シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

みなさん、生涯現役のお知らせです!おめでとうございます!

 
www.nikkei.com
 
 内閣府さん、力強いご提言ですね。
 
 最近は経済事情が苦しくなり、若者のモラトリアム期間も短くなって、「35歳まで思春期」などという言葉は完全に時代遅れになりました。それと同じように、高齢者と呼ばれる期間も先送りされて、現役世代が5年ぶん増えることになります。
 
 モラトリアムな若者も減って、ご隠居生活な高齢者も減って……「生産人口」が増えるってことですね!
 
 おめでとうございます!
 
 六十代や七十代の皆さんががんばって若さを追いかけて、健康を維持して、平均寿命が伸びまくった結果として、「あなた達はまだまだお若い!現役選手としてがんばってください!」という熱いエールが内閣府から届けられたのです。「高齢者」「老人」といった言葉に抵抗感のある、若さを追いかけてやまない人達には、これは福音でしょう。
 
 よかったですね!
 
 

若さを長く保てるようになったら、若さを長く保たなければならなくなった

 
 でも、早く高齢者になりたい人、早くご隠居になりたい人には辛い話です。
 
 昔は、還暦を迎えたらご隠居して、子ども世代に後を任せるものだったといいます。それは寂しいことだったかもしれないけれども、世代交代という意味では健全だったし、責務からの解放と余生の自覚という意味もあったでしょう。そもそも、60歳まで息災に生きられたら御の字で、そこから先も生きられるとしたら、それはボーナスステージだったわけです。
 
 ところが医療や福祉が発展するにつれて、60歳はおろか、70歳、80歳まで生きるのが当たり前になってしまいました。のみならず、当事者の意識も変わり、最近は「還暦を過ぎても現役」「60歳は人生の新しい門出」といった言葉をあちこちで耳にします。
 
 それが嬉しい、ありがたいという高齢者がたくさんいらっしゃるのは心得ています。
 
 他方で、60歳や70歳になっても元気でいなければならないし、現役として働き続けなければならなくなったのも事実です。
 
 いくら外面やライフスタイルを若作りしたって、また、健康調査で良い成績をおさめているからといって、60歳は60歳、70歳は70歳です。生物としての盛りはとっくに過ぎています。いつまでも若作り、いつまでも現役って、生物としては辛いのではないでしょうか。どんなにピンピンしているように見えても、二十代や三十代の頃のようなバイタリティは望むべくもないし、記憶力をはじめとする脳のハードウエアは衰えているわけですから。
 
 [関連]:伸びたのは「余生」であって、「若さ」ではない - シロクマの屑籠
 
 
 しかし世間の意識は、そうした辛さを顧みることなく、元気であれ・若くあれ、とそっちのほうを向いています。余生だなんてとんでもない! のみならず、少子高齢化が進むこの国では、本来なら高齢者と呼ばれる人達にも働いてもらわなければならない・現役でいてもらわなければならないという社会的要請もあるわけです。
 
 若者のモラトリアムを削って「生産人口」に組み入れて、高齢者と呼ばれるはずの人達まで「生産人口」に組み入れるのって、敗戦寸前の国が最前線に少年兵や老兵を送り込むみたいなところがあって、悲壮感をおぼえるのは私だけでしょうか。ああ、この国は苦境に立たされているんだなぁ、“進め一億火の玉だ”ならぬ、“進め一億総活躍社会”なんだなぁ、……と、侘しい気持ちがこみあげてきます。
 
 なんにせよ、この国ではたくさんの人が若さを長く保てるようになりました。が、一人や二人の人が長生きするようになっただけでなく、国をあげて長生きするようになった結果として、みんなが若さを長く保たなければならなくなった、のです。
 
 

死ぬまで現役=死ぬまで働け

 
 というわけで、みなさん生涯現役のお知らせです!
 
 でも、ここでいう生涯現役とは、60歳か65歳で仕事を引退して楽しいご隠居生活……といったものではありません。
 
 
 「死ぬまで働け!」
 「働ける限りは働いて、それから死ね!」
 
 ……という意味の、生涯現役です。
 
 なにせ70歳までは高齢者じゃないらしいですから、69歳までは働いて現場を回せってことなのでしょう。一億総活躍社会ですからね、国全体が老々介護みたいなものですからね、当然ですよね。
 
 もし、64歳ぐらいで働けないとしたら、それは“障碍者”というカテゴリに入るんでしょうか?? 個人的には、それぐらいの年齢で働けないとしても、ぜんぜん不思議じゃないと思うんですけど。
 
 長く生きられるようになったぶん、長く働かなければならない――これって、本当に幸福なことなんでしょうか? もちろん、そういう事に疑問を持つのは現代人として良くない態度だと思うので、私は胸を張って「長く生きて長く働くのは幸福なことに決まっている!」と答えなければならないのでしょう。自分の死=世界の終わり と考えている人にとって、死とは絶対的に否定されるべきものでしょうし。
 
 ただ、たいして努力をしなくても健康でいられる若者と、精一杯の努力をしてどうにか現役選手をやっている高齢者とでは、いろいろと前提が違うと思うんですよ。生物としては余生の時期のはずなのに、社会的には余生を許されず、生涯現役って、すごいハードですよね。いや、それをやってのけている人がいらっしゃるのは知っていますし、それこそが長生きの秘訣だというのもわかる話ではあります。でも、みんながみんなそれを望んでいるわけじゃあないでしょうし、できるわけでもないでしょう。
 
 寿命が伸びれば、そのぶん、楽しいことだけじゃなく、苦しいことも長くなります。
 医療や福祉が充実しても、娑婆というのは辛いところですね。
 
 

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

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