シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

激やせ型の摂食障害はどこに行ったのか?

 
 摂食障害は、神経性食欲不振症(anorexia nervosa、いわゆる拒食症)や神経性過食症(bulimia nervosa、いわゆる過食症)に大別することが出来る。実際は両者の間を行き来するケースも多いので完全に分けて考えることは出来ないものの、拒食だけの症例や過食が目立つ症例が存在するのは確かだ。
 
 平成がまだ一桁で、私が大学生だった頃は「日本では拒食症のほうが目立つ」「拒食症は栄養失調の果てに死亡するケースがあり、一割近くが死亡する」「過食症は頻度は少ないものの病理は重く予後不良」と習ったものだ。授業でピックアップされるのはたいてい激やせ症例で、強烈なやせ願望を抱え骨と皮ばかりになった拒食症ばかりが取り上げられていたような気がする。
 
 数年後、大学病院を出たルーキーの私を待っていたのは、「拒食だけの人と、過食の混じった人が半々ぐらい」という状況だった。なんだかんだ言っても、摂食障害は若年女性に多いわけだが、「痩せ果ててIVHが必要そうな症例というのは意外と少なく、拒食と過食を不規則に繰り返す症例が一番多い」という印象を私は持つようになった。やせ願望を持った女性は確かに多いけれども、栄養失調になってもまだ痩せ願望を抱き続けるほどの拒食症は頻度としては思ったより少ないのではないか、とも思った。患者さん達のBMI(body mass index)が16を下回る症例は、いないことは無いけれども主流ではないな、と。
 
 そして21世紀。がりがりに痩せてもなお痩せ願望を抱くような純正拒食症は、もう滅多にみかけなくなった*1。とりわけ、十代〜二十代前半の若年女性ケースでは殆どみかけない。三十代より上の摂食障害のケースでBMIが15以下になるまで痩せるというケースは今でも時々みかけるが、25歳未満で栄養失調になるほどの摂食障害に瀕している人に出会うことは本当に稀だ。
 
 では代わりにどんな症例が増えたのか?拒食と過食を繰り返すタイプと、過食/食べ吐きがメインのタイプ、である。彼ら/彼女らの摂食障害には過食というプロセスが含まれている*2ためだろう、がりがりに痩せている人は珍しく、むしろBMIが22を上回っている人さえ混じっている。
 
 私の少ない臨床的経験だけでは心許なかったので医局の先輩方に聴いて回ってみたが、全く同じ感想を得た。「過食の混じった人ばかり」「若いケースでIVHまで行く人がなかなかいない」と。
 
 かと言って、以前言われていたような“自殺傾向の強い予後不良な過食症”が増えているかと言うと、全然そんな事は無い。なかには境界性人格障害を基盤とした深刻な病理の人もいるにはいるけれど*3、リストカットをするかしないかの瀬戸際ぐらいの段階のケースのほうが遙かに多い。痩せたいという願望も、激痩せ型の拒食症患者にあったような強迫的なものではなく、body imageについての葛藤も(無いわけではないけれども)それほど強烈というわけではない。理想的なbody imageが過度の痩せに歪曲されているという、かつて教科書によく書いてあった心的傾向は影を潜め、“なんとなく痩せたい→なんとなく拒食したい→けれども我慢しきれず食べて吐いてしまう”という心的傾向の若年女性や、“痩せ願望というよりもストレスに対する適応の一種として(drugやネトゲなどの代わりに)過食を行って心的ホメオスタシスを維持している”若年女性が多いようにみえる。彼女達は、過食を行う以外の点では病前適応が比較的マシ*4で、予後も比較的良好だ。
 
 摂食障害自体は、十年ぐらい前と比べて必ずしも減少していないかもしれない。しかし、ストイックなまでに激痩せした拒食onlyの摂食障害は一体どこに行ってしまったのだろう?とりわけ、若年層において極めて稀になってしまったのはどういう事なのだろうか?最近メインの摂食障害は、圧倒的な痩せ願望に取り憑かれて餓死の綱渡りを行う病態というよりは、もっと葛藤や強迫性の少ない病態や、ストレスコーピングの一種として(破綻しない程度に)適応に寄与している病態という印象すら受ける。もし、摂食障害の臨床においてこうした変化が普遍的に観察されるとしたら、摂食障害が文化結合症候群の一種である以上、社会病理や文化人類学の視点から色々検討してみると面白そうだが、今回は私見を述べるのを避けておく。
 
 望むらくは、まず私のimpressionを統計的に確認してみるってものだろう。もし、他の臨床医達もこの現象に気付いているとしたら、誰かがデータ取りをはじめているんじゃないかとも思う。私も、遅まきながらデータ取りをやってみようと思うが、まぁ、間に合うまい*5。それはさておき、諸先輩方の意見を聞くにつけても自分自身の臨床経験を参照するにつけても、日本の摂食障害はストイックな激痩せ疾患ではなくなりつつある、とどうしても私は思ってしまう。日本の摂食障害は今、もっとルーズだったり適応的だったりする過食メインの病態へと変化しつつあるのではないか?この疑問に関しては、何らかの形で裏取りをしてみたいところだ。
 

*1:ただし、他の疾患が主として存在したうえで痩せてしまっている人ではこの限りではない。統合失調症などが主疾患の場合が多いが、なかには極めて重い鬱病の為に食事が摂れずに痩せてしまったケースもあったりする事は断っておく

*2:か、過食だけが症状の場合もある

*3:ここでも統合失調症合併症例は除く。じゃあ人格障害はどうして除かないのか?という人はDSM-IVの考え方をご参照ください→例えばこちらなど如何でしょうか→http://www.interq.or.jp/model/rinshou/page025.html

*4:もちろん過剰適応の傾向があることは言うまでもない。だが、痩せや過食への拘りを要請する度合いはあまり高くない、という意味で病前適応が良さげ、という意味。

*5:大体、こうやってネタをウェブ上で書く、という事自体がペーパー競争に勝てんだろうなという私の気分を現している