シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

2017年の、シロクマのブログ大戦略

 
 
 新年、あけましておめでとうございます。『シロクマの屑籠』のp_shirokumaです。
 常連の皆様も、そうでない皆様も、どうかよろしくお願いいたします。
 
 2016年は、きちんとブログと向き合えない一年でした。理由はいろいろあるでしょう。
 
 ・本業との兼ね合いで時間と体力が確保しづらかったこと。
 ・執筆関連の業務が意外と大きかったこと。
 ・もっと大きなサイズの文章へのトライアルにてこずったこと。
 ・世のトレンドに流され、自分のスタイルや書きたかったことを見失ってしまったこと。
 
 一応、一年間のベスト記事を自薦しましたが、残念ながら、2015年に比べると元気の無い一年だった、と言わざるを得ません。
 
 それらを振り返ったうえで、2017年に私がやりたいこと、特にブロガーとして気を付けたいことを書いてみます。
 
 
 ・既に引き受けているプロジェクトをきちんとやってのける
 幾つかのプロジェクトが、まだ終わっていません。最近始まったばかりのものもあれば、だいぶ前から続けているものもあります。また、books&appsさんのように、初めて「連載」に近いかたちに挑戦しているものもあります。
 
 ブログの文章に比べると、余所様におさめる文章は一定の責任を伴い、好き勝手には書ききれない部分を含みます。books&appsさんに関しては「ブロガーとして好きなように書いてほしい、私達が望んでいるのはライター然とした文章じゃなくてブロガー然とした文章なんだ」と仰っていただいて、猛烈に感謝はしています。が、それですら、まったく遠慮や配慮が無いってわけにもいきません。
 
 そのぶん、どこかしんどくなっている部分はあるでしょう。
 
 ですが、そういった活動を通してしか経験できないもの・磨かれないものがあるのも事実です。私はブロガーとして長寿の部類になってきましたが、書籍を書くようになってからは日が浅く、技量も経験も知識も足りません。私は、40代後半~50代前半に差し掛かった未来の私に、今よりもずっと文章が書ける技量と経験と知識を届けたい。そのためには、きちんと目の前のミッションをこなし、こなしたことから教訓や知識を得ておくのが肝心だろうな、と思っています。
 
 
 ・なんでもかんでも引き受けるのはやめる
 他方で、「なんでも引き受けていると身体が持たない」ということも身に染みて感じた一年だったので、去年にも増して、あれこれのお誘いをお断りせざるを得ないのだろうな、とも思っています。あちこちからお声がけ頂けるのは光栄の至りですし、本当はすべてのお誘いにイエスと答えたいですが、今の自分には限られた体力と時間しかないので、無理のない範囲で活動していこう、と思います。
 
 
 ・ゲームを減らして読書を増やす
 2016年は私にとって十数年ぶりの「ゲームの年」でした。『艦これ』『ダライアスバーストCS』『ステラリス』『ポケモンGO』等々、たくさんのゲームに恵まれた結果、三十代以降でいちばんゲームを遊んでしまいました。これはゲームオタク冥利に尽きる体験でしたが、41歳にもなってゲームオタクだけやっているわけにもいかないので、ゲームを減らして、そのぶん読書をしたいと思います。
 
 
 ・ブログ更新を減らす
 今年は、ブログの更新しすぎに気を付けるつもりです。はてなブログのインターフェースは、「思いついたことをすぐに文章化する」には向いていますが、ちょっと最近、思いつきを片っ端から文章化してしまうきらいがあって、これでは腱鞘炎になってしまいます。
 
 なにより、「思いついたから書いてみたいこと」と「書く機会を逃してもまだ書きたいこと」の区別がつきにくくなってしまいました。「今書かないと頭から蒸発してしまう思いつき」よりも「頭から蒸発してもじきに蘇ってまた書きたくなってしまう」もののほうが面白いような気がするので、「思いついたら書く」はできるだけ減らし、「思いついてもすぐ書くな」「何度も書きたくなるようなら書け」を目指したいと思います。
 
 
 ・もっと個人的でポエミーなブログにしたい
 せっかく自分専用の、いわばプライベートなブログを書いているわけだから、もっとポエミーな“文章”を――記事とかエントリとかいうのがおこがましくなるような“文章”!――を書き綴りたいです。ポエムと書くとネット上では悪い意味にとられるでしょうし、それは甘んじて引き受けましょう。それでも私は、もっと詩的な文章を抒情的に書き綴ってみたいのです。
 
 インターネットのトレンドも、PVとかいう得体のしれない数字も、この際できるだけ意識しない。
 
 もっと自分の思いのたけに忠実な文章、その時の私の気持ちをしっかり反映した文章を遠慮なく書いていきたい。2016年の『シロクマの屑籠』にはそういうポエミーな成分が足らず、そのせいで、バサバサに炊いた米のような文章をたくさんつくってしまったように思います。このブログは、もともと「あいつ、またポエミーな文章書いてやがるぜ!」と指をさされるようなブログではなかったでしょうか? そこのところを思い出したいと思います。
 
 
 ・何はともあれ、ブログと自分自身を大切にする
 結局、上に挙げたすべての箇条書きは「ブログと自分自身を大切にしたい」の言い換えなのかもしれません。
 
 ブログをすり減らしてはいけない。自分自身もすり減らしてはいけない。どちらも自分自身だけのもので、他の誰かが世話してくれるようなものではない。だから、このブログと自分自身が凍えて死んでしまうことがないよう、細心の注意を払っていく所存です。
 
 

未来の自分に、なんとしてでもブログを届けたい

 
 正月からこんな事を書く気になったのは、私以上にブログを長く続けておられるid:fujiponさんが、こちらで以下のようなことを書いてらっしゃったからです。
 

 たぶん、継続することにも、意味はそれなりにはあるのでしょう。そう信じたい。
 しかしながら、これを10年とか15年とか続けてきて、これからも同じくらい続けていくのだろうか?

 

 もちろん、すぐに止めてしまう、というわけではありませんが(そんなことをしたら、僕自身がもたないので)、なんだか今は、そんな漠然とした不安、みたいなものを抱えているのです。
 終わりが避けられないのなら、自分でしかるべき時期に幕を引くべきではないか、とも思います。
 まだ、そういう判断力が残されているうちに。

 
 こういう心配は、私にもあります。書くことに疲れることはあるし、自分が書かなければならないことなんて本当はなんにも無いんじゃないか、だって、こんなに沢山の人がブログを書いているし、本だって世の中にたくさん存在しているんだから……といった悲観にとらわれることもあります。それに、ネット上で私がやっていること・興味を持っていることなんて、正統な学術的蓄積からは程遠い、“魔術”に近いものですからね*1
 
 でも、私は諦めが悪いので、自分自身にしか見えないこと・自分自身が見ていることを、やっぱり書いて誰かに伝えたい。どうやら気付いていない、それか気付いていても言語化できていない人に届けたい。でも、そのためには残り10年程度の時間はどうしても必要で、そこまではブロガーとして、あるいは素人モノカキとして、生存し続けたいのです。今の自分にはまとめきれないものを、未来の自分にまとめてもらいたい。あるいは引き継いでもらいたい。まあ、未来の私は2017年の願いを叶えられる立場には無いかもしれないけれども、それでも、可能性という名のパンドラの箱を未来の私に届けるためにあがきたいのです。
 
 滑稽にうつるかもしれませんが、私は、中年期を迎えたこの期に及んでもなお、未来の自分に可能性という贈り物を届けたいと思っているようです。ブログで、いや、ブログじゃなくてもいいから、書き続けるという行為によって。
 
 これまでに、たくさんの古参ブロガーや古参ウェブマスターが筆を折るのを見てきました。私は、それらが寂しくて仕方がないと同時に、怖いとも感じました。「いつか自分もブロガーとしての執着が薄まって、ああなってしまうかもしれない」と。いや、ブログに初めて触れた時のような、ハワイ島の活火山のようなエネルギーはとっくに失っているし、それでも温泉ぐらいの熱量は保ち続けているつもりだけど、いつかはこの熱量も冷えてしまうのかなと思うと寂しい……というより怖さを感じます。
 
 だから、fujiponさんの「ブログを10年とか15年とかこれからも同じぐらい続けていくの?」という問いかけを見た私は、言及せずにはいられなかったし、ブロガーとしてサバイブするために今年も頑張りたいな、と改めて思ったのでした。
 
 私はブログが大好きなp_shirokumaなので、ブログと自分自身が長く生存できるよう、これからも努めてみます。
 
 
 
※はてなブログ今週のお題「2017年にやりたいこと」 にあわせて投稿しました

*1:ちなみに、“魔術”は21世紀にもあまねく存在しています。その時一度限りの、その人にしかできない奇跡の御業なんて、そこらじゅうにあるじゃないですか。手続きさえ同じなら結果が必ず同じという“技術”の論法で片付けられることなんて、まだまだ多くはありません。