シロクマの屑籠

はてな村から引っ越してきた精神科医シロクマ(熊代亨)のブログです。

みんな、椅子に座りきれないほど執着と欲望を太らせてるから椅子が足りないんだよ

 
 パイが増えた、という。
 椅子が増えた、ともいう。
 確かにそれらは本当のことだろう。
 テクノロジーの進化によって、情報化社会(死語だ!)の到来によってパイは増えた。
 昔は捨てられていたぱんくずからもパイが生まれるようにもなった。
 それでもって、特上のパイを食べきれないほど与えられる玉座もチラホラ出てきた。
 
 しかし、これらのテクノロジーとパイの拡大は、欲望と消費と執着によって駆動していることを再確認しておかなければならない。確かにパイは拡大したし椅子も拡大したけど、それはパイを食う奴の欲望や消費を捉えることで増加したパイなり椅子なりであって、パイや椅子の増加と同じかそれ以上に、パイを欲しがる人の数や「銀座で買ったパイじゃなきゃヤダヤダ」とか、そこまでいかなくても「ベトナム製のパイじゃヤダヤダ」という人の数が増えていることも勘案しなければならない。パイが増えたパイが増えたばら色だといってみたところで、パイを食う奴が増えすぎればパイは足りなくなるし、小さな椅子には座りきれないほど皆がデクデク太っていたらすぐに椅子は足りなくなるだろう。そして、消費資本主義によって肥え太らされた僕達の欲望と執着は限りなくデブデブしていて、質素で小さな椅子には見向きもしないのだ。
 
 この、消費資本主義による欲望と執着のドライブがある限り、僕らは幾らパイを食べても「もっともっと」だし、もっともっと豪勢な椅子を求めてさ迷い続ける運命にある。最近、賢い人達がパイは増える椅子が増えるという話をすることがあるけれども、僕らの欲望と執着のドライブと、それに伴う「太った欲望と執着を満たしえるようなパイや椅子の不足」について議論して欲しいなぁ、と思う。
 
 パイと椅子を増やすだけじゃ駄目だ、片手落ちだ。少ないパイでも大丈夫なように、質素な椅子でも大丈夫なように、僕らが欲望や執着をダイエットできるような方策も平行していかなきゃ。だけど、経済とか政治とかの偉い人にとって、執着や欲望のドライブを抑制するような方策ってのは面白くない話なのかもしれない。
 
 パイや椅子を増やすだけが能じゃないってのに、みんな何やってるんだろ。