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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

特定の属性を「不幸な奴」「人生オワタ」って決めつけるとコミュニケーション能力が下がる

 
 
blog.tinect.jp
 
 リンク先はタイトルどおりの内容ですが、これは、子ども以外にも当てはまります。
 
 「低学歴は人生オワタ」みたいなことを思っている人は、もし、親族や友人の子どもが高卒や専門学校卒だったら、どうなっちゃうんでしょうか。あるいは仕事や趣味の場で学歴が高くない人と知り合ったら、どうなっちゃうんでしょうか。
 
 私が観察する限り、「高学歴でなければ不幸になる」「低学歴は人生オワタ」って本気で思い込んでいる人は、それが態度に現れたり、言葉の端々に滲み出たりするものです。そういうことを面と向かって言っていなくても、意外と本心は見抜かれてしまいます。コミュニケーションを積み重ねるうちに、「この人は低学歴者を軽蔑している」という疑惑を持たれてしまうでしょう。
  
 ということは、「低学歴は人生オワタ」的なことを思い込んでいる人は、ただそれだけで、学歴が高くない人とのコミュニケーション成功確率を下げてしまっているとも言えるでしょう。軽蔑や見下しは、コミュニケーションを失敗させる最悪の要素です。支配者と従僕のコミュニケーションならいざ知らず、対等な人間同士のコミュニケーションに関してはそうだと言えます。
 
 「私のまわりには高学歴者しかいないから、そんなの気にする必要は無い」と反論する人もいるかもしれませんが、はたしてどうでしょうか。
 
 たとえば、もし職場に高学歴者しかいないとしても、その知人縁者のなかには低学歴者が混じっているかもしれないのです。あなたが「低学歴は人生オワタ」と言っているのを聞いている職場同僚の家族や親友が低学歴だったら、その同僚はどんな気持ちになるでしょうか。あまり良い気持ちにはなれませんよね?
 
 ということは、「低学歴は人生オワタ」みたいな考えが言動に滲み出ている人は、実は、いろんな人の心証を悪くしているかもしれないのです。友好的な人間関係を作りにくくもなるし、コミュニケーションも失敗しやすくなるでしょう。「あいつはなんだか嫌な奴だな」と思われてしまう確率も高くなってしまいます。
 
 ここでは「低学歴」という属性を挙げましたが、同じことは、他の属性にも言えます。たとえば「女は馬鹿」みたいな考えが言動に滲み出ている人は、女性ばかりでなく、たくさんの男性の心証をも損ねていることでしょう。
  
 ですからタイトルにも書いたように、特定の属性を「不幸な奴」「人生オワタ」って決めつけて平然としている人は、ただそれだけでコミュニケーション能力を下げてしまっているのです。きっと、気付かぬうちに敵を増やし、味方を減らしていることでしょう。
 
 世の中は広いようで意外と狭いものですから、「○○は不幸な奴に違いない」「○○は人生オワタ」って言動は、どこかの誰かに意外と刺さってしまうものです。私達は人間ですから、ときに、そういう気持ちが沸くこともあるでしょう。ですが、そういう気持ちを言動に反映させたまま、反省するところがなければ、うまくいくはずだったコミュニケーションや人間関係も潰してしまいます。
 
 

他人を見下すより、敬意を払おう

 
 この問題への対策はシンプルです。
 
 むやみに特定の属性を「不幸だ」とか「オワタ」だとか決めつけないこと。属性で人を判断するより、個人それぞれを人として判断することです。
 
 そして、見下しや軽蔑はコミュニケーション能力を下げやすく、いっぱし扱いや敬意はコミュニケーション能力を上げやすいと肝に銘じておくことです。
 
 いろんな人を軽蔑して回る人よりは、いろんな人に敬意を示している人のほうが好かれやすいし、自分自身の精神衛生にも良いと思うんですよ。もちろん、形ばかりのおべっかはじきに見抜かれてしまうので、本心から、いろいろな人に敬意やリスペクトを感じられるのがベストですが、すぐに身に付けるのは難しいかもしれません。
 
 でも、たとえば「低学歴は人生オワタ」と思っている人でも、低学歴でも好意に値する他人・敬意を感じられる他人に巡り合うチャンスはあるはずです。そういう人とコミュニケーションを続けていれば、「低学歴は人生オワタ」などという属性による決めつけも、だんだん解消されていくのではないでしょうか。
 
 なんにせよ、属性で人を決めつけ、ましてや、見下すなんてのは処世術としては下の下だと思います。見下しの気持ちよりも、リスペクトの気持ちを大切にしながら暮らしていきたいものです。