は思った……もし、こんな恐ろしい程の作品が東京でいっぱい公開されているとしたら、オタクの都会-地方格差は絶望的としか言いようがない。そういえば、私の地方では『時をかける少女』も公開されておらず、未だみていない。もしかしたら、私は心揺さぶられる素晴らしい作品を堪能する沢山の機会を逃しているのかもしれない。
 

『時速5センチメートル』すげぇ!

 まず映像・演出の素晴らしさ。オタクかどうかに関係なく唸らせる出来と言い切ってしまおう。見とれてしまうようなカット、質感に富んだ街角描写、雪、桜、星etc…(ああ、細かい所にも気が利いた演出が沢山あるけどそれをここでネタバレしちゃうのはまずいんだよな!くそっ!)。線の細いキャラクター達も美しい背景によく映え、作品に通底する雰囲気ともマッチしている。キャラ造形の今日日の様式美とも矛盾しておらず、全然古くさくない。
 
 演出と演出の間の間隔も視聴者を飽きさせない。音響の挿入や絵の動きなどで「こりゃ間延びするかな?」と思ったとたんに必ず何か動きがある。ゆったりとした展開を望む鑑賞者のなかには「ちょっとせっかちなんじゃないか?」と思う人もいるかもしれないが、一本30分弱の三話構成という制約のなかで濃厚な描写を行うには、どのみちある種のテンポの良さが要請されるわけで、比較的早いテンポの作品にフィットした速度感だったと思う。
 
 キャラクター達の魅力にも問題は無い。http://5cm.yahoo.co.jp/cast/index.htmlに紹介されているキャラクター達は、オタク受けの良さそうな、それでいてオタク趣味に関わり無い人でも感情移入が十分可能な造形が為されている。主人公・遠野貴樹は全3話を通して様々な境遇・心境を通り抜ける。一所に留まらない・留まれない彼の後ろ姿は、十代前半のプラトニックラブに固着している男性だけでなく、様々な境遇の男性の琴線に触れる可能性を秘めていると思う。女性ヒロイン達も、透明感に溢れた見た目とは裏腹の、強い個性と情念をみせてくれてまったく飽きない。主要キャラクター達の振る舞いと心象風景は、精緻なタッチとも相まって、鑑賞者の想像力を色んな形で刺激することだろう。多面的で色鮮やかな断面を呈する三つの個性を、私は飽きることなく最後まで眺めやることができた。「リアル」などという言葉を贈りたくなるほど、彼らには鑑賞者が記号化しようとしても容易に許してくれない奥行きが感じられる。
 
 そしてストーリー。どう考えても、このアニメは“ただ綺麗な絵と雰囲気を楽しむだけのアニメ”ではあり得ない。綺麗な絵柄の向こう側には、情念・執着・時間に関するテーマがチラチラ見え隠れしている、ように私にはみえてならなかった。それも、一つや二つでは済まないたくさんの主題が、パイ生地のように折り重なって物語を形成している。それら沢山の、興味深いテーマのどれが目に留まるかは個人の経験・年齢・心的傾向などによって様々だろうが、うち幾つかに触れただけでも飽和状態になってしまいそうだ。観る時期や年齢を変えてみてみると、面白いことになるかもしれない。
 

とにかく凄いですよこれは!DVD三枚ほど買って配ってみよう!

 とにかくこれは凄い。凄すぎる。渋谷の映画館を出たとき、私は都会と地方のコンテンツ格差に微かな怒りすら覚えながらも、『秒速5センチメートル』の素晴らしさに暫く言葉が出なかった。これは、単なる“きれいめ鑑賞映画”ではあり得ない。One more time, One more chanceが主題歌として採用されるのも、全部みた後だと納得できる。
 
 私は『秒速5センチメートル』のDVDを買おうと思う。それも三枚ぐらい買って、二枚はアニオタというわけではない人にプレゼントしてみることにしよう。“この作品なら、色んな人の琴線に触れる可能性を秘めている”と信じてみるのだ。パイ生地のように重なった主題をめくってみる限りにおいて、『秒速5センチメートル』は複雑な感動を与え得るアニメだ、と私は思いこむことにした。ただ美しいだけの薄っぺらな作品ではあり得ない。早くも私は、DVDを買って(幾らか期間をあけてだけど)何度か咀嚼してみる日を待ち遠しく思っている。
 
 
 ※渋谷に誘ってくださった東京のオタ仲間の皆さん、ありがとうございました。本当に良い作品に出会えました!
 ※とりあえず、この新海誠監督の作品を他にもみてみようと決めた。こんなとんでもないクオリティ(それも、見かけ倒しではない)の作品を創り出すからには、きっと他の作品にも色々と込められてるんだろう、と期待してみよう。
 ※ネタバレ記事が書けないことが残念。四月か五月になったら、なんかまとめよう。