シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「向精神薬で自意識や虚無感の悩みが治る?」&「近代に根ざした自意識や虚無感は時代遅れでは?」

 


 
6月25日、小島アジコさんが上掲のような投稿をXにしているのを見かけました。でも、あまりに忙しかったから私は、「向精神薬は個人の気分や行動に作用するし精神疾患に有意差のある改善をもたらすけれども、自意識や虚無感の問題は解決してくれないんじゃない?」とXに書きました。ただ、これは返信の半分(をダイジェスト化したもの)でしかなく、7月になったらブログにまとめよう、と思っていました。
 
そうしたら、アジコさんのほうが手が早くて、6月27日に「物語のパターンは既に出尽くしてる問題に絡めてだけど、近代に流行した鬱屈とした自意識や虚無感、20世紀後半にいい薬がたくさん発明されたおかげで「心療内科にいってお薬を飲めばいいのに」で解決してしまって、物語としての強度を保てなくなってる件について」という長い長いタイトルのブログ記事を書き足してらっしゃいました。そちらを横目でチラチラと見ながら、私は私なりに「近代に流行した鬱屈とした自意識や虚無感」のこれまでとこれからについて書いてみます。
 
 

1.向精神薬は自意識や虚無感を「治して」はくれない。

 
まず、向精神薬は自意識や虚無感を「治して」くれるかどうか。アジコさんは、6月27日のブログ記事のなかで"向精神薬の内服で感性が変わった人が書き記したはてな匿名ダイアリー"を引用しているけれども、私には、自意識や虚無感を「治して」いる例証として不適切だと思いました。なぜなら、当の匿名ダイアリーの筆者は向精神薬によって自意識や虚無感が変化したビフォーアフターを書いているのでなく、向精神薬によって感覚や感性が変化したビフォーアフターについて書いているからです。この匿名ダイアリーの筆者が書き記したように、向精神薬は感覚や感性にしばしば作用します。気分の高低や起伏に作用するものも多いです。しかし、それらの薬効は、まず大原則として【統合失調症や双極症*1やうつ病の病状を評価するスコアをプラセボと比較して有意に改善させた】点にあるのであって、本当にそれらの疾患の首根っこを押さえつけているかすらわからず、当然ながら、ここでいう自意識や虚無感を「治す」ことを目指して臨床投入されているわけではありません。
 
ですから、向精神薬が鬱屈とした自意識や虚無感を「治す」かどうかについて、最もフォーマルな回答は「そのようなエビデンスは存在しません」ではないかと思います。
 
続いて、実際に臨床現場で向精神薬を処方している者として書きます。
さまざまな病態・病状・個人史を持ったそれぞれの患者さんに、抗うつ薬や抗精神病薬や気分安定薬を処方し、経過をみる時、その人の自意識や虚無感が薬物療法で「治った」と感じることはありません。それらの向精神薬が、患者さんの症状や病状、ひいては感覚や感性や気分を変えた結果として、患者さんの自意識や虚無感に関連した諸問題が解決に向かって動き出すことはままあるため、自意識や虚無感のことで悩んでいる人に向精神薬が役立つは可能性はあります*2。が、少なくとも向精神薬単体で、鬱屈とした自意識が改善する、虚無感が軽減する、といったことはないよう思われます。
 
そもそも向精神薬って効果発現の時間が短いですよね。
たとえば睡眠薬のたぐいは速やかに効果が発現します。効果が出るのに時間がかかると言われる抗うつ薬でも、数週間あれば効果が発現するし、それぐらいで効いているか否かを判定していいことになっています。でも、自意識の悩みや虚無感って、そんな短期間には「治らない」じゃないですか。
 
たとえば私自身を思い出すと、鬱屈した自意識や虚無感は20代の頃には強かったけれども30代にはだいぶ軽減し、40代には一年に数回程度発作的に蘇るぐらいになりました。変化の時間的スケールがすごく長かった。そうした長期的な変化に向精神薬がどれぐらい役に立つのかは、判定が難しそうですね。ただ、たとえば社交不安症の人がSSRIを内服した結果、対人関係や社会適応が大きく変化し自意識の悩みや虚無感が薄れていくチャンスを掴んだ、みたいなことは起こり得ると思います。ただし、そのときも向精神薬が直接的に自意識や虚無感を「治す」のでなく、症状や病状を改善させることをとおして間接的に「治すお手伝いをする」といった具合に、控えめに期待しておきましょう。
 
さきほど私は、社交不安症の人を挙げて「対人関係や社会適応が大きく変化したら」と書きました。
ここから思うに、自意識の悩みや虚無感を本当に「治す」のは、対人関係や社会適応ではないでしょうか*3。言い換えると、それは友達の有無だったり、パートナーの有無だったり、社会的なステータスや収入だったり、社会貢献をしているという手ごたえだったり、自分が生きていて構わないと思えるレゾンデートルだったり。
 
承認欲求や所属欲求(ひいてはナルシシズム)の安定的充足、そのための布置ができているか、できていないか、という捉え方も可能かもしれません*4。自分にとって望ましく感じられる人間関係に包まれていること、自分がここにいて誰かのためになっていると感じられていること、等々は自意識の悩みや虚無感にとって重要なことで、逆に言うと、そうした対人関係の成立が困難になっている境界性パーソナリティー症にあっては、自意識の悩みや虚無感が大きくなりやすいのは当然でしょう。
 
あるいはADHDの患者さんでも、その症状や病状が対人関係や社会適応を大きく妨げている場合、自意識の悩みや虚無感が大きくなりがちなのはそうだと思います。でも、ADHD治療薬がそうした症状や病状を改善させた結果として患者さん自身の自意識の悩みや虚無感が(長い時間の果てに)改善していく場合でも、それはADHD治療薬が「治した」のでなく、ADHD治療薬を助けとしながら患者さん自身が対人関係や社会適応をうまくやってきたおかげじゃないのかな、と私なら考えます。
 
ですので私は、向精神薬は自意識や虚無感を「治して」はくれない、病状や症状によっては「治すお手伝いならしてくれるかも……」とここでは答えておきます。
 
 

2.そもそも、自意識や虚無感が語られること自体、減っているのでは

 
ところで、自意識や虚無感の悩みって、昔ほど積極的に患者さんが言語化しなくなったと感じています。00年代に精神科医をやっていた頃は、患者さんからそうした悩みを聞くことは多かったものですし、(自分の受け持ちでなくても)院内の新患プレゼンの症例として目にすることもよくありました。でも今は、そういう自意識や虚無感の悩みを語る患者さんはあまり多くなく、新患プレゼンでもそういった症例は少なくなりました。
 
ですから、そもそも令和の日本人、特により若い日本人においては、昔に比べて自意識や虚無感の悩み、それこそ近代人にあってしかるべき懊悩といったものが観測しにくくなっているのではないか、という疑いを私は持っています。
 
現在でも、自意識や虚無感の悩みをしっかり抱えている患者さんが絶無というわけではありません。また、こちらから質問をすればある程度それに類する言葉を返してくれる患者さんもいらっしゃいます。でも、どことなく精神科医にしゃべっても仕方ないと思っている風だったり、自分の自意識の悩みや虚無感の輪郭をくっきりと表現できない様子の方が多いですね。自意識や虚無感の悩みをハッキリ表現できる人って、今はあまりいないよう思います。というより、自意識や虚無感の悩みを言語化するプロセスにあまり慣れていないのではないでしょうか。40~60代の患者さんのほうが、そういったことを上手に言語化してくれる、というより「ああ、この人は自意識や虚無感の悩みを語り慣れ、考え慣れているんだな」と感じさせることが多かったりします。逆に若い方は、高学歴でもそのあたりがこなれていなかったり。
 
それは年の功の問題でしょうか。それとも観測者としての私が年を取ったために、若い患者さんが「こんなおじさんに語ってもわかってもらえないから」と諦められているためでしょうか。私の用いる語彙が操作的診断基準に準拠していて、自意識や虚無感の悩みについて語り合うのに適したフォーマットになっていないからでしょうか。でも、私自身が診る患者さんでなく、院内の新患プレゼンの症例にも似た傾向がみてとれるので、やはり、自意識の悩みや虚無感が言語化されにくく観測されにくくなっている、少なくとも20世紀末~00年代あたりに盛んに語られた風にそれらが語られなくなっている、とは言えそうに思います。
 
だからといって自意識や虚無感の悩みがなくなったと言いたいわけではありません。それらの語られかた・現れかたが昔と違ってきているんじゃないのか、と私は疑っているわけです。アジコさんが述べたことにも繋がりますが、近代のマインドに即した自意識や虚無感の語られ方がすたれて、実際問題、マインドそのものも近代に前提とされたそれから遠ざかっているんじゃないでしょうか。
 
 

3.ポスト近代の自意識と虚無感とは

 
アジコさんは、自意識や虚無感の悩みについて、近代のマインドに基づいている的なことを書いてらっしゃいました。ちょっと引用すると、
 

 さて、やっと、近代文学の話になります。
 近代はざっくりと、神様が死んで、『人』が、大きな社会に属する一部品から『個人』となっていく時代です。個人主義。ゲマインシャフト(地縁や血縁などで深く結びついた自然発生的なコミュニティ)からゲゼルシャフト(利益や機能・役割によって結びついた人為的なコミュニティ)に移り変わっていく時代です。ゲゼルシャフトの下では、人は、常に『自分は何者か、何をもって個人として行動し、意思決定をするのか』を問われ続けます。自分の住んでいるコミュニティが自分を既定してくれない。自分で、自分を既定して、属するコミュニティを決めなければならない。自分で自分を定義する、その嘆きとかなんか辛いっていう感情をしたためて、みんなで共感できるコンテンツになったのが近代文学であり『近代に流行した鬱屈とした自意識や虚無感』であるわけです。

この文章に、大筋では同意します。近代のマインドは個人主義的で、自己決定的で、自由意志を尊重します。それから理性的・合理的な主体性が個人にはあるべきで、衝動的・非合理的な主体性は個人として好ましくない、みたいな前提もあるでしょう。でもって、そうした近代のマインドが内面化されているのに実際にはそれが実践できない葛藤のうちに近代文学の花が咲く、といった連想が浮かびます──たとえば夏目漱石『こころ』の"精神的に向上心のない者はばかだ"とか。それから近代のマインドは個人に一貫性のある歴史とアイデンティティを想定していて、その個人の歴史性やアイデンティティが動揺する際にも近代文学の花が咲く、といった連想も浮かびます。
 
では、こうした近代に想定されて、理想視されていた個人のあるべき姿は、今も信奉されているのでしょうか? また、どこまで成立可能でしょうか?
 
アジコさんも書いてらっしゃいましたが、個人主義(および個人主義という物語)はなんだか難しくなっていると思います。もちろん、今日でも個人主義者たれという規範が一応は存在しています。けれどもそれは規範でしかなく、みんなに篤く信奉されている物語とは思えないし、実践し甲斐のあるライフハックになっているとも思えません。もし、20世紀同様の個人主義が今でも信奉しやすい物語で実践し甲斐のあるライフハックだと思ってらっしゃる方がいたら、その人は、よほど近代という物語の枢要に近い場所でお育ちになっている人ではないかと想像したりします。近代の舗装がはげ落ちかかっている領域や、もともと近代の舗装が不十分だった領域ではもう、近代という規範は不器用な勉強家の努力目標でしかないように思われるのです。
 
実際には、私たちの心は行動経済学的にナッジされ、アーキテクチャの権力に管理されたりしているわけです。昔もそういうのはありましたが、現代のほうがそういうのが目立つし、そういうものに自分自身が晒され操作されていると自覚しやすいでしょう。そんな状況下で、近代というお題目、近代という物語を真正面から信奉するのは難しくないですか。信奉したってご利益なさそうじゃないですか。
 
そのうえ、私たちは(平野啓一郎的にいえば)「分人的」に生きています。
 

 
幾つものアカウントをつくり、ネットサービスごとに違ったポストを繰り返し、学校・会社・読書会・婚活、それぞれの場面で違った顔をする社会適応は当たり前のものになりました。かつて、そうした個々の場面で違った顔をするのは一部の職業・身分の人だけやっていた。でも今では誰もがそういうことに慣れてしまっています。個人のアイデンティティや歴史の観測者兼アンカーになっていた共同体がほとんどなくなった今、そもそも、個人のアイデンティティや歴史を一貫して観測可能なのは自分自身ぐらいのものです。しかし、その自分自身すら、いざとなったら垢消しして「なかったことにする」「黒歴史扱いする」時代じゃないですか。そんな今、個人のアイデンティティや歴史っていったい何でしょう? まして、その一貫性のある物語とは……?
 
個人のアイデンティティや歴史を一貫して観測できる人間がもう自分自身ぐらいしかいなくて、その自分自身も「分人的」に考え、いざとなったら垢消しして「なかったことにする」時代になってしまったら、「分人」の話は与太では済まされないものだと思います。かつて私は、こうした平野啓一郎的分人主義を「与太でしかない」と思っていましたが、でも時代が経つにつれて、人々のマインドが変わっていく方向は確かにこちらではないか、と思うようにはなったのです。
 
もちろん個人は「一貫性のある記憶」に未だ束ねられていて、決して解離などという症候学的語彙が当てはまる状態ではないのですが、それでも個人のアイデンティティや歴史に一貫性を期待し、強調する向きは20世紀と比較してゆるくなっていますし、地域共同体や血縁共同体といった個人のアイデンティティや歴史に一貫性を外側から提供してくれる装置が復活する見込みはありません。そうしたなか、個人のアイデンティティや歴史に「一貫性がなければだめだぞ」とみる圧力は乏しくなる一方だ、とも思われるのです。
 
とりわけインターネットの領域では「一貫性がなければだめだぞ」という圧力はほとんどゼロですからね。Aというアカウントでは会社や学校での活動を賛美し、Bというアカウントでは呪詛を並べ立て、Cというアカウントでは地下アイドルの推し活をやる……みたいなありようが、令和では当たり前になりました。もちろん90~00年代にもそういうありようが無かったわけではありません。でも、それがアーリーアダプターの特権からレイトマジョリティまで不可避になったのは大きな違いだと思います。それって、すごく近代っぽくない、近代よりも後、つまりポスト近代的な現象ではないでしょうか。
 
20世紀の段階でも、近代のマインドの変化は色んな人が書き残しました。私に馴染み深いところでは、リースマン『孤独な群衆』やコフート『自己の修復』なんかですね。
   
リースマンは、近代然とした、フロイトがひも解いたような「内部志向型人間」のマインドの次が来ている、それは他人の反応や評価にもっと左右されやすい「他人志向型人間」だ、と言いました。リースマンを読んでいて私が楽しいと感じるのは、彼は近代のマインドの次を記しただけでなく、プレ近代のマインドも記していて、プレ近代→近代→ポスト近代のマインドの変化と社会環境の変化を追える読み方ができる点です。
 
コフートも、フロイト直系の精神分析の想定するマインドがうまく当てはまらない、その次の時代のマインドの到来を告げましたが、ざっくり書いてしまうと、それも他人の反応や評価に左右されやすいマインドでした。
 
リースマンもコフートも何十年も前の人です。そのうえで、今のマインドはどれぐらい近代で、どれぐらいポスト近代なのか? って考えてみましょう。近代に典型的なマインドってだいぶ珍しくなっていて、近代にそぐわないマインドのほうが社会適応しやすい、そんな時代が到来しているんじゃないですかねえ、と私はいつも思っています。
 
近代の典型的なマインドが珍しくなってしまったら、そのとき、人生の物語化はどうなるのでしょう?
そのとき期待される物語は、夏目漱石のそれとは違うと思います。村上春樹ならどうでしょうか? まあ、いくらか近いかもしれませんが、村上春樹にはまだ近代の残滓が残っていたりしませんか。それなら……。
 
どのあたりの創作作品に2020年代のマインドがくっきりと反映されているとみるべきかは、ここではちょっと保留します。ともあれ、20世紀と同じでないことは確かです。で、以下のアジコさんの文章にも基本的に同感です。
 

シロクマ先生がおっしゃってる、個人史での、『そういう虚無とかからの逃避』というのは、あります。でもそれは『普通のサラリーマンが親子ほどの年の離れた女の子とセックスする話』によってなされます。むしろ、文学というのは、『そのような個人史では解決できない【自意識や虚無感】』を扱って来ました。でも、その【自意識や虚無感】自身が、本当は存在しないものだとしたら……?一体、俺たちは何と戦っているんだ…まるで、幽霊じゃないか……。ここに意味なんてあるのか…。もともと、意味なんてないってわかってたけど、本当に意味がないのか……。というのが、『いい薬』が発明されて以後の、個人主義的文学が置かれている状態だと思います。

近代のマインドが失効したなら、近代に即した葛藤も失効し、近代に即した自意識や虚無感も失効する……んじゃないでしょうか。そうなった時、人々に期待される物語やソリューションも近代とは違ってくるでしょう。そのときには、案外アジコさんが挙げていらっしゃったように、向精神薬の作用がソリューションと思えたり、ずっと年下の異性とセックスすることがソリューションに思えたりするかもしれません。一貫したアイデンティティや歴史が求められず、それについてまわる規範がゆるくなって葛藤することも少なくなったら、そういうごまかし(のように私には見えるもの)が必要十分なソリューションになったりするのかもしれません。
 
個人史も「分人的」、それか「断片的」になって、自意識や虚無感も、それぞれのアカウント、それぞれの場面ごとに浮いたり沈んだりするようになるのかもしれませんね。仕事中は死んだ目で働いていても、帰宅してweb小説を読んでいる時にイキイキしていればそれで私は生きていける。そこで葛藤する必要はもうない、みたいな。
 
そもそも、葛藤ってのも古臭い言葉ですね。葛藤しないことが正しくて、推しと一緒にクソデカ感情が隆起して、葛藤をブロックしたりミュートしたりできるアーキテクチャが存在するご時世に、律儀に葛藤するのは馬鹿げています。昔ながらの人はともかく、マインドのつくりが近代から遠い人において、折り目正しく葛藤するのかは甚だ怪しい、と私は疑っています。あとはアジコさんのおっしゃる、
 

あと、それとは別にゲマインシャフト2・0というのを自分は感じていて、個人で選び取った所属が、実は自分で選び取ったものではない問題というのが、いま発生していると思うのですが、そこらへんは、また長くなるので。インターネットのせいで生じるエコーチャンバー。みんながみんな何かに洗脳された状態で、自分の意志や自我を持たず、しかし本人はそれを『自分の自我』だと信じている状態。でもそこには個々人の『鬱屈とした自意識や虚無感』は存在しない。大きな所属、誰かの物語に巻き込まれる人たちが今、すっげー多いんじゃないかな、って思っていますし、そしてそういう人は小説を読まない!

このあたりの話。
 
近代に信奉されていた自己選択や自由意志が失効しているとして、次の時代の自分とは何か。ここでも、近代という物語に依拠した自分ってやつは弱くなっているでしょう。でも、その近代がそこまで弱り果てている領域は都会のアーリーアダプターやインテリのいる場所ではなく、地方も含めた、もっとありふれた人たちのありふれた場所で先行している感があります。ですから都会の専門家たちは、この事態を軽視しているか、あまりうまく言語化できていないのではないかという予感もあります。ゆえに、2020年代の精神を体現している日本の作家や思想家、というのは咄嗟には思いつきません。いや、本当のところはわかりません。どこかにいるのかもしれないし、これから探すべきだとも思うのですが、道半ばです。
 
ああ、すっかり長くなってしまいました。
  
昔だったら、こういう長めの雑談を専門家の人もブログに書いてらっしゃったと思うのですが、みんなどこかに行ってしまったので、こういう話の相手をしてくれる人がすっかり少なくなってしまいました。アジコさん、いつもありがとうございます。こういう雑談ができることを嬉しく思います。
 
 

*1:双極性障害

*2:もちろん、その悩みの背景に診断学的に妥当な診断があり、向精神薬の標的たりえる症状や病状があるという前提の話です、闇雲な適応外使用を勧めるものではありません

*3:ただし、アジコさん自身も含め、創作大好き人間の場合は自分が思うような創作や表現ができていることもある程度は大事です。でも、その創作大好きな人間だって、生前のゴッホみたいな境遇には簡単に耐え切れず、対人関係や社会適応、ひいては社会的評価に自意識や虚無感は左右されやすい、みたいなことは思います。ヘンリー・ダーガーみたいな人もいますが、ああいう人を例外ととらず一般的ととるのは間違っていると思います

*4:承認欲求や所属欲求やナルシシズムが自意識の悩みや虚無感とどのように関連するのか、と問われたら、私は、それが瞬間的に充たされているかどうかでなく、それが安定的に充たされ得る布置ができあがっているか否か、に着眼したほうが大切だと答えます。それはナルシシズムがどれだけ成長し社会的に妥当なかたちで充足の手段ができあがっているかだったり、承認欲求や所属欲求を充たしてくれる対象との安定的な関係性が構築できているかだったりします

わかってもわからなくても、信仰は生活のなかにあるよ

 
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黄金頭さんが、books&appsにて「おれたち日本人には『信仰』がわかるのだろうか」というタイトルの文章を寄稿してらっしゃった。そこに登場する宗教の話は、前半はドーキンスや無神論とその周辺の話、後半は吉本隆明や鈴木大拙などを引用した日本で宗教について真剣に考えた人の話だった。
 
日本人にとっての仏教や神道は、ひいては私自身や黄金頭さんにとっての仏教や神道がどこまで信仰たり得るのか、たり得ないのかを考えるにあたって、東西の宗教論は参考になる。それらの宗教論に基づき、あの人のは信仰たり得る、あの人のは信仰たり得ない、といったことを考えることは可能だ。
 
私も大学卒業の前後ぐらいから仏教についてお勉強をしたから、宗教や信仰の輪郭について考えてみたことがある。そして浄土真宗の家に生まれた者としてや、日本の大乗仏教全般を思想として好んでいる者としても、私なりに色々考えたこともある。
 
でも、「それってなんだか不完全だ」とも思ってきた。仏教って、いやたぶん神道やキリスト教やイスラム教もだけど、書物をとおして思弁するのはなんか違うと思う。宗教や信仰ってやつは、もっと素朴な実践が大きなウエイトを占めているんじゃなかったか。
 
そういう気持ちを強く思い出す番組がNHK+でリコメンドされていた。新日本記「四国 花遍路」という番組だ。
 
この番組では、四国八十八か所巡礼に携わるさまざまな人々の信仰のありようが登場する。その巡礼は、必ずしも歩いて八十八か所札所を巡ることにこだわるものではない。札所の近くの民宿を運営する者、お接待として絵を描く者、全体のごく一部の札所だけお参りする者、お大師講に集まりもはや何の儀式なのかもわからぬまま儀式を行う者、それらも四国八十八か所の信仰の一部で、ひいては弘法大師信仰の一部なのが伝わってくる内容だった。
 
これは、実際に四国八十八か所を巡礼している時にも強く感じることだ。四国八十八か所を巡礼していると、般若心経やご真言を唱和したり、とにかく没入感がある。ただし、いまどきの巡礼は仏教色の強いものではないので、人によっては信仰には見えないし、わざわざそう見るべきでもないのかもしれない。
 
他方で、四国八十八か所で目にする信仰は、しばしば素朴だ。
 

本堂や大師堂にはしばしば折り鶴や水子供養?のためのぬいぐるみといったものが沢山飾られている。旅の道中にあるお地蔵様には、みかんが備えられていたり毛糸で編んだ帽子がかけられていたりする。
 

弘法大師も、高野山奥の院のような荘厳なイメージを喚起するのでなく、このもみ大師のように、ご利益を連想させる姿をとっているものが珍しくない。
 
巡礼者たちにしても同様だ。現世利益を求める者、自分を見つめ直すために旅に出る者、いつしか巡礼が病みつきになってしまった者、等々さまざまだ。それでもお経を唱え、納経をし、行く先々のお寺の本尊を拝み、ここに仏様やお大師さまがいると感じ、巡礼の決まりごとを守っている点は共通している。
 
西国三十三か所観音霊場巡礼も割とこれに似ていて、「私は一度身体を壊したけれども、観音様の御力でやっと元気を取り戻せました。以来、時間があったらこうして巡礼をくりかえしているんです」と嬉しそうに語っている中年の男性に出会うことがあった。そして西国巡礼でも四国巡礼でも、いまどきは生真面目にお詣りするだけでなく、その土地の食べ物に親しみ、同じ旅路を行く者とのコミュニケーションを楽しんでいる一面が伴う。
 
もちろん、こうした素朴な信仰らしきものは巡礼に限ったものではない。私が生まれ育った地域では、子どもの頃から地元のお寺の行事に連れられていくのが当たり前だった。そこでお菓子をもらったり、連れられて来た子ども同士で遊んだりする。隣の町のお寺には寺子屋がまだ残っていて、読み書きそろばんやお経をお寺で勉強させてもらう風習が残っていた。
 
他にも、お葬式の帰りには塩を蒔く・年越しには地元の社に集まって酒を飲む・大事なことがあった時には神社でおはらいをしてもらう、等々の風習が残っていた。子どもだった私は当然として、大人たちにしても、それらの風習の宗教的意義を理解してやっていたとはあまり思えない。ただ、そうするのが当たり前で、神仏をうやまうのも当たり前で、そういうことをするのが自然だったからそうしていたのだと思う。
 
私が地元を飛び出した後も、そうしたことがなくなってしまったとは言えない。
 

こうしたお守りを購入して子どものかばんにつけておく、お札を購入して鬼門に貼っておく、といったことは今もやっている。初詣やお盆の墓参りも健在だ。正直、それらが私自身の仏教/神道信仰においてどんな宗教的意義を持っているのかわからない。特に私の家は浄土真宗だから、教理に忠実に考えるなら初詣は不要だし、四国巡礼や西国巡礼で購入したお守りを身に付けておくのは教理に反する気がする。しかし、このゴチャっとした、ロジックでは説明できない、「そうすることが自然と思えるこれら」が私の信仰の本態なのだと思う。私ほど仏教や神道を意識しない人でも、初詣やお盆の墓参りやお守りやお札といったかたちで信仰の残滓を残している人は珍しくないだろう。
 
 

生活に残っている残滓たちを信仰ってもっと呼びたい

 
こうしたことを、もっと巧みに専門家の見地から書いた書籍もある。『日本の庶民仏教』という本だ。この本の著者は、文化としてピカピカに残されている仏教と対置するものとして、民衆の生活に寄り添ってきた仏教について、以下のように表現している。
 

 
 支配者や僧侶は深遠で煩瑣な教理を思弁したり、荘厳華麗な仏教芸術を鑑賞する優雅な生活ができた。したがって日本各地に、世界にほこるべき仏教文化がのこされたのである。それは多数の経典や論疏や、大伽藍や仏像仏画、あるいは法会儀式としてのこっている。しかし私がここで不用意に「のこっている」といったように、それらは仏教の遺物・遺跡として存在するといったほうが適切ではないだろうか。
 一方、民衆の側は、農民や漁民や職人や商人として、その日その日の生活に追いまわされ、哲学や思想や芸術をもてあそぶほどの、優雅な余裕はもちあわせていない。それでも生活上の不安や苦痛、悩みや不幸があれば、かれらが平素からささえてきた仏教に、救済を求める権利はある。それを仏教は葬式仏教ではないと軽くあつかわれたり、祈祷仏教ではございませんとことわられたのでは、民衆は立つ瀬がない。

仏教の教理経典を理解すること、世界的な仏教芸術を見て学ぶこともいいだろう。けれども世の人々に親しまれ、心の支えとなり、人と人とを繋ぐ紐帯として役立ってきた仏教は、そこまでご立派なものではない。なかには迷信と紙一重のもの、迷信そのものもあっただろう。だとしても、そんな信仰が民衆を助け、民衆の生活の一部として生きられてきたんだ、という話はよくわかる。
 
でもって、そうした民衆の生活を助ける宗教、民衆の生活の一部として生きられる宗教は案外とまだ残っている。それは四国巡礼や西国巡礼のなかにも、いわゆる葬式仏教のなかにも、お盆やお正月に私たちがほとんど本能的に手を合わせたり、神棚を祀ったりする習慣のなかにもまだ残っている。管見では、イタリアでも台湾でもフランスでも、こうした民衆の生活の一部として生きられている宗教は健在のようだ。ドーキンスあたりに、そういった生活の一部として生きられている宗教や信仰がどう見えるのかはわからない。しかし本来、宗教ってのは大上段に構えるべきものでも、高尚なものでもなかったはずだと思うので、私なら、そういうものも信仰のうちにカウントしていきたいし、自分の内側に残っているそうした信仰とこれからも付き合っていきたい。そんなことを、冒頭リンク先を読んで思いました。
 
 

良いところも悪いところもあった映画『トラペジウム』

※この文章は映画『トラペジウム』のネタバレを平然と含んでいます。心配な人はブラウザバックしてください※
 


 
前島賢さんがおっしゃるには、映画『トラペジウム』はロールシャッハテストであるという。実際、X(旧twitter)では色々なオタクの人がこの作品について色んなことを言っているのを目にした。そこで私も観に行ってみることにした。噂にたがわず、お客さんは少なかった。
 
「アイドルを目指す主人公が、東西南北(仮)という四人組をつくってアイドルを目指す作品、今流行のギスギスシーン有り」と書いてしまえばありがちに聞こえるかもしれないけれど、なんというか、すごく変わった作品だった。私自身は、面白いと感じた。でも私が面白いと感じたのはこの作品から面白さを汲みあげてやろう・面白くなさもしっかり探してやろうと身構えていたからだと思う。この作品の序盤はそういう身構えた視聴態度に向いていて、つまりアニメをねっとり視聴しようと考える人・ねっとりと視聴したい人は序盤から作品に踏み入っていくことが可能だ。でも、アニメ映画をもっと楽な姿勢で眺めていたいお客さんを作品世界にご案内するようにできているとは言えない気がした。
 
そういう、みずから作品に踏み入っていくことを要求する作風・踏み入っていけば面白味や気配りがみえてくる作風はアニメフリークな人にはたまらない点かもしれないけれども、この作品を広く遠くに流行らせるには問題があるように思えた。
 
 
 
以下、感想というほどまとまっていない、映画『トラペジウム』を観て思ったことを書き残してみる。
なお、これを書く半日ほど前に小島アジコさんらとごちゃごちゃと意見交換し、そこで見聞きした話から影響を受けていると思うので、そういう前提だと思っててください。その小島アジコさんは、映画『トラペジウム』について以下のような投稿をXにしています。
 
私はアジコさんがこう書いていたので not for me だと思ったけれども、映画館で眺めている最中は「いけるいける、面白い」と感じていました。今もそうです。
 
でも、これはどうかな。東西南北(仮)それぞれがみんな違うのも、願望や性格に違いがあるのもまあわかる。でも私は、南の子、西の子について一回きりの視聴ではわかった気がしませんでした。それで良かったのかもしれないし、そういうところも本作品の良さかもしれない。摩擦係数0のツルツルなキャラクターならともかく、実物の人間ってもやもやしていてわからないものじゃないですか。この作品のキャラクターたちには、そのもやもやに通じるものがあり、良かったように思われました。
 
 

人を選ぶ作品なのは間違いない

 
・この作品は、10代の友達関係、そのたわいもなく、脈絡もなく、一緒にワチャワチャやっているだけで楽しい時間の貴重さを思い出させてくれるし、主人公の東は最終的に格好良い大人になった様子だった。ただ、そういう理解に至るまでの道のりが険しい作品だ。ワインでいえば、「高いポテンシャルはあるけれども、最初の一口で初心者から上級者まで魅了するようなワインではなく、渋みと酸味で不慣れな人を狼狽させてしまうワイン」みたいな感じだろうか。
初心者から上級者まで魅了するワインに難しいところがないのと同様に、初心者から上級者まで魅了するアニメも難しいところがなく、楽しみ(の全部とは言わないが多く)はスクリーンの向こう側から勝手にやってきてくれる。でも映画『トラペジウム』はそうじゃないよね。視聴者がスクリーンに楽しみを取りにいかなければならないし、忍耐を強いられたり過去の古傷を思い出したりさせられる場面がある。東の言動は特にそうだ。
 
・序盤は、東がアイドル結成のメンバーを探しに行く場面が続く。一応アイドルものと仄めかされる描写はあるけれども、本当にそうなのかちょっとわからない気持ちになる。アジコさんは「まともな映画のまともなシナリオは最初の5分でどんな映画かテーマがわかるものだが、これはそうじゃない」とおっしゃったけれども、その意味では本作はまともな映画のまともなシナリオから逸脱している。「確かアイドルについての作品だよね?」みたいなことを思い出しながら、手探りで視聴しなければならない一面があった。
じゃあ、それが悪いことだったかといったら、そうとも言えない。この作品は東が自己中心的にアイドルを目指してしまうストーリーが目立つ一方で、東西南北(仮)の四人組が友達として色々なことをやって思い出を作っていくこと、それを通して変わっていくことも大きなウエイトを占めていて、後者が本命だったとさえ言える。だからアイドルっぽさの目立たない序盤の展開は、本当は、この作品の通奏低音を観測しやすいパートでもあるのだけど、初見の段階ではその構図に気づけず、「こいつら、何やってるんだ?」感のほうが強かった。東のノートがアイドルを目指していることを示唆しているのはそうだけど、実際には東がノートで予定していたとおりにはならず、それをどう解釈すべきかが初手ではわからない。繰り返すが、それが悪いことだったかといったら、そうとも言えない。後から思い出すとあれで良かったんじゃないの? とも思える。
 
・なにより主人公の東のくせが強すぎる。あのメンバーのなかで東だけが本当にアイドルを目指したがっていたが、結局それは自己中心的で、東西南北(仮)は崩壊してしまう。Xでは、この東を非常に悪く書いている人もいたが、それは無理からぬことと思う。制作陣はこうなることを覚悟のうえで彼女をああ描いたのだろうし、彼女の成長過程の一部として重要な描写だと思ったけれども、とにかくきつかった。「きつければきついほど良い」みたいなハラペーニョ依存っぽいアニメフリークには受けがいいかもだけど、私はもう少し甘口のほうが好きなので、とても、しんどかったです。
 
 

でも、この作品だからこその魅力・表現はあるよね

 
・そんなこんなで難しい作品だったけれども、いいものを見せてもらった、という感想が残った。アジコさんは、「ハレとケ」という表現を用いて、アイドルというハレの体験に対してケの体験が重要だ、といった表現をしていたけど私も同感だ。私だったらケの体験を「十代の友達同士がただたむろっている体験」とか「戦略性とか抜きに、友達同士でワチャワチャやっていられる体験」って呼ぶだろう。あの四人組の未来を支えるのは東のアイドル戦略に沿った体験ではなく、一緒にできることをただやっていた体験のほうで、それって十代の青春においてめっちゃ大事なエッセンスだったよね、ということを本作品は強く思い出させてくれた。
 
・この視点では、アイドルを目指しているのか不明瞭に見える序盤が、まさにケの体験、十代の青春の一部だったんだなと思い出される。高専のロボット大会準優勝も、夏の花火も、ボランティアも、戦略的にやって戦略的に成功したかどうかは本当は重要ではなかった。そのとき友達同士で一緒に楽しんでいたことのほうが重要だった──そのようにこの作品は描かれている。でもって、それはアイドルを目指す過程もそうだったのかもしれない。テレビ番組に備えて自主練をやっていた頃、東だけでなく他の三人もキラキラと輝いていた。つまり自主練をやっていた頃の東西南北(仮)は(東の戦略にとってそれがどうだったのかは別にして)ケの体験の領域に属していて、十代の青春をちゃんとやっていたのだった。ところが大人の領域に進出するなかで東の戦略性の有害性があらわになるようになり、ついに東西南北(仮)は壊れてしまう。
 
・私は、東西南北(仮)のみんなは「ちゃんと壊れてくれた」と思った。壊れるまでのプロセスは見ていていやな気持ちでいっぱいだったが、全員壊れてくれたこと自体にはホッとした。西の子が最初に壊れた。無理してたから。北の子も彼氏の問題が露見し、南の子もちゃんとギブアップしてくれた。南の子は流れに身を任せるのが得意な人っぽかったが、それが出来過ぎるのも考え物だ。でも友達が壊れていくなかで彼女自身もちゃんと壊れることができていた。壊れるべき状況下で壊れるのは、とても大切なことだと思う。10代だったら尚更だ。
東だってちゃんと壊れていた。あの東西南北(仮)が終わってしまう場面の彼女の振る舞いは、単なる自己中心的な行動のそれを超えていて、タガが外れていた。でも彼女は自分が友達にやったことを振り返ることができるぐらいにはマトモで、ベランダではきっちり泣いていた。あのベランダのシーンの直前、母親(?)から「良いところも悪いところもある」と言われていたシーンが私のお気に入りだ。作中の東、ひいてはこの作品を表現する言葉として「良いところも悪いところもある」という言葉ほど似合うものはないし、あの時の東にはその一言が必要だった。もし、東が自分が友達にやったことから逃げ続け、自己欺瞞を貫こうとしていたら自己欺瞞に食われていたかもしれない。
 
・東はいつもアイドルのことを考えている。そのせいで、東は友達同士の時間を作る側でなく削る側……と、思い込んでしまいそうになる。でも、そうとも言い切れない。アイドル活動だってある時期までは「一緒にできることをただやっている体験」のひとつとして東以外には体験されていたんじゃなかっただろうか。もしそうだとしたら、東が持ってきたアイドル活動は北の子が持ってきたボランティア活動や西の子が巻き込んだ高専ロボット大会と(ある時期までは)並置されるべきことだったのかもしれない。あと、アイドル以外の活動をやっている時の東の顔って、はじめは曇っていてもだんだん良い顔になっていくんですよね。東のそういう性質はとても良かったと思う。
視聴者の視点から見ると東の自己中心性やアイドル活動の厳しさが意識されるけれども、西の子は西の子で、北の子は北の子で、それぞれのやりたいことを友達に付き合ってもらっていた。高専ロボット大会で準優勝ってのは巧いところで、「もし、あの時優勝していて西の子中心の物語に向かっていたら」というifを連想させる。その際には、それぞれの立場が入れ替わっていたかもしれない。
 
・ボランティア活動の話の時に、北の子が「ボランティア仲間じゃなくて友達って言ってよ」的なことを言って怒っていたのが、すごく効いていると思った。この作品、そうやって友達同士でワチャワチャやっている時間が大事なんだってサインはちゃんと視聴者に送ってくれているわけだ。この台詞は、その後アイドル活動に飲まれていって生気と正気を失っていく彼女たちの姿と一貫性があり、納得感がある。これと正反対の台詞が、東が北の子にぶつけた「彼氏がいるなら友達にならなければ良かった」だ。これは北の子にとって耐え難い一言だったはずで、転じて、「アイドル目当てで付き合っているなら友達にならなければ良かった」というかたちで東自身に跳ね返ってくる呪いの一言でもあった。
繰り返しになるが、このあたりの東の言動は見ていて本当に辛かった。東自身も呪いに焼かれ、反省もし、そののち、仲間たちと一緒に成長する。大きな過ちがチャラになり得るのも10代の友達同士だからこそ*1だとも言える。ラストの描写もいいだろう。でも、そうした色々を許せるのは、私にとってかなりぎりぎりのことで、私自身が「一緒にできることをただやっている体験」や「ケの時間」を高校時代に積み重ねてきたと感じていることに支えられている。もし、私がそうでなかったら東に対して堪忍袋の緒が切れていたかもしれない。
冒頭に貼り付けた前島賢さんのXのポストを思い出す。東西南北(仮)が破綻を迎えるシーンでは、強烈なエモーションが喚起される。あの、客観的になりきりにくい時間帯に自分自身の高校時代や友達関係を思い出さずに視聴し続けるのは至難の業だから、そこが本作品の感想に直結するのは避けがたい。
 
・そうである以上、まだ10代を経験しきっていない現在の中高生が本作品をどのように受け取るのかは興味があるけれども、10代の人がこのアニメに吸い寄せられるかは、正直よくわからない。
 
 
はじめは2000字ぐらいにまとめようと思っていたけれども、書き連ねるうちにこんな長さになってしまった。それは私なりにこの作品にエモーションを掻き立てられ、青春の一幕を思い出したからなんだろうけれど、それだけで言い切った気にはまったくなれないし、なぜこのような映画が眼前に現れたのかも正直よくわからない。そういうよくわからないアニメ映画を鑑賞できたことは、とても良かったと思っています。
 
 

*1:大人の間であれが起こったら許しがたいだろうし、そもそも大人の間で本作の物語のような出来事は、本作で語られるようなかたちでは起こらない

「ひきこもり」は現在も増え続けているのか?

 
最近、忙しくてブログがなかなか書けないなか、面白そうな話題がTLを駆け抜けていった。togetterに、それがまとめられている。
 
togetter.com
 
「昔の方が暴力が横溢していたのに、なぜ今になって不登校やひきこもりが増えているのか」について、いろんな人がいろんな意見を述べている。不登校、というのも意外に新しい概念で、昔は登校拒否という言葉が使われていて、それ以前には、農業手伝いなどの理由で親が子どもに学校に通わせない、なんてこともあった。昭和の終わりになっても、田植えや稲刈りの時期になると学校を抜けて家業を手伝うクラスメートがいたものである。もちろん、今日の不登校においては農業手伝いのために学校に行かない・行けないという事情は滅多になくなっているだろうけれども。
 
で、不登校については、増加し続けている。少しネット検索してもらえれば右肩上がりのグラフにいくらでも出会うはずだ。コロナ禍をとおして数字が跳ね上がっている点も含め、不登校の実数は増え続けている様子がうかがえる。
 
では、ひきこもりも増え続けているのだろうか?
私はひきこもりが本当に増えているのかどうか、2010年代から気にし続けてきたが、あまりよくわからずにいた。現在でもよくわからない。コロナ禍は、たぶんひきこもりを増やしたんじゃないか、と漫然と思う一方、日本社会の個人主義化や親の経済力の衰退がひきこもりという状態の維持を難しくしているのではないかとも思う。、また、特別支援教育や精神医療による支援によってひきこもりとは異なる状態へとガイドされるおかげで、少なくともひきこもりにはならない一群もあるのではないか、等々、ひきこもりを増減させそうな社会変化がいろいろ思い付くからだ。
 
少子高齢化もひきこもりの実数を変化させそうではある。ひきこもりは、不登校のように少子化が進んでいてもなお若年層において増え続けているのだろうか? それとも少子化が進むなかで若年層においては増え止まっているのだろうか。
 
これについて検索すると、NHKが内閣府の調査を報じている記事が引っかかった。
 
www3.nhk.or.jp
 
この報道では、ひきこもりになった理由としてコロナ禍の影響がかなり大きいことが挙げられていて、調査からはひきこもりの実数は146万人、女性にも広がっているといったことが書かれていた。興味深いのは、4年前の調査と比べて中年のひきこもりの女性比が大幅に増えている点である。
 

このうち性別では、4年前に公表された40歳から64歳までの調査では男性が4分の3以上を占めていましたが、今回の調査では、同じ40歳から64歳まででは、女性が52.3%と半数を上回り、15歳から39歳でも45.1%となっていました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230331/k10014025851000.html

なに、これ。
私はこれを見てまず、ちょっとおかしいんじゃないかと思った。中年以降のひきこもりの女性比率が四分の一以下から半数以上にひっくり返るなんてことが本当にあり得るだろうか? このことについて、同報道には
 

また、男性だけでなく、女性にも「ひきこもり」の問題が広がっていることについて「日本の伝統的な価値観の中で、女性は夢や希望を追い求めようとしても、家事や育児などで男性よりも高いハードルを課せられて、諦めてきた人が多くいる。そうした人たちが自分の状況を認識し、存在が顕在化してきたのではないか」という認識を示しました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230331/k10014025851000.html

という見解が書いてあったりするけれども、私はそうは思わなかった。かりにそうだったとしても、たった4年でこれだけ比率がひっくり返るほど考えが変わるのは何かが変だ。4年前の調査と比べて女性のひきこもりが多く見つかるようになったのは事実としても、たった4年で男女比が大きく変わるほど自己認識が変わるのは、おかしいと思う。
 
そう思って内閣府の調査を確認したら、これじゃないかと思うものがあった。
 
それは「調査方法」だ。
新しいほうの調査、令和4年の調査はインターネットや郵送物を利用して調査しているのに対し、平成30年の調査は民間調査会社の調査員が調査対象となった人の家に直接訪問して調査票を渡し、後日、それを回収するために再訪問するという方式を採っている。これは、無視できない違いじゃないだろうか。
 
男性ひきこもりの家に調査員が訪問した時、それをひきこもりではないと答えるのはかなり難しい。日本社会では、男性が家にずっといるのをひきこもりと呼ぶ以外の呼び方は少なそうだ。しかし女性はこの限りではなく、調査員を前にして世間体を気にする人は、当該女性をひきこもりと呼ばないよう言い逃れる余地はあっただろう。世間体を気にする場合、調査員が訪問した時にそのような言い逃れの誘惑にどこまで抵抗できただろうか。
  
いっぽう、令和4年の調査は家に調査員が訪問することがないから、世間体というバイアスがかからない。世間体からフリーであるぶん、調査員を介さない調査のほうがかえって実数に近づける部分もあるだろう。いずれにせよ、平成27/30年の調査の集計結果と令和4年の集計結果は調査方法に違いがあり、調査を受ける人々が世間体バイアスに曝される程度が異なっているから、これらの調査を比較してひきこもりの実数の増減を論じること、ひいては男女比の変化の程度を論じることは、けっこう難しいんじゃないだろうか。
 
 

調査方法と定義の変わるものの実態を追いかけるのは難しい

 
実は平成27年と平成30年の調査も、前者は「専業主婦・専業主夫・家事手伝いなどを自称する人はひきこもりから除外」という調査方法だったのが、後者はそれも除外しない調査方法になっていて、後者のほうがひきこもりに該当する人が増えるような調査になっている。いじめや虐待の統計もそうだが、こうした社会問題の調査ではしばしば、後の時代になればなるほど該当者の範囲が広がるような調査がなされがちで、従って後の時代ほど実数が多く抽出されやすくなる。
 
加えて、さきほど書いたように世間体のようなバイアスがどれだけかかるのかが調査方法によって異なっている場合がある。インターネットユースについての調査、流行の調査なども、こうした調査方法による「揺れ」の影響は本当は意識されなければならない。実数やパーセンテージの違いに加えて、調査方法の違いを比較することで、見えてくることがあるだろうし、逆に「これじゃ比較できないな」とあきらめなければならないこともあるだろう。
 
そうしたわけで、今回も私は「ひきこもりは増えているのかそうでもないのかは、なんだかよくわからないなぁ」という印象を得た。いつも調査方法が同一で、(ひきこもりにせよいじめにせよ)定義も同一なら、こうしたわからなさは回避できるのだけど、社会問題の調査では、それがしばしば難しいようにみえる。じゃあ、アップデートするな、と言い切ってしまっていいものだろうか。わからない。アップデートしなければならない事情はいろいろあるように思える。法務省の犯罪白書などに比べてグラグラとした統計を眺めながら、あれこれ想像せざるを得ないのは仕方のないことなのかもしれない。
 
そうしたわけで、「ひきこもり」が現在も増え続けているのか、それとも増え止まっているのか、については今回もわかりませんでした。もしわかる資料があったら教えていただきたいし、わからないものだとしたら、後世の歴史家はこの現状をどう分析するのだろう?
 
 

年を取って、不健康な食事でターボがかかるようになってしまった

 

 
「年を取るにつれて、自分の健康を気にかけるようになる」、とよく言われる。実際、20~30代の頃には健康だった人が、40~50代と年を取るにつれて高血圧や高コレステロール血症と診断されてにわかに健康リスクを気にしはじめるのはあるあるだし、「改心」してフィットネスジムに通って質素な食生活を心がける人も多い。
 
でも、この年になってきて逆に思うこともある。今、この瞬間だけ自分自身をブーストしたいと思った時、つい不健康な食事をとりたくなってしまいませんか? 不健康をおして血圧をあげたい・血糖値をあげたいと思う瞬間があったりしないだろうか。
 
私自身の身体の挙動を振り返る。
若かった頃よりも血糖値や血圧に「あそび」がなくなっているのか、血糖値をあげてしまいそうなものを食べると、パワーアップするように感じる。長時間のデスクワークにも弱くなり、夜まで続けていると頭が痛くなったり血圧が高くなったりしてしまう。アラフィフのこの身体は、自分自身のホメオスタシスを維持する力が若い頃に比べて劣っていて、血圧や血糖値が昔よりもグラグラしやすくなっている。だから中年になったら働き方も食生活も気を付けなければならないのだと、肌で感じられるようになった。
 
 

でも、ご飯がおいしくて困ってしまう。

 
ところが、いや、そういうホメオスタシスゆるゆる状態だからかだろう、最近、血糖値や血圧のあがる食事が「効く」気がしてしまうのだ。
 
塩分も糖質も控えめな健康的な食事でなく、ラーメンやチョコレートを食べると、自分の動きにブーストがかかる。モンスターエナジーやレッドブルのようなエナジードリンクもてきめんに効く。「パワーランチ」なんて言葉があるけれど、実際、パワーランチ的なものを食べると瞬間的に自分自身にターボがかかる。身体をターボ過給する食べ物として塩分過多・糖質過多な食べ物が効くようになってしまった気がしてならない。
 
それと関連してだろうか、若かった頃と比べて白米のご飯がおいしく感じられるようになった。
 
子ども時代、私は白米が苦手で、ふりかけがなければ食べられない子どもだった。それか、おかずを使ってなんとか白米を食べてしまうか。20~30代も基本は同じだった。白米はそれほど好きじゃなく、仕方なく食べるものだった。
 
それが今では、白米こそ食事の王様だと感じている。おかずに白米が寄り添っているのでなく、白米におかずが寄り添っている──ごはんが本当の意味で主食になった。その気になれば、少ないおかずで白米を腹いっぱい食べることだってできるだろう。
 
実際には白米を腹いっぱい食べることはない。腹八分目であるべきだし、糖質過多を避けるために白米を減らし、野菜などの割合を増やすのが望ましいから。白米なんて小さめの茶碗一杯ぐらい食べればそれでいいだろう。それで30代の頃からやってきたではないか。
 
だというのに、ここ数年、白米がどんどんおいしく感じられるようになったせいで、我慢する必要のなかった白米を、我慢して制限しなければならなくなった。せっかく白米が美味いと思えるようになったのに、好き放題に食べられないなんて!
 
塩気の多い食べ物、甘い食べ物などもそうだ。どれもおいしいし、それらはまさにパワーの源になる。虎屋のようかんは、私の身体にとってカーレースゲームに出てくる「ニトロ」も同然だ。
 

 
でも、自分の身体をターボ過給するということは血管や臓器に負荷をかけ、瞬間的な出力を稼いでいるということでもあるから、長期的な健康を考えるなら、やはり控えるべきだろう。
 
世の中には、健康的ではない食生活をしている中年や高齢者がいることを私は知っている。でも、その理由を私は知識不足のせいだと思っていたが、こうして白米がおいしくなり、ラーメンや甘味がターボ過給のように効くと感じてからは「ひょっとして中年や高齢者のなかには、このチャージの効果が欲しくて、やめられない人もいるんじゃないか」と思うようになった。知識や啓蒙の問題だけでなく、それらのおいしさに魅了されてやっている人もいるんじゃないか。
 
なかには、そうした不健康な食事をしてでも自分自身をターボ過給し働かなければならない人もいるかもしれない。年齢に比して激しい労働をこなすために、やむなくパワーランチで自分の身体をターボ過給し続けるのは、自分自身の血管や臓器に負担をかけながら働いているようなものだ。しかし、そのような労働、そのような現場が日本社会からなくなったようには見えない。
 
 

ジレンマに直面しながら、それでも生きていく

 
そうしたわけで、年を取っても不健康な食事を摂る人、摂らざるを得ない人は後を絶たない。以前よりもおいしくなった白米を我慢するのはジレンマもいいところだし、健康を気にしなければならない年齢になればなるほど食べ物がおいしくなり、塩分過多や糖質過多が「効く」ようになっていくとしたら、人間をつくった造物主は意地悪なものだな、と思わずにいられない。
 
いやいや、これはこれで造物主は人間をうまくつくったつもりなのかもしれない。七つの大罪のひとつである「暴食」を犯す者は、そのせいで健康を害してしまい、寿命も短くなる。「暴食」を司る悪魔はベブゼブブだったか。ベブゼブブにやられたくなければ、ちゃんと節制しなさいよというわけですね。でも、ここぞという時の不健康な食事には(この身体にとって)悪魔的な魅力がある。普段は節制しておいて、月に二、三度ぐらいは楽しめる状態を維持しておきたい。