シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「私のワイン沼」について語ってみる

  
hikakujoho.com

 
  
 冒頭リンク先は「ワイン沼にこれからはまっていく人向けの記事」だ。
 ワインに興味があるけれどもスタート地点に戸惑っている人には役立つと思う。
 
 で、せっかくの機会なので、既にワインを愛好している人向けの文章、というより自分のワイン沼の現状をそっくり書いてみようと思う。
 
 ワイン沼の住人と言っても、沼の内実はだいぶ違う。 
 
 ボルドーの赤ワインが好きでひたすら貯め込んでいる人もいれば、カリフォルニア産のやたら値段の高いワインを攻めている人もいる。なかには、安ワイン道場の師範さんのように低価格帯のゾーンを攻め続けている人だっていないわけではない。
 
 好みもまちまちだ。軽くて繊細なワインを好む人もいれば、ずっしりとした、味や香りの強いワインを選ぶ人もいる。
 
 で、私も御多分にもれず、かなり偏ったワインの飲み方をしている。
 
 ここからの文章をワイン沼の住人が読んだら、「なるほど、あなたはこういうワイン沼住人なんですね」という理解があるだろう。しかし、そうでない人にはチンプンカンプンな内容かもしれない。まあでも個人ブログなので、構わず書いてしまおう。
 
 
 

ブルゴーニュ(赤)ワインが好きだ!

 
 私のワイン沼の総面積のうち、だいたい6割はブルゴーニュワインで占められている。
  
 

 
 
 ブルゴーニュワイン!
 
 ああ、どうしてこんなに素晴らしい飲み物が存在するのだろう。
 
 世間ではボルドーやカリフォルニアの陰に隠れ、あまり注目されないけれども、世界じゅうのワイン沼住人がブルゴーニュワインに大枚をはたいてきた。もちろん私も好きだ。もともと値段が高かったのに、ここ最近は中国の人々もブルゴーニュワインに注目するようになったせいか、値段が信じられないほど高くなった。
 
 それでも!
 買うことをやめない!
 
 口当たりが軽く、繊細で、ときに信じがたく濃密で、おかしくなりそうなほど香り高く、醸造の不思議を一身に集めたブルゴーニュの赤ワインは、どれだけ飲んでも飽きる気配がない。値上がりしてしまったから上物はなかなか飲めない。それだけに、体調の良い日に、五感すべてで賞味せずにはいられない。
 
ジョセフドルーアン ラフォーレ ブルゴーニュ ピノノワール
 この、一番ベーシックなお値段のブルゴーニュ赤ワインでさえ、さくらんぼのような香りと涼しげな飲み心地があって気持ち良い。さすがに上位クラスに比べると、複雑な香りや滋養は足りないけれども、酸味のある赤ワインが好きな私にとっては、こういう品で十分だ。
 
 
クロード・デュガ ブルゴーニュ ピノ・ノワール
 でもって、同じベーシックなクラスなのに、値段が約3倍の高いメーカーのやつを連れてくると、品質の差がたちまち明らかになるのがワインの世界。クロード・デュガは香りも口当たりもごついワインを作っているから、特に違いがわかる。自分の好みよりキツい作り手ではあるけれど、だからといって嫌いになるわけもなく、うめえうめえと飲んでしまう。
 
 
ダンジェルヴィーユ ヴォルネ カイユレ
 
 ブルゴーニュ南部はヴォルネ村の一級畑のワイン。味の濃さではほとんどの赤ワインに負ける。収穫年の作柄や熟成期間によって品質は気まぐれで、抜栓してみるまでわからない。はっきり言って、こいつはジャジャ馬だ。
 
 でも、とにかく繊細なつくりのおかげか、収穫年の作柄の特徴を、私みたいな素人でも感じやすい。抜栓するたび、希望が出るのか絶望が出るのかドキドキするけれどもやめられない。気まぐれなところすら魅力に思えてしまう。まるで悪い友達みたいだ。
 
 
ダンジェルヴィーユ ヴォルネ フレミエ
 
 でもって、(ヴォルネも含めた)ブルゴーニュのいいところは、「同じメーカーが作った、同格品の、ぶどう畑だけ違っている品」を買ってきて飲み比べしやすいところ。ぶどう畑が違うとワインにも違いがある様子を何度も確認すると、ものすごく自己満足が高まる。「フムフム、2002年のこの畑はこうで、あの畑はこうだ」などと訳知り顔に飲み比べるのが最高に楽しい。
 
 いざラベルを隠して当てっこをしてみると、もっと面白くなるが、そう簡単には当たらない。当たらないから面白いし、いざ当てられると有頂天になる。「芸能人格付けチェック」で、中級ワインと最高級ワインを飲み比べるやつがあるけれども、ああいうのは、他人のを見るより自分でやったほうが5倍ぐらい興奮します。
 
 
プス・ドール ヴォルネ カイユレ
 
 収穫年・ぶどう畑が同一の、違う作り手のワインを飲み比べてみるのも楽しい。作り手が違うと、同じ畑のワインでも作風がぜんぜん違ったりする。たとえば、このプス・ドールのワインと一個前のダンジェルヴィーユのワインは、同じ畑でもびっくりするほど違っている。
 
 ブルゴーニュ以外もそうだろうけど、ワインの味や香りの違いは【誰が作っているか(作り手)】【どこで作られたか(エリアや格やぶどう畑)】【いつ作られたか(収穫年)】によってだいたい左右される。とりわけ日本でワインを買う場合は【流通経路】によって品質が変わるかもしれないので、ワイン沼の人々は流通経路にも結構うるさい。
 
 だから、ワインを知ろうと思えば思うほど、この3+1の条件のうち、3つを揃えて比較検討をしてみたくなる。たとえば同一のインポーターが仕入れた、2009年につくられたブルゴーニュの赤ワインを複数の畑で飲み比べてみる、など。
 
 これがまた、とにかく面白い。比べて飲んでみると、すごく学びがある。
 
 「そんなことを学んで何になる」だって?
 
 もちろんなんにもならない。
 少なくともお金にはならないだろう。
 それでも、大地で実った奇跡に触れた気分にはなる。
 
 それと、こうやって飲み比べていくことで、好きなワインを選び取る力がついていく、ような気がする。自分の嗜好についても以前より詳しくなった。
 
 ブルゴーニュワインは、フランスのAOC法のおかげで【誰が作っているか】【どこで作られたか】【いつ作られたか】を確認しやすく、その良しあしのヒエラルキーを把握しやすい。少なくともイタリアワインや日本酒などに比べれば体系がしっかりしている。最初は覚えにくいし、最近は価格が暴騰してどうしようもなくなってしまったけれども、ここまで値上がりする前のブルゴーニュは本当に良いワイン沼だった。
 
 
 

ブルゴーニュワイン(白)もメチャクチャ好き

 
 ブルゴーニュの白ワインといえばシャルドネで、これまたひたすら素晴らしい。赤ワインは理知的に比較する余地があるというか、あるていど分析的に飲めるのだけど、シャルドネはどうも駄目だ。幸福感でどろどろになってしまう。
 
 快楽!
 驚嘆!
 畏怖!
 
 そういったものが押し寄せてきて、だんだん冷静でいられなくなる。
 
 とあるワインの専門家は、「シャルドネがはびこって世界の白ワインはだめになってしまった」的なことを言ったという。なるほど、そうかもしれない。ほかにも立派な白ワインの品種はあるけれど、シャルドネは、かなり広いレンジの美味しさや香しさや快楽を表現してしまう。
 
 
レ・ゼリティエール・デュ・コント・ラフォン マコン・ヴィラージュ
 
 ベーシックなブルゴーニュのシャルドネとして。気軽に飲むにはちょっと高いというか、もう少し安いシャルドネで妥協したいけれど、新世界のシャルドネとブルゴーニュのシャルドネはジャンルが違うというか、微妙に味覚体系が違うので、ブルゴーニュのシャルドネのベーシック品を時々飲まないとシャルドネの座標系がわからなくなってしまう。このワインあたりがシャルドネ座標系の基準点のひとつ。
 
 
エティエンヌ・ソゼ ブルゴーニュ ブラン
 
 フランスワイン、特にブルゴーニュワインの高騰は「高級品ほど値段が跳ね上がる」はずなんだけど、これは「ブルゴーニュ・ブラン」というジェネリック品のくせにすごく値上がりしてしまい、5000円以上になってしまった。昔はこれが2000円ちょっとで買えたので、シャルドネ座標系の基準点にしていたけれども、今ではすっかり高級品になってしまった。
 
 じゃあ、よその地域の5000円のシャルドネがこいつに対抗できるかというと……意外に難しい気もする。冒頭リンク先の記事ではオススメしなかったけれど、この、エティエンヌ・ソゼの「ブルゴーニュ・ブラン」を基準点としてひたすら飲み続けたら、シャルドネを味わう舌がかなり鍛えられると思う。
 
 2ダースぐらいは欲しい。いや、蛇口をひねったらジャーッとこのワインが出るようになって欲しい。そういうワイン。
 
 
ドメーヌ・ルフレーヴ バタール・モンラッシェ
 
 でもって、シャルドネも特級クラスになると値段があまりに高く、おいそれと口に運べない。それでも好きだ! 特級クラスのシャルドネの香りのインパクトと破壊力は、一度知ってしまったら忘れることができない。もちろん赤の特級も素晴らしいけれども、赤の特級には思考を加速し、私を理知的にさせる何かがある。対して白の特級は、私の思考を溶かし、味と香りの世界に溺れさせてしまう。
 
 一時期、「ブルゴーニュの高級シャルドネは頭がパッパラパーになってしまうからもう買わない」と決めていた時期もあるけれども、いつの間にか買ってしまう。身体が快楽を覚えてしまったからだろうか。
 
 幸か不幸か、値段が高くなってしまったので実際にはなかなか飲めない。だからこいつで人生を駄目にされるリスクはほとんど無い。こんなものが一本1000円で買えたら大変なことになってしまう。
 
 
 

人気なさそうだけど大好きなワインたち

 
シャトーラネッサン
 
 安いボルドーって、いいなと思う。
 
 高級なボルドーを長いこと熟成させると、とてつもない味と香りに化けるのは知っているが、うちはブルゴーニュだけで精一杯なので高級ボルドーに手がまわる気がしない。
 
 でも、安ボルドーには安ボルドーのいいところがある;それは、むやみに味や香りで煽ってこないこと。ブルゴーニュのワインたちは、赤も白も魅力がヤバいというか、グラスいっぱいに香りが立ち込めて人間をたぶらかすところがあるけれど、安ボルドーは味や香りに節度があるというか、しっとりして穏やかで、ミルキーだけど甘ったるくなくて、落ち着いた気持ちで飲める。香りや味の自己主張が強いワインばかり追求していると、ふと、こういう品が欲しくなる。
 
 
アルジオラス コスタモリーノ
 
 イタリアのサルディニア島はコスパの良いワインがごろごろしていて、なかでも、このアルジオラスの作るワインは「ただの安い田舎ワイン」ではなく、微妙に洗練された気配があって、お手頃品も高級品も全部いい。このコスタモリーノも、ただ「酸っぱくて石灰岩のフレーバーが強いサルディニア白ワイン」ではなく、愛嬌もあってよくできていると思う。
 
 イタリアワイン沼には、シャルドネやメルローといった有名な国際品種とは違った土着のぶどう品種がたくさんあって、それらを追いかけているだけで終わる気配がない。サルディニア島の土着品種だけを相手にしていても、たぶん飽きないだろう。
 
 
アッレグリーニ アマローネ デッラ・ヴァルポリチェッラ クラシコ
 
 イタリアは不況が続くためか、ごく一部のワインを除いてそれほど値上がりしていない。で、アマローネは苦みや渋みをものともしないワイン沼住人*1にとって別天地のような状態で、超高級フランスワインには対抗できないにせよ、へたな赤ワインを打ち負かす旨味と香りをぶちかましてくれる。アルコール度数のせいか、イタリアの人々の気質のせいか、「ワイン鑑賞のために緊張を強いる」ような難しさが無いのもいい。
 
 でもこれは秋~冬のワインなので、これからしばらくは飲まないだろう。それとアルコールが強すぎるのでこれを一日で飲み切ってしまうのはほとんど不可能だ。金曜の夕方にあけて日曜の夜に飲み終わると、週末がハッピーになる。
 
 
カンテ エクストロ
 
 このワインはキワモノ系で、なんと、「よく振ってからお飲みください」とボトルに書いてある。実際にボトルを振ってみると、酵母みたいな沈殿物がぶわーっと舞い上がって、たちまち不透明な飲み物になる。
 
 味も白ワインとしては異質で、ビックルみたいな風味があって、ザラザラした舌ざわりと苦みがずーっと残る。すごい精気を伴っていて、この点では数万円の格上ワインに匹敵するほど。正統な白ワインのヒエラルキーからは逸脱しているけれど、これはこれで面白く、生命力のある飲み物なのは間違いない。
 
 
カッパ チ シャルドネ カンテ
 
 で、上掲のエクストロの下位ランクにシャルドネもあるんだけど、こちらはこちらでヘンテコというか、ボトルのなかに蜃気楼が揺れているかのようで、発酵食品の王道を行くような雰囲気がある。よそのワイン沼の人たちがこのヘンテコなシャルドネを飲んだ時、どういった感想を持つのか興味ある。私はこういうのも好きです。
 
 
 

好きなワインを、好きなように。

 
 ここに挙げたワインは自分が好きで好きでしようがない、手に取りたくなる品ばかりだけど、すべてのワイン沼住人の贔屓たりえるとは思えないし、まして、ワインに慣れていない人々に勧められるものとも思えない。
 
 ただ、広大なワイン沼のなかで自分が出会い、馴染んだワインはこれらなので、もしワイン沼に住所があるとしたら、ここに挙げたワインたちが私のワイン沼のアドレスということになる。
 
 ワイン沼は広い。広いから、いろんな嗜好の人のいろんな楽しみ方を受け入れてくれる。これからも我が道を行こうと思う。
 
 

*1:それと、若干の甘味と濃厚なアルコール度数にも抵抗感がないワイン沼住人

『ラグナロクマスターズ』プレイ開始の所感

 
 おとといから正式稼働している『ラグナロクマスターズ』をプレイし始めた所感を書いておく。ちなみに私はPC版の『ラグナロクオンライン』を2012年頃まで続けていたので、前作とは7年以上の付き合いになる。そういう人がこれを書いていると思っておいて欲しい。
 
  

 
 
 

キャラクターはかわいらしい

 
 
 
 ラグナロクの魅力の何割かは、2Dグラフィック時代のかわいらしいキャラクター、昔の言い方でいうなら「萌え」っとした感じの絵に由来していた。当時はそういったデザインのオンラインゲームが無かったのでひときわ輝いてみえた。
 
 今作のキャラクター選択画面は、まさにそのとおりの雰囲気になっているが、自分のキャラクターを実際に動かす段になると、さすがに2D時代とは質感が少し違う。とはいえかなり頑張っている。合格レベルなんじゃないか。
 
 なにより、モンスターのかわいらしさがほとんど喪われていないのが嬉しい。ポリン、ルナティック、ヨーヨー、ペコペコ、いずれも昔のかわいらしさを失っていない。マップ切り替え時に表示されるモンスターの姿を見るに、むしろ前作よりかわいくなっているとさえ思われる。よくわかっていらっしゃる。
 
 

街並みやマップも雰囲気が出ている

 

 
 この写真のように、プロンテラの床の質感は、前作の雰囲気をしっかり受け継いでいる。やたら土地が広かった前作に比べて手狭だが、現時点では問題を感じない。同様に、全体マップも縮小していて隣町までの距離が近くなっているが、これも問題だとは思えない。魔法使いの街・ゲフェンもいい雰囲気だった。ただし、プロンテラ南にずらりと並んでいた露店取引はもうみられない。
 
 自分のキャラクターを中心に、360度視点を回転させる/真横~真上にビューを切り替える機能は失われている。カメラで撮影する時にはあるていど融通がきくが、戦闘中などは自分のキャラクターを眺める角度が同じだ。街の景色も、その前提で眺めることになっている。
 
 

オート狩りは便利、BOTみたいだ

 

 
 ラグナロクとは切っても切れない狩りは、手動でもできるけれども自動でもできる。コンソールがスマホで初期段階ではソロ狩り中心だろうから、自動の狩りに頼ることになりそうだ。前作では悪しき風物詩であった「BOT」をこんな風にゲームシステムに組み込むのかと感心した。いまどき、単調な狩りを延々とし続けられるプレイヤーはそれほどいないだろうから、良いことだと思う。もちろん、手数の多い戦い方をしたい時は手動でやったって構わない。
 
 スキルスロットが減っているため、上級職のパーティープレイで困るかもしれないが、アイテムスロットと別扱いになっているのでおそらく困らないだろう。現段階では、そもそもパーティープレイをやる機会をどうやって作るのかが問題ではある。
 
 

クエストの効率は良い。クエストのストーリーはいまいち

 
 現時点ではクエストをこなしたほうが実入りが良いので、狩りもほどほどにクエストをこなしていくわけだけど、あまり面白くない。前作でもクエストの筋書きは平板というか、お世辞にもアドバンテージとは言い難い感じだったが、今作もそれは変わらない。ところが、キャラクターの成長や冒険ノート埋めを考えると避けて通るのも難しそうにみえる。
 
 仕方がないと思って最初は頑張ってテキストを読んでいたが、中途からはテキスト送りをしてクエストが終わるのをじっと待つ……といった「おつかい作業ゲー」になってしまった。
 
 前作に熱中した人の大半は、ラグナロクというゲームは好きでも、そのクエストには魅力を感じていなかったように思う。今作のクエストも、現段階では魅力を感じさせるものではない。2010年以降に私がプレイしたソーシャルゲームたちに比べると、いかにも貧弱なテキストを読まされている感がある。にも関わらずクエストの重要性が高くなっているものだから、やらないわけにはいかない。
 
 この、クエスト周りの仕様変更は、前作とは相当違う考え方で付き合っていかなければならないと思う。考え方を変えてまで付き合う値打ちがあるのか、よく見極めなければならない。
 
  

スマホが熱い、バッテリーが焼ききれそう

 
 今回、いちばん心配になったのはスマホの放熱と激しいバッテリー消耗だ。
 
 充電器を繋がずに『ラグナロクマスターズ』をプレイすると、かなりの勢いで電池が減っていく。体感では『ポケモンGO』や『FGO』よりも早い。外で持ち歩いてプレイするならモバイルバッテリーが欲しくなる。
 
 かといって、充電器を繋いだままプレイすると発熱がひどくていけない。充電器に繋いでオート狩りをさせながら料理しをしていたら、過熱で強制終了を食らってしまった。充電しながらプレイするためにはヒートシンクが必要そうにみえる。
 
 このゲームには疲労度設定というのがあって、狩りは一日300分までとあるけれど、そんなにスマホを酷使したらスマホがかわいそうだ。スマホのバッテリーが簡単に交換できた時代ならいざ知らず、いまどきのスマホのバッテリーはあまり痛めつけたくない。
 
 

タブレットが欲しくなるが、今は買い時ではない

 
 電池の問題にくわえて、インターフェースの細かさもスマホにはきびしい。
 
 ひとつひとつのアイコンが小さく、マップのつくりも細かいので、「このゲームはタブレット向きなのだろう」と思うことにした。いや私が中年で、老眼だからそう思うだけで、若い人ならスマホ+タッチペンでも大丈夫なのかもしれない。どちらにせよ、電力消費や過熱の懸念もあるので、やるならタブレットで、遠慮なく遊ぶのがよさそうにみえる。
 
 問題は、今、Androidのタブレットをどう調達するかだ。
 

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 我が家では長いことASUSのnexus7が活躍していたが、もうASUSはタブレットを作る気が無さそうにみえる。価格と性能を考えるとファーウェイが良さそうに思えたのに、国際的な問題によって手が出しにくくなってしまった。こんな、Androidタブレットを選びづらい情勢のなかで、わざわざこのゲームのためにAndroidのタブレットを買うのは勇気が要る。
 
 

今、背伸びしてまで遊ぶべきゲームか、まだわからない

 
 このほか、現代日本では時代遅れな「萌えっ」とした雰囲気やアスキーアートのたぐいも含めて*1、2019年のゲームとしてはどこか敷居が高いというか、人を選ぶゲームのような気がする。前作には思い入れがあるので、私にとって次期主力ゲーム候補の筆頭だったのだけど、スマホ前提でこのゲームに深入りするのは躊躇われるし、さりとてAndroidのタブレット購入という背伸びをしたくなるほどの「買い」材料はまだ見当たらない。
 
 とはいえ、前作の性格からいっても真価はギルドやゲーム内の付き合い次第だろうから、とりあえずログインボーナスをもらいながら、少しずつゲームの世界には慣れていこうと思う。ミッドガルドに、再び賑やかさが戻ることを期待したい。
 
 

*1:この、露骨で古くさく感じる「萌えっ」とした雰囲気がかえって海外人気に繋がっているのかもしれないが

東浩紀さんの回想と、はてな村周辺の話

 
blogos.com
 

—— とすると、もう我々にはネットで議論することは難しいという感じなんでしょうか

いまはもう難しいですね。議論というのは本来、論点を抽出して、その勝敗を決めれば誰もが納得する結論が出るというものではないわけです。そもそも最初から意見は違うんだから。その最初の「意見が違うということ」の意味を深く考えず、勝ち負けだけ決めようとすると、不毛な罵倒合戦しか生まれない
 
自分はAが正しいと信じている。にもかかわらず、こっちには全然違うBが正しいと信じている人がいる。これはなんでなんだろう。まずはそう考えるのが大事なんです。説得や論破が大事なのではなくて、違う意見が存在するのはなぜなんだということを考えること。これは、違う考え方を持っている人に対する一種の尊敬の念がないとできないことです。そして、それがどうやって生まれるかというと、時間だったりコミュニティの感覚だったりが必要です。

 
 哲学者の東浩紀さんが、ネットコミュニティの10年を振り返るインタビューをBLOGOSに公開しておられて、少なくとも私はかなり共感し、ところどころ感銘を受ける部分すらあった。
 
 東浩紀さんのネット上での言動には動揺もあり、失礼ながら、東日本大震災後の一時期は揺れに揺れていたように私にはみえた。また時々エゴサーチをしていた気配があり、伴って、やたらブロックを繰り返していた時期もあった。
 
 なんらかの背景にもとづいて動揺している時には、ネット、とりわけSNSからは距離を取るのが好ましいネット処世術だと思っている私には、それらが危なっかしいもののように思えた。が、そのような時期に見ず知らずの私が何かを言っても、何かを言うだけのコンテキストが無いし、東さんがtwitterをそれでも続けざるを得ない事情があったとしても知らないわけで、私は黙ってみていることしかできなかった。
 
 そういった経緯を踏まえるなら、東さんが「説得や論破が大事なのではなくて、違う意見が存在するのはなぜなんだということを考えること。これは、違う考え方を持っている人に対する一種の尊敬の念がないとできないことです。」と述べても、難癖をつける人はいるだろうし、実際、それはあったように見受けられた。
 
 しかし私のなかでは、東さんの上掲の発言と、東さんのtwitter上でのご経験とは整合性があるように思えた。そのことを、過去のはてなダイアリーとはてなブックマークの時代、つまりはてな村を思い出しながら、あれこれ語ってみる。
 
 

「議論できる場」としてのはてなダイアリー・はてな村

 
 冒頭リンク先の文章で、東さんは「はてなダイアリーには村に所属している意識があって、議論もできていた」と書かれている。
 
 そうだったと思う。少なくとも、今日のはてなブログのありよう、ましてtwitterのありように比べれば、はてなダイアリー(とそれに付随するはてなブックマーク等)はアカウント同士の議論が成立しやすい場だった。大まかに言って、それは「はてな村」という言葉が現役だった時期とだいたい重なり合う。
 
 はてな村ではなぜ議論が成立しやすかったのか。東さんは、「はてな村」への所属感があったから、アカウントの名前とアイコンをお互いに認知できていたから、世の中ではマイナーなものを自分たちがやっている自負心があったから、といった要素を挙げているが、どれもそのとおりだったと思う。
 
 はてな村のメンバーは村全体の歴史やイベントを共有していて、誰と誰が揉めていたのか、誰が何をやらかしたのか、誰がどんな性向を持っているのかをお互いによく知っていた。
 
 たとえば『はてな揉め事史』に列挙されている揉め事、出来事のたぐいも、当時現役だったアカウントならだいたい知っていることだろう。そのうえ、それぞれのアカウントがどのような出来事にどう反応するのか、お互いに予測することもできた。「顔のみえる付き合い」という言葉があるが、はてな村は「アカウントとアイコンのみえる付き合い」のコミュニティだった。だから極端なことをいうアカウントがいても「あの人はあれが平常運転だから」とあまり気にする必要も無かった。とりわけ周りがそのように見ているなら、自分もそのように見やすかった。
 
 もちろん、どこのネットコミュニティにもどうしようもない人、サークルクラッシャー的に作用してしまう人はいて、それらがはてな村でも火種になっていたことは付記しておく。
 
 とはいえ、はてな村というコミュニティがあり、お互いに見知った仲だったからこそ議論の場が成立していたのだろうと思うし、そうした見知った仲を深めていくアーキテクチャとして、はてなブックマーク、idコール、はてなキーワード、はてなハイクなども機能していたように思う。
 
 それと当時のはてなダイアリーの時間感覚と、議論の形式。
 
 はてな村は長文のやりとりを厭わないコミュニティだった。twitterに比べると長いタイムスパンで、お互いの思うところを応酬しあっていた。はてなブックマーカーもしばしば自分のブログを持っていて、長文を書くためのホームグラウンドにしていた。誰かのブログ記事がトピックスになると、複数のブログが反応して関連する記事を書き、それらがトラックバックを介して繋がりあっていた。トラックバックを介して繋がりあっていたから、複数の意見を後から追いかけることもできた。
 
 東さんは、議論とは、「説得や論破をしなければならないものではない」とおっしゃっていたが、私も同感だ。
 
 ひとつのブログ記事に、誰かが関連したブログ記事を書き、それらが読み比べられる状態になっていれば、私はそれで議論は成っている、と思う。どちらか一方だけを正しいとみなすのでなく、複数の意見が通覧できる状態になり、それらを後から読み返す人が自分なりに考えられる状態ができあがったなら、たとえ誰かを論破していなくても、たとえ結論が出ていなくても、それを議論と呼んで良いのではないか。
 
 当時のはてなダイアリーには、時間をかけてでも長文を書いてトラックバックを交わすという習慣や気風が残っていた。それも、仲良しに対してだけトラックバックするのでなく、誰が誰に対してであれ、対等に議論に参加して構わない習慣や気風があった。ただし対等であることによって、零細ブログが書いた曖昧なブログ記事にアルファブロガーが厳しいトラックバックを送ってくることもあり得たし、その逆もしばしば起こった。このあたりも「はてな村は怖い」「はてなは殺伐としている」と指摘される一因になっていたかもしれない。
 
 お互いに「アカウントとアイコンが一致」する間柄で、はてな村というコミュニティの歴史を共有していて、はてなブックマークをはじめとする複数のアーキテクチャで繋がりあったはてな村だからこそ、あの時、あんなに議論に熱くなれたのだと思う。議論の質の高低はここでは於こう。だが、議論しても構わないという雰囲気と、議論をするためのアーキテクチャが、往時のはてな村には揃っていた。
 
 

「議論できない場」の典型としてのtwitter

 
 twitter、とりわけ沢山の人に使われるようになった2010年代以降のtwitterは過去のはてな村とは対照的だ。
 
 ツイッターランドはあまりにも広大で、アカウントとアイコンが一致するような「顔パス」の関係など作りようがない。twitterにはフォロー/被フォローという仕組みがあり、自分の視界をデザインできるが、往時のはてな村のような、さまざまな思想信条を持った人が一定のまとまりのコミュニティ意識を持ち、お互いに顔見知りになっていくのに適したアーキテクチャではない。
 
 twitterは、思想や嗜好の共通した者同士を強く結びつけるが、思想や嗜好の異なった者同士が同じコミュニティに所属し、はてな村のような意識を持つにはまったく向いていない。
 
 文字数も良くない。twitterは、ひとまとまりの意見を交わすには全く向いていない。もともとtwitterはつぶやきをつぶやくためのツールとして出発したのであって、議論を交わすためのツールとして出発したわけではない。複数のツイートを連ねても、それは140字以内のつぶやきの応酬にしかならない。togetterは、そういったtwitterの議論しにくい性質を垣間見るには絶好のツールになってしまっている。 
 
 

メディア論―人間の拡張の諸相

メディア論―人間の拡張の諸相

 
 
 マクルーハンが言った「メディアとはメッセージである」というあれになぞらえるなら、twitterというメディアはそれ自体、人を議論させるのでなく、似た者同士を共鳴させ、思想信条が異なった者同士を分断させるメディアではないだろうか。
 

 私は、SNSは、人に自由にオピニオンを語らせる社会装置ではないと思う。むしろ、本来なら言わないで済んだはずの言葉、言語化するどころか意識にすらのぼることすらなかったはずの言葉を、巻き込むように吐き出させる社会装置ではないだろうか。
 加えてSNSには、フォロー/フォロワー、リツイート、シェア、いいね、ブロックといった機能がある。これらの機能により、SNSには似た者同士が群れやすく、そうでない者同士が結び付きにくいSNSならではの偏りが生じる。
 引用:SNSは人を「繋げる」より「分断」している | Books&Apps

 
 はてなダイアリー上では議論できていた人が、twitter上では政治の渦に巻き込まれ、異なる思想信条を非難するスピーカーになり果ててしまうのは、よくあるパターンだし、ある程度は仕方のないことだと思う。よほど意図してさえ、twitter上で議論をやってのけるのは難しい、なにせ議論は相手(や第三者)あってのものだから、自分一人では成立しない。そして自分自身はもちろん、相手も第三者もtwitterというメディアの上では議論するよりツイートするように自ずと振る舞ってしまうのだ、なぜならtwitterというメディアがそういうものだから。
 
 こうした、twitterをはじめとするSNSの影響下のもとに、現在のはてなブログの世界があると、私はみている。
 
 元々はてなブログは、トラックバックを廃止したり、コミュニティとしてのはてなダイアリーにあった機能を削ったきらいがあった。そこに、twitterもやっているような新規のブロガーが続々と入植し、2015年以降はブログでお金儲けしたがる人々がやたらと目立つようになってしまった。ユーザー数は、はてな村時代よりもずっと増え、「アカウントとアイコンが一致する関係」はますます成立しにくくなってしまった。
 
 現在のはてなブログで00年代のような議論を、同じはてなのユーザーだからというよしみでやってのけるのは難しい。そもそも、議論、という様式じたいが避けられているようにもみえる。はてなダイアリー時代と同じ感覚で余所のブログに言及した時、いったいどのような結果が起こるのか全く予測できない。少なくともはてな村的な、「ここは自由に議論しても構わない場所」といったコンセンサスははてなブログには無い。
 
 

数のスケール、非対称性の問題

 
 このことに加えて、とりわけ東さんのような立場の場合、ユーザー数の非対称性が議論を阻むことになる。
 
 2019年5月現在、東浩紀さんのtwitterアカウントの被フォロワー数は187000以上。これほど沢山の人に読まれているアカウントで、対等な議論を、コミュニティ感覚を伴いながらやってのけるのは、私には不可能にみえる。芸能人のアカウントのようなアナウンス専用のアカウントと割り切ってもおかしくない水準だろう。
 
 ひとつの発言に数多の人間からリプライがつき、それでもやりとりを続けるのは簡単ではない。ましてや議論だなんて。
 
 たとえばひとつのツイートに1000以上のリツイートがつくと、さまざまな意見や反論、無関係な文字列などが届くようになるが、それらをいちいち読んで返信すべきか確かめてまわるのは、精神衛生にものすごく悪い。一年に一回程度しかそういうことが起こらなない人なら喜々としてやってのけられるかもしれないが、年に何十回も大量リツイートを経験する人は、いちいち反応を見ていられなくなる。
 
 はてなブックマークも同じだ。このブログには年間数千のはてなブックマークコメントがつくが、大量のはてなブックマークコメントをじっと見つめ続けると、正気度がだんだん下がってくる。まして、はてなブックマークコメントのひとつひとつに言及するなど不可能である。
 
 ここでも書いたように、たとえコメントの6割が賛成や肯定で、2割が中立的で、否定的なコメントが1割、文章が読めていないコメントが1割程度でも、人はかなりのストレスを感じる。6割の賛成や肯定というのは、ブログ記事としては大成功の部類に入るが、そのぐらいの水準でもしんどい。毎回炎上している人は、いったいどれぐらいストレスを感じて、どのようなストレスコーピングを働かせているのだろうか。
 
 はてな村の頃は、私はこのような非対称性をあまり意識することがなかった。なぜならはてなブックマークにせよ、はてなダイアリーからのトラックバックにせよ、それらは大抵「アカウントとアイコンが一致する」間柄からのものだったからだ。
 
 ときには私のブログにはてなブックマークが集中し、一時的に非対称性を意識することはあっても、そこに集まったブックマーカーの大半も「はてな村の人々」だったので、誰がどういう反応をするのかはだいたい予測できた。もし、見覚えのない奇妙なアクションをするブックマーカーが現れた場合も、やがてはてな村内部でマークされ、あるていどの自浄作用も期待できた。
 
 だが、今日のtwitterやはてなブックマークでは、これらは期待できない。どこのどういったアカウントなのか全くわからない、自浄作用も全く期待できない状況のなかで、ツイッタラーやブロガーは無数の声に晒される。
 
 [関連]:『ネットの発言にいちいちムキになる方がおかしい』という風潮が当たり前になるくらい、みんなが発言責任を取らなくなってしまった今のネット社会では、議論なんて成立するわけがない - 自意識高い系男子
 
 こちらのブログ記事の問題意識とも重なるのだけど、今のtwitterやはてなブックマークには、自分の好き勝手なことを書いたうえでそのことを指摘されると「いちいちムキになる方がおかしい」と言いかねない人が少なからずいる。
 
 いや、昔のはてな村にだってそういう人はいたのかもしれない。だが、はてな村は現在のtwitterやはてなブックマークよりもずっと規模が小さかったし、どこの誰がどの程度の人間なのかをお互いが周知していたからまだ良かった──村のなかで行儀の良くない言動を繰り返しているアカウントには、そういうアカウントであるというコンセンサスが形成されていったからだ──。人が悪くなったという以上に、スケールレベルの問題として、無責任の極みみたいなアカウントを無責任の極みみたいなアカウントとして周知することが不可能になってしまった。おそらく、現在のはてなブックマーカーのカルマの汚れ具合を、いちいち点検できている人はいないのではないか。
 
 こうした諸々によって、東さんのような大きなtwitterアカウントはもちろん、『シロクマの屑籠』ぐらいのブログですら、圧倒的な数の非対称性に向かって反論を行うことが非常に難しくなっている。こちらのブログ記事でも触れられていることだが、もしtwitterやはてなブックマークで誹謗中傷をされたとしても、それをブロガーの側から否定するコストはものすごく大きい。
 
 そしていちばん卑怯な人々は、そうした「ブロガーの側から否定するコストはものすごく大きい」ことを知ったうえで、言いたいことを安全な場所から言い放っている。更に「それは有名税だ」という台詞がつくこともある。有名税という言葉によってツイッタラーやはてなブックマーカーそれぞれの言動の正邪が変わるわけでもあるまいに。更に「お前の影響力を考えてみろ」という台詞が加わることさえある。だったら数のスケール、数の非対称性も考えてくれよ、と私は言いたくなる。
 
 ……しかしこうした文章も、ブロガーには届くかもしれないが、純粋なはてなブックマーカーやツイッタラーには届かないのかもしれない。そういえば、はてな村でははてなブックマーカーもホームグラウンドとしてブログを持っているのが常だったから、ブロガーの立場が薄々わかっていたのかもしれない。ということは、はてなブックマーカー=ブロガー、ツイッタラー=元ブロガーといった時代でなければ、はてな村という状況は起こり得ないものだったのかもしれない。
 
 
 

「議論ができるコミュニティ」はどこに?

 
 今後、議論ができるコミュニティをどこに求めればいいのか?
 
 東さんがネットでの議論に見切りをつけ、オフラインのコミュニティを意識しているのは、こうした一連の流れとtwitterでのご経験を踏まえれば、とても自然なものだと思う。
 
 では、ここでブログを書いている私はどこに求めればいいのか?
 
 実は私も、オフラインのほうがオンラインより議論に向いている、と思うようになってしまった。オフ会で直接会って話をしたほうが、議論はやりやすい。少なくとも、そういう見込みのある人のところに赴いて言葉を交わすことには十分な値打ちがあると私は信じていて、現在でもときどきオフ会に出向くようにしている。
 
 そういったことを、オンライン、たとえば現在のはてなブログ上でやってのけられるものだろうか。
 
 わからない。そもそもネットで議論をする・異なる意見が並んでいることを良しとする習慣じたい、現在のはてなブログ、ひいてはインターネット全般から失われているようにみえてならないからだ。あるいは世間からも失われているのかもしれない。
 
 ただ、議論ができる人がいなくなったわけではない、とも思う。はてなブログにも、はてなブックマークにも、twitterにも、この人とは議論ができそうだと思えるアカウントは存在する。そういった人とは、お互いに異なる意見を抱えたままでも議論できるかもしれない。もちろん、はてな村の時代に知り合ったブロガーの多くとなら、現在でも議論をやってのけられるだろう。
 
 今日のインターネットで議論をやるのは、いかにも難しい。それでも、できそうな人とはできる議論をやっていきたい。はてな村の元村民としては、そんなことを願いながらブログを書いている。
 
 

ほとんどの人は「友人にカネを貸してはいけない」を理解する必要なんて無い

 
お金を貸して絶縁するだけの話 - やしお
 
 
 リンク先の筆者ははてなダイアリー時代からブログを書いているという。だからかもしれないけれども不思議な読了感があり、そういえば、ブログで対人関係の様式を読むのは久しぶりだな……などと思った。
 
 

対人関係にカネが介在しても平気な性質

 
 まず、筆者さんの対人関係の様式は、なかなか珍しいもののように私にはみえた。日常臨床の世界でもオフ会の世界でも、筆者さんのような人に出くわすことは稀にある。だが、あくまで稀であって、大多数は筆者さんとはだいぶ違う。
 
 リンク先の文章は、「友人にカネを貸したら戻って来なくて絶縁した」といったテーマで綴られているが、こんなテーマで長文を綴れること自体、かなり独特だ。私たちは、友人同士の間柄ではカネの貸し借りをしないし、してはいけないと教わってもいる。もし、どうしてもカネを貸し借りするとしたら、友人関係は終わると覚悟しなければならない。あるいは、返してもらえることをあてにしないような、半ばくれてやるかたちになるのが通例だ。
 
 世の多くの人は、友人関係にカネの貸し借りが挟まることに耐えられない。
 
 ところがリンク先の筆者さんは、そうではない様子であるように読めた。リンク先の文章には、「友人」の映画代や旅行費や飲食費を筆者さんが何年も払い続けていることが記されていた。はてなブックマーク上の反応をみても、この点に唖然としている人が少なくない。
 
 それはそうだろう。世の大半の人は一方的に金銭を肩代わりする/されるような人間関係を「友人」関係とは呼ばない。ほとんどの人はこのような関係には耐えられないし、過去を振り返って楽しかった、などとは思いもしないだろう。
 
 ところが、筆者さんはこれを楽しかったことと回想できる、できてしまうのである。
 
 もし、数年間「友人」から映画代や旅行費や飲食費を払ってもらい続けるのが「友人」としておかしいと指摘できるとしたら、「友人」の金銭を肩代わりし続けて、それを不快な思い出として回想せず、楽しかった思い出として回想できてしまう筆者さんもおかしい、と指摘しなければならないだろう。
 
 おかしいといって語弊があるなら、珍しい、と言い直すべきかもしれないが。
 
 これまでにもカネを貸して戻って来なかった逸話があったのをみるにつけても、この筆者さんは現代日本人では珍しい、対人関係にカネが介在しても不快にならない性質の持ち主と推測される。
 
 このような性質にもとづいて対人関係を営んでいれば、プライベートな人間関係はかなり制限されかねない。なぜなら、世の多くの人は、友人関係のようなプライベートな人間関係にカネが介在することを不快に感じ、簡単には受け容れられないからだ。人間関係にカネが介在することを不快に感じる度合いの高い人ほど、筆者さんの珍しい性質を目の当たりにした時、「この人とプライベートを共有するのはなんとなく難しそうだ」と感じて距離を取るだろう。
 
 そうなると、カネの介在を不快に感じにくい人だけが距離を取らずに「友人」になり得る。しかし、それだけでは終わるとは限らない。金銭を肩代わりすることを楽しかったと回想できる人と付き合うようになったカネの介在を不快に感じにくい「友人」は、ほとんど抵抗なく金銭を肩代わりしてもらえる関係性へと慣れていき、いよいよ金銭を肩代わりしてもらう方向へとなびかずにはいられないだろう。
 
 人間関係にカネが介在することを不快に感じやすい人なら、このような関係性に至ることはまずないのだが。
 
 別のブログ記事のなかで、筆者さんは
 

 友達にお金を貸しちゃダメって話は誰もが言う。だけど、その仕組みをきちんと説明してくれた人はこれまでいなかった。仕組みをちゃんとわかってる人が少ないんじゃないか。「お金のトラブルになっちゃうと友情が壊れちゃうからね」って、そんな理解じゃぜんぜん浅いんだよ。そうじゃない。「お金のトラブルになっちゃうと」じゃない、そんな途中からの話じゃなくて、もう第一手目からこの終局が導かれてるんだよ。
 これね。ようやく私理解しました。友人にお金を貸してすんなり返ってこないって事態が構造的に不可避だってこと、二人目を経験してみてもうすっかり理解しました。
 引用元:https://yashio.hatenablog.com/entry/20151007/1444230425

 と述べている。
 
 私がみるに、確かに世の多くの人は、「友人にカネを貸してはいけない」を浅くしか理解していないと思う。
 
 だが、理解する必要なんて無いのである。
 
 世の多くの人は、「友人にお金を貸してはいけない」を説明されるまでも理解するまでもなく、友達にお金を貸すという行為がそもそも生理的に耐えられない。生理的に耐えられないから、プライベートな人間関係のなかで少額といえどもお金の貸し借りができてしまったら、できるだけ早く解消しようとする。
 
 「友人にカネを貸してはいけない」その仕組みを深く理解しなければならないのは、現代人としての筆者さんの、独特なところだと私は思う。ほとんどの人が生理的に耐えられないものが平気だから、筆者さんは理解という手続きをとおして「友達にお金を貸しちゃダメ」という対人関係の基礎を実行しなければならない。
 
 しかし実際には実行しきれていないことが詳らかにされているわけだから、理解がまだ足りないか、理解という手続きでは十分ではないのかもしれない。
 
 

カネの影響力は強い。強いがゆえに忌避される。

 
 一連のブログ記事を読んで、私は「そういえば人間関係ってカネの論理だけでは上手くいかないものだね」と改めて思い出した。
 
 商取引や仕事の世界では、ほとんどのことがカネでモノやサービスをやりとりすることができる。大昔は必ずしもそうでもなかったが、現代人は、モノだけでなくサービスまでもカネで売買することにすっかり慣れているし、そのことに罪悪感を感じたりもしない。
 
 しかし、何もかもカネの論理でやりとりできるようになったかといったら、そうでもない。友人関係などはその最たるもので、世の多くの人は、そういうプライベートな人間関係にカネの論理が侵入することを嫌がる。
 
 なにしろカネというのは強力だ。カネという影響力の権化は、人間関係に強い力を及ぼさずにはいられない。金銭を肩代わりし続けて/され続けてもなお、お互いの人間関係を全く変化させないのは、ほとんどの人には不可能だ。
 
 聞くところによれば、昭和時代の大政治家、田中角栄は以下のようなことを言ったという。
 

「いいか。お前は絶対に『これをやるんだ』と云う態度を見せてはならん。お前がこれから会う相手は大半が善人だ。こういう連中が、一番つらい、切ない気持ちになるのは、他人から金を借りるときだ。それから、金を受け取る、もらうときだ。あくまで『もらっていただく』と、姿勢を低くして渡せ。世の中、人はカネの世話になることが何よりつらい。相手の気持ちを汲んでやれ。そこが分かってこそ一人前だ」
 引用元:http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/goroku/kinkengoroku.html

 ここでいう「大半の善人」と、プライベートな人間関係にカネの論理が侵入することを非常に嫌う人はおおむね重なり合っているのではないか、と思う。
 
 そのような人々は、他人からカネの世話をされること・カネを借りることを忌み嫌う。おそらく田中角栄自身は「大半の善人」には相当せず、文脈に沿った言い方をするなら「稀な悪人」だったのだろう。「稀な悪人」ではあっても「大半の善人」の性質を知悉していたから、田中角栄はカネを使って強い影響力を手に入れていた。
 
 現代人はカネがなければ生きていけないし、友人関係を維持するにも幾らかのカネがかかる。ところがカネは万能というわけでもなく、プライベートな人間関係のある部分には馴染みにくく、強引にねじ込むと何かと歪みが生じてしまう。田中角栄のような「稀な悪人」ならそういった歪みも利用できるのかもしれないが、そうでもない限り、無理筋だと思ってかかったほうがいいのではないだろうか。
 
 
 
 他にも気になる話題はあったけれども、文章が長くなってしまったので今回はここまで。
 
 

特別展「東寺─空海と仏像曼荼羅」で、お参りしたい自分に気付いた

 

 
特別展「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」
 
 
 仏縁に導かれて、東京国立博物館で開催している『特別展「国宝 東寺─空海と仏像曼荼羅」』を観に行ってきた。というより仏様に会いに行く気持ちで出かけたのだけど、さすが博物館での開催、そこには仏様ではなく仏像が展示されていたのだった。
 
 

「仏教美術を堪能したけど、お参りはできなかった」

  
 中国伝来の仏具や空海直筆の手紙なども素晴らしく、私の大好きな胎蔵界曼荼羅もババーンと貼られて気持ちが高まったが、今回の展示のクライマックスは、東寺の講堂にいつも並んでいる仏像たちだった。京都は遠い。なかでも、京都駅から南側に向かう東寺は意識しない限りは回らない。それに比べると上野の東京国立博物館は簡単だ。首都圏に出たついでにスッと行ってこれる。
 
 はたして、東寺講堂の仏像が立体曼荼羅をなしているさまは壮観だった。仏像スキーな人で首都圏在住の人は、これのために出かけたっていいと思う。いつもは講堂にすし詰めになっている明王さまや菩薩さまが、広いスペースに展示されている。しかも仏像を前後左右から眺めることだってできる。こういう観察はお寺ではできっこない。平安時代の仏教芸術を、気が済むまで堪能した。
 
 そして会場を後にした時に、はたと気付いた。
 
 そうだ、今日は私は手を合わせていなかったのだった。
 
 私は仏教美術を堪能したけれども、仏様に手を合わせてはいなかったし、お経も唱えていなかったし、お賽銭を入れてもいなかった。
 
 

 
 今回の展示で、一体だけ写真撮影OKになっていた、この帝釈天像を見返しても、これが仏教芸術の傑作として展示されていたことがわかる。仏教芸術の傑作として鑑賞するのに適した展示だし、これは、東京国立博物館の特別展なのだからそうでなければ困る。
 
 ということは、仏様として拝むような、御仏の教えに思いを馳せる一連の構造物としては機能していない、ということでもある。
 
 昔から、お寺の仏像が博物館などに展示される時には「御霊抜き」をされるといわれている。最近は現地で魂を入れることもあると聞いているが、ともあれ、博物館で展示されている時には仏像として展示されているのであって、崇拝の対象として仏様が安置されているわけではない。
 
 この帝釈天像にしても、立体曼荼羅の仏像たちにしても、人々が崇拝するのに適した展示になっているわけではなかった。あえて俗っぽい言い方をするなら、「賽銭箱のひとつも仏像には並置されていなかった」。
 
 私は仏教美術展に来ていたはずだったが、本心としては、仏様をお参りしたがっていたらしい。冒頭に「仏縁に導かれて」と書いたが、実際、そうだったのだろう。平安時代最高峰の仏教美術に溜息を洩らしながらも、ああ、仏様に手を合わせたい気持ち、お参りしたい気持ちが消化できていなかった。帰りに浅草寺にでも寄っておけば良かったのかもしれない。
 
 
 

「お参りできる仏様たち」

 
 お寺に安置されている仏像は、魂が入っているだけでなく、お寺というコンテキストのなかで仏様として機能している。
 
 

 
 
 例えばこの弘法大師さまは、みんなが仏様としてお参りしているもので、実際、礼拝されるセットのなかに安置されている。お寺の人が毎日礼拝している形跡もある。もちろん私は手を合わせるし、訪れた他の人々も手を合わせていく。
 
 

 
 
 こちらの薬師如来さまも、お参りの対象としてフルセットの状態だ。
 
 これらの仏様は、仏教美術という点でみれば特別展の仏像たちに及ばないし、前後左右からしげしげと眺めやすく展示されているわけでもない。そのかわり、手を合わせたい気持ちのままお参りするには完璧な状態になっている。国立博物館で仏像に手を合わせて拝んだら奇異の目でみられるかもしれないが、これらの仏様に手を合わせて拝んでも奇異の目でみられる心配はない。むしろ、手を合わせないほうが奇異の目でみられかねない。
 
 お寺、それと西洋の場合は教会には、私のお参りしたい気持ちを昂らせる何かがある。
 
 

複製技術時代の芸術 (晶文社クラシックス)

複製技術時代の芸術 (晶文社クラシックス)

 
 
 ヴァルター・ベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』のなかで、複製可能な現代作品とそれ以前の作品を比べてアウラ(今風に言うならオーラ)が有るとか無いとかいったことを語った。インターネット上でライブ的なコンテンツが栄える2010年代に、このベンヤミンの筋書きがどれぐらい適用できるのかはわからないが、ともあれアウラは古い仏像全般に宿っていて、それ以上に、お寺に安置されている仏様にはビンビンに宿っている。なぜならお寺の仏様は、個別の美術品ではなくみんなでお参りされるものだし、お参りされる対象として安置されているからだ。お寺の仏様はお寺ごとアウラに包まれていて、私はそのアウラのなかでアウラの溢れる仏様に手を合わせる。
 
 国立博物館で展示される仏像にも、もちろんアウラはある、なにしろ平安仏教美術なのだから。だけど美術館という場所で個人が仏像と対峙する時、お寺ごとアウラに包まれるなんてことはない。美術館という場所にも相応のコンテキストがあるとは言えるけれども、美術館はお寺ではなく、鑑賞するための場所ではあっても礼拝のための場所ではない。
 
 まあ、そんな御託は置いといて。
 
 子ども時代からの習慣の延長線上として、私には仏様に手を合わせたい欲求が間違いなくあって、だから私はちょくちょくお寺に行く。仏教芸術を「鑑賞」する機会は、それに比べればずっと少ない。私は、仏様にお参りすることには慣れているが、仏教芸術を鑑賞することには慣れていないのだろう。というか、慣れていないと今回の件でわかった。
 
 
 

「そうだ、東寺行こう。」

  

 じゃあ、私はどうすれば良いのか。
 
 決まっている。お寺に行くしかない。お寺を詣でて、諸行無常のならいのなかで生きるということを、因縁・縁起の考え方にもとづいて思い返そう。そうやって、世の中のモノの見方を仏教フォーマットに定期メンテナンスしておかないと、どうも私は駄目らしい。
 
 そして再び出かけよう、むせかえるほどのアウラに包まれた東寺と、その講堂に。